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赤瑪瑙奇譚  作者: しのぶもじずり
第五勝 襲撃
14/30


カムライ王子が、不逞の輩に襲われた。

という警邏の役人からの知らせに、城内は騒然とした。


「して、無事なのか」

カリバネ王が、ウガヤに尋ねた。

「詳しいことはまだ分かりませんが、お命は無事とのことです」


「早すぎる。まだ動かぬと思っていたがな。なにが起こっているのだ」

「われわれの予想とは違う動きになっていますね。読みが間違っていたのでしょうか。それとも、計画を変えなくてはならないことが、連中の身に起こったのか」


「ウガヤ、ミノセが辻斬りをしているという噂はどうなった」

部屋には二人きりだったが、それでも、王はいくらか声をひそめた。


「辻斬りが起こったのは昨夜のことです。それが、既にものすごい広がりようで、作為を感じますね」

「まさか、本当にやってはいまいな」

「たぶん」

「情けない返事だ、おまえらしくも無い」

「予想の範囲を超えていました」

カリバネは、冷静にならなくてはならないというのに、苛立つ気持ちが隠せなかった。


そこに、あわただしく知らせが来た。

「警邏隊からの連絡が入りました」

「申せ」

「殿下が、犯人たちを捕らえて転がしてあるとのことでしたので、引き取りに行ったところ、全員が何者かに殺されておりました」

「……手がかりを消したか。さて、この先どう動くかだな」



一方、迎賓館に戻ったユキアとメドリは、疲れきって倒れるように座り込んだ。

「何と言うことでしょう。こんな酷い事は初めてです。マホロバではあり得ません」

メドリが怒って、吐き棄てるように言った。

「……」

「かといって、さっさと帰るわけにもいきませんけど。 カムライ殿下がご無事でようございました。暗闇の中で、壁をよじ登っていらしたとは思いもしませんでしたが、そうでなければ危ないところでした」


カムライは壁をなんとか登ってはみたものの、地面の上に直に貼られた床板の切れ目が、壁から離れた位置だった為、出られなかったのだ。

床が開いた時、壁にへばりついていたカムライは、奴らの死角にいた。

もし、おとなしく穴の底にじっとしていたなら、射殺(いころ)された可能性が充分にあった。

どんな窮地にあっても、そのとき自分に出来ることを、迷い無くしてしまうカムライだったからこそ、助かったのだ。


ユキアは、ますます気に入った。

目立つことで自分が役に立つというなら、目いっぱい目立ってやろうじゃないの。

すでに起こってしまったことに文句を言っていても始まらない。

今、自分に出来ることをしよう、と改めて覚悟を決めた。


メドリが、やっと気を取り直して立ち上がり、異変に気づいた。

もう一つ、別の災難が 待っていた。

鏡台が荒らされている。


「姫様、変です。あちこち物が動いて、置き場所が変わっています」

「泥棒みたいね。翠玉の首飾りが無くなっているわ」


「セセナ様からの贈り物のあれですか。大変。全く酷い事ばかりが次から次へと、何なんですの」

無くなっていたのは、首飾りだけだった。他のものには被害がない。


「妙な泥棒ね。他にも高価なものがあるのに」

ふいに、メギド公のことが頭をよぎった。


晩餐会では、あの首飾りに一方ならぬ興味を示していたが、公が身に着けている装身具からしても、会話の内容からしても、とても宝玉に造詣が深いとは思えない。

そういえば、緑色にこだわっていた記憶もある。緑色好きなのだろうか。

マホロバにいる知り合いに、緑色好きで、持ち物が全て緑色という変な小父さんがいる。

しかし、メギド公の衣装の何処にも、緑色は使われていなかった。

理由はどうあれ、今のところ一番怪しい。


「ユンは消えようと思っていたけど、こんな様子じゃ、そうも行かないかもしれないわ」




「おい、イヒカは、まだ戻らないのか。 珍しいな。こんなに遅くまでふらついているなんて」


調理場では、夕餉(ゆうげ)の支度が始まっていた。

調理人も下働きも、一斉に動き出す。

いつもより忙しい気がするのは、イヒカがいないせいだと、苦笑いする者がいる。

知らぬ間に役に立つようになっていたのだ。


ばたばたと慌しい時間が過ぎていった。

しかし、イヒカは姿を見せなかった。


「イヒカはどうした。しょうがねえな。くたびれて、どっかで寝ちまってるのか」

さすがに心配になってきた一人の料理人が、わざと冗談に紛らせるように言ったが、口調の中に隠しきれない不安が、かえってその場を暗くした。


「なあに、飯には帰ってきますよ。あいつが飯を抜くわけが無え」

吹っ切るように他の一人が言い、無理に笑って見せたその時、戸口に、小さな影がしょんぼりと立つ姿が見えた。

妙に、陰が薄い。


「おっ、イヒカか。イヒカだな。帰ってきたか。どうした、幽霊みたいにぼんやり突っ立っているんじゃない。さっさと入って来い」

料理長が、目ざとく見つけて声をかけた。

彼も気になっていたのだろう。


「そりゃあ、大遅刻だもんなあ。肩身が狭くて、幽霊にもなろうってもんだ」

若い見習いがからかうように言うが、まだ、どこか心配そうだ。


からかいにも表情を変えることなく、イヒカは青白い顔ですうっと入ると、深々と頭を下げた。

「ごめんなさい」

いつもの元気な声ではない。

消え入りそうなほど、か細い声が漏れた。


「何だ何だ、いよいよ幽霊だな」


驚いた顔の料理長の前に出ると、頭を下げたままで、イヒカは大鍋を差し出した。

鍋には、大きな傷がついていた。


何処まで信じてもらえるか不安を持ちながら、出会った出来事を逐一話した。

「……じゃ何か、その鍋でカムライ様の命を救ったのか。……すげえじゃねえか」

「いえ、たまたまです。俺が救ったわけじゃない。

悪者が投げた剣が、背中に背負っていたこの鍋に当たって、跳ね返っただけだから」

思いがけない反応に戸惑って、イヒカは、まるで言い訳するかのように返した。


「おお、それでもすげえ。俺らの英雄を救ったんだからよ」

調理場の人々が次々とにぎやかに集まって、イヒカを囲み、質問攻めにし始めた。


イヒカは突然顔を上げ、勢いのある大声で言った。

「殿下を助けたのは、『怪傑赤瑪瑙頭巾』だ」


「何だそりゃあ」

疾風(はやて)のように現れて、疾風のように去って行く、正義の味方だ。かっこいい!」

嬉しそうな満面の笑みで叫んだイヒカは、もう幽霊ではなく、いつもの元気な男の子だった。


大鍋はもう使えない為、『英雄救済鍋』と書いた紙を貼られて、調理場の壁に飾られることになった。

その後の調理場では『怪傑赤瑪瑙頭巾』が、ひそかな評判を呼んだという。



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