三
カムライ王子が、不逞の輩に襲われた。
という警邏の役人からの知らせに、城内は騒然とした。
「して、無事なのか」
カリバネ王が、ウガヤに尋ねた。
「詳しいことはまだ分かりませんが、お命は無事とのことです」
「早すぎる。まだ動かぬと思っていたがな。なにが起こっているのだ」
「われわれの予想とは違う動きになっていますね。読みが間違っていたのでしょうか。それとも、計画を変えなくてはならないことが、連中の身に起こったのか」
「ウガヤ、ミノセが辻斬りをしているという噂はどうなった」
部屋には二人きりだったが、それでも、王はいくらか声をひそめた。
「辻斬りが起こったのは昨夜のことです。それが、既にものすごい広がりようで、作為を感じますね」
「まさか、本当にやってはいまいな」
「たぶん」
「情けない返事だ、おまえらしくも無い」
「予想の範囲を超えていました」
カリバネは、冷静にならなくてはならないというのに、苛立つ気持ちが隠せなかった。
そこに、あわただしく知らせが来た。
「警邏隊からの連絡が入りました」
「申せ」
「殿下が、犯人たちを捕らえて転がしてあるとのことでしたので、引き取りに行ったところ、全員が何者かに殺されておりました」
「……手がかりを消したか。さて、この先どう動くかだな」
一方、迎賓館に戻ったユキアとメドリは、疲れきって倒れるように座り込んだ。
「何と言うことでしょう。こんな酷い事は初めてです。マホロバではあり得ません」
メドリが怒って、吐き棄てるように言った。
「……」
「かといって、さっさと帰るわけにもいきませんけど。 カムライ殿下がご無事でようございました。暗闇の中で、壁をよじ登っていらしたとは思いもしませんでしたが、そうでなければ危ないところでした」
カムライは壁をなんとか登ってはみたものの、地面の上に直に貼られた床板の切れ目が、壁から離れた位置だった為、出られなかったのだ。
床が開いた時、壁にへばりついていたカムライは、奴らの死角にいた。
もし、おとなしく穴の底にじっとしていたなら、射殺された可能性が充分にあった。
どんな窮地にあっても、そのとき自分に出来ることを、迷い無くしてしまうカムライだったからこそ、助かったのだ。
ユキアは、ますます気に入った。
目立つことで自分が役に立つというなら、目いっぱい目立ってやろうじゃないの。
すでに起こってしまったことに文句を言っていても始まらない。
今、自分に出来ることをしよう、と改めて覚悟を決めた。
メドリが、やっと気を取り直して立ち上がり、異変に気づいた。
もう一つ、別の災難が 待っていた。
鏡台が荒らされている。
「姫様、変です。あちこち物が動いて、置き場所が変わっています」
「泥棒みたいね。翠玉の首飾りが無くなっているわ」
「セセナ様からの贈り物のあれですか。大変。全く酷い事ばかりが次から次へと、何なんですの」
無くなっていたのは、首飾りだけだった。他のものには被害がない。
「妙な泥棒ね。他にも高価なものがあるのに」
ふいに、メギド公のことが頭をよぎった。
晩餐会では、あの首飾りに一方ならぬ興味を示していたが、公が身に着けている装身具からしても、会話の内容からしても、とても宝玉に造詣が深いとは思えない。
そういえば、緑色にこだわっていた記憶もある。緑色好きなのだろうか。
マホロバにいる知り合いに、緑色好きで、持ち物が全て緑色という変な小父さんがいる。
しかし、メギド公の衣装の何処にも、緑色は使われていなかった。
理由はどうあれ、今のところ一番怪しい。
「ユンは消えようと思っていたけど、こんな様子じゃ、そうも行かないかもしれないわ」
「おい、イヒカは、まだ戻らないのか。 珍しいな。こんなに遅くまでふらついているなんて」
調理場では、夕餉の支度が始まっていた。
調理人も下働きも、一斉に動き出す。
いつもより忙しい気がするのは、イヒカがいないせいだと、苦笑いする者がいる。
知らぬ間に役に立つようになっていたのだ。
ばたばたと慌しい時間が過ぎていった。
しかし、イヒカは姿を見せなかった。
「イヒカはどうした。しょうがねえな。くたびれて、どっかで寝ちまってるのか」
さすがに心配になってきた一人の料理人が、わざと冗談に紛らせるように言ったが、口調の中に隠しきれない不安が、かえってその場を暗くした。
「なあに、飯には帰ってきますよ。あいつが飯を抜くわけが無え」
吹っ切るように他の一人が言い、無理に笑って見せたその時、戸口に、小さな影がしょんぼりと立つ姿が見えた。
妙に、陰が薄い。
「おっ、イヒカか。イヒカだな。帰ってきたか。どうした、幽霊みたいにぼんやり突っ立っているんじゃない。さっさと入って来い」
料理長が、目ざとく見つけて声をかけた。
彼も気になっていたのだろう。
「そりゃあ、大遅刻だもんなあ。肩身が狭くて、幽霊にもなろうってもんだ」
若い見習いがからかうように言うが、まだ、どこか心配そうだ。
からかいにも表情を変えることなく、イヒカは青白い顔ですうっと入ると、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい」
いつもの元気な声ではない。
消え入りそうなほど、か細い声が漏れた。
「何だ何だ、いよいよ幽霊だな」
驚いた顔の料理長の前に出ると、頭を下げたままで、イヒカは大鍋を差し出した。
鍋には、大きな傷がついていた。
何処まで信じてもらえるか不安を持ちながら、出会った出来事を逐一話した。
「……じゃ何か、その鍋でカムライ様の命を救ったのか。……すげえじゃねえか」
「いえ、たまたまです。俺が救ったわけじゃない。
悪者が投げた剣が、背中に背負っていたこの鍋に当たって、跳ね返っただけだから」
思いがけない反応に戸惑って、イヒカは、まるで言い訳するかのように返した。
「おお、それでもすげえ。俺らの英雄を救ったんだからよ」
調理場の人々が次々とにぎやかに集まって、イヒカを囲み、質問攻めにし始めた。
イヒカは突然顔を上げ、勢いのある大声で言った。
「殿下を助けたのは、『怪傑赤瑪瑙頭巾』だ」
「何だそりゃあ」
「疾風のように現れて、疾風のように去って行く、正義の味方だ。かっこいい!」
嬉しそうな満面の笑みで叫んだイヒカは、もう幽霊ではなく、いつもの元気な男の子だった。
大鍋はもう使えない為、『英雄救済鍋』と書いた紙を貼られて、調理場の壁に飾られることになった。
その後の調理場では『怪傑赤瑪瑙頭巾』が、ひそかな評判を呼んだという。




