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赤瑪瑙奇譚  作者: しのぶもじずり
第五勝 襲撃
12/30


招かれて城を訪れたユキアたちは、丁寧に出迎えられた。


マホロバのウケラ城とは違い、装飾などはほとんど目立たない。

入り口正面の、大弓を持つ銅像だけが威容を誇っていた。

見上げると、案内の召使が誇らしげに説明した。

「初代王イワレの像でございます。

矢は、イワレ王が実際に使ったものだと伝えられております。

(やじり)が黒曜石でできており、悪魔を射抜いたという伝説がありますので、

城と国の魔を(はら)う意味で、ここに置かれています」


銅像の腰の辺りに添えられた右手に、矢が小さな金具で支えられている。

それ以外は、見事なほどに殺風景だった。

他に 自慢するものが無いのだろう。

奥まった部屋に案内されるまでの廊下にも、甲冑や武具などがいくつか壁に掛けられているだけで、装飾といえるものがほとんど無い。

城自体、手入れはされているものの、修理をしたほうがいいような有様だった。


お茶会は、事情を知る者たちだけの内々の会で、ことさらに少人数で行われた。

二人が度々会ったという事実を作るためと、少人数のほうが、二人も打ち解けやすいだろうという、王とウガヤの作戦だったが、カムライは相変わらずの様子だった。

ユキアを見てはいけないもののように振る舞い、視線を向けようとはしなかった。

ただ、その内心は大方の予想とは違うものだった。


見てしまって、また運命を感じたらどうしようと思っていたのだ。

だが、隣に座っているだけで最早心地いい。


戦に明け暮れて、国を守ることだけを考えていた日々には、女性のことを気にする余裕も無かった。

平和が訪れて、気がついたら一人前の男といっていい年頃になっていた。

そうしたら、立て続けにこれだ。

次々と心奪われる女性に 巡り会う。

展開が速すぎるではないか。

こんな態度が失礼なことはカムライもよく分かっているのだが、普通に出来ないのだ。

頭の中がぐちゃぐちゃだ。


それなのに、ユキア姫は普通に楽しそうなのだ。

よほど肝が据わっているのか、あるいは鈍いのか……。

だが、時折、何もかもお見通しなのじゃないかという気がするのは、何故だ。

単なる気のせいか。世の男たちが妻を恐れるのは、こういうことなのか。

いや、まだ妻じゃないし……、ああっ、今『まだ』とか考えた。

(ユン、どうしよう)


晩生(おくて)の青年の心の中を、果てしない堂々巡りが 渦巻いていた。


そして、お茶会の前にウガヤが言った事が、まざまざと甦る。

「マホロバのような大国の姫君をもらい受けるからには、王か皇太子でなくては 話にならない、ということはお分かりになりますよね」

うなずくしかない。


「モクドでは、陛下も皇太子殿下もすでに正妻とお子がいらっしゃいます。

マサゴのトコヨベ王も 然り。

我がカリバネ陛下には側女(そばめ)がいらっしゃいますが、后でいらした殿下の母君は亡くなられて、今 正妻はいらっしゃいません。

しかし、父君のウナサカ殿下からすれば、ご自分より年上の婿殿をどう思われるか、未知数ではありますが 避けたほうがよい。

残るのは、マサゴの皇太子ウルク殿下とあなたです」


「ウ、ウルクは……」

「はい。評判が悪すぎます。

若い女性を 片っ端から()()めにしているとか、老若男女を見境無く襲っている とか、芳しくない噂の持ち主。

マホロバ王国を 怒らせるわけにはいきません。問題外です」

「……」


「殿下の母上か妻か、これしか選択肢はございません」

きっぱりと言い切ったウガヤの言葉を 思い出し、思わずカリバネの顔をじっと見てしまった。

いまだ精悍な顔と身体を持つ現役バリバリの王は、けっこう女性にもてるのだ。

カムライは、われ知らず悲しくなった。


お茶会も終わろうとする頃、カリバネが口を開いた。

「カムライ、庭の紅葉が色づいてきたようだ。ユキア姫を案内してはどうだ」

見合いの定番だ。


カムライとしても、二人きりで話が出来るいい機会ではある。

昨日までなら、どうやって断ろうかと頭を悩ませているところだが、今はそれどころではなく混乱していた。

混乱したまま立ち上がって庭に出る。


庭の木立はところどころ紅葉し、撫子や桔梗も咲いていた。

何処からか菊の香りも流れてくる。

風情は満点だが、カムライは何を言っていいのか分からぬままに立ち止まって、振り向いた。


「わたしと結婚するのは、嫌ではないのですか」

言ってしまって驚いた。

こんなことを言ってはまずいような気がしたが、止まらない。

「国と国とで勝手に決められて、悲しくは無いのですか」


「いいえ」

真正面から答えられてしまった。

抜き差しならなくなっていくようで焦る。


「カリバネ陛下が、花火になって欲しいとおっしゃったと伺いましたが、正直に言うと意味が分かりませんでした。

この国に来ておぼろげながら分かってきたような気もいたします。

戦で受けた深い傷が癒えることが無いとしても、もう見なくても良い悪夢からは、目を覚まして欲しいと思われたのでしょうね。

大きな花火になりたいと思います」


真直ぐに向けられた瞳と可愛らしい唇が、ふいにふわりと解けるように微笑んだ。

「それに、お相手がカムライ殿下ですから」


天に昇ったのか地に落ちたのか、分からなくなった瞬間だった。

それにこの声。

こんなに近くでちゃんと聞いたのは初めてなのに、どこかで聞いたことがあるような気がするのは何故だろう。

視線を向ける先に困って、ぐるりと庭を見回した。


回廊に手紙を持った召使が、カムライを見ていた。

「何か」

「門前に、急ぎの手紙を置いていった者がありまして、お届けにあがりました」


その場を救われたような気がして、受け取ってユキアを見ると、どうぞというように頷いたので、何気なく開いた。


読んで、眉を(ひそ)める。なにかおかしい。

しかし、もし本当なら、放って置くと、きっと後悔するだろう。

「申し訳ありません。急用が出来ました」


去っていくカムライを見ながら、ユキアはため息をついた。

告白しそこなった。

自分はユンだと言うには、意外に勇気が必要だ。

どのように言ったところで驚くだろう。

面倒だから止めちゃえ。

落ち着くまでユンの姿で会わなければいい。

そう思ってしまったユキアだった。


特に凝った造りではないが、手入れの行き届いた良い庭だ。

独りになって改めて眺めると、庭をぐるりと囲んで回廊がある。

長い戦いのせいなのかもしれないが、思いの他簡素なコクウの城を、ユキアは好ましく思った。


回廊の端に人影がある。

ユキアに気づいてはいないようだ。

というより、回りに全く関心が無いようにも見える。

誰だろう。

召使などではないことは着ているもので分かる。


戦国の武将を思わせる大きくて引き締まった身体、意志の強さを表すようながっしりとした顎、だが、それらに反して双眸だけがあまりに弱弱しい。

その人も辛い想いを抱えているのだろう。

長い後れ毛がふわりと揺れた。


その時まだユキアは知らなかったが、初めて垣間見た第二王子ミノセの姿だった。


回廊に たたずむ男。

誰だか分からないが、 あまり見ていては悪い気がして、 ユキアは お茶会をしていた部屋に戻った。


けげんな顔をしている一同のなかから、隅に控えていたウガヤが出て、

「殿下は、どうして居ないのですか」

と聞いてきた。

「急用だというお手紙が届いて、出て行かれました」


「あっ」

という声が、入り口の開いた扉の前から聞こえた。

先ほどまではいなかった第三王子ツクヨリだった。


「何かご存知なのですね」

ウガヤが、振り返って問い詰める形になった。

「えっ、いや何でも ……な」

ユキアの顔を見て、ごまかそうと口ごもったが、部屋中の視線がツクヨリに集まっていた。

観念したように 続ける。

「先ほど門前に、覆面をした女が手紙を置いていったと、召使のものが言っていましたので、それかなと思ったのです」


「覆面の女とは、もしや……」

ウガヤとカリバネが、顔を見合わせた。

ユンだと考えているのだろうが、それはありえない。

本人がここに居るのだ。


ユキアにも、事の次第が推察できた。

偽物の『ユン』におびき出されたのだ。

開いた扉から、控えの間にいたメドリも一部始終を聞いていた。

ユキアの目配せで出て行く。


「ユキア……様、不躾な兄をお許しください」

何故かツクヨリが謝った。

優しげな顔が悲しそうに曇る。


「いいえ、殿下はお忙しくていらっしゃるのでしょ。仕方がありません」

ユキアは答えながら、第三王子は、いつもどこか悲しそうに見えると思った。


「でも、大事な席なのに、覆面女なんかに呼び出されるとは、兄上は……」

「どんな事情で覆面をしているのでしょうね。秘密めいた仕事をしているのかしら。緊急事態でしたら心配ですが、殿下はお強くていらっしゃるのでしょう」


誰もが普通に考えそうなことを 言ってみた。

カリバネとウガヤが、ほっとしている。


覆面女の正体は、いったい何者なのだろう。

誰が覆面をしていようとも、カムライがユ ンと間違えるはずは無いという変な確信があった。

ユキアは、帯に挟んだ赤瑪瑙をそっと抑えた。

(あっさり間違えて、ややこしいことになったら怒るよ)


「あの……、兄の代わりにわたしが庭をご案内しましょう。 密かに改良した菊花が、満開になっています」



メドリは、何度か見かけたことのある門番がいるのを見つけて近寄った。

ユキアについている侍女だと名乗ると、門番も覚えていた。

さりげなさを装って、覆面女のことを聞いてみる。

明らかにユンに似ていた。


「カムライ殿下がお出かけになられましたが、どちらに向かわれたのでしょうか」

「ここをお通りにはなっていません。あはははは、カムライ殿下は、いろんな所からお出かけになられるようでして、護衛の者たちも、よく撒かれているみたいですよ」


こうなると、少しでも心当たりがあるのは、ホジロと調査団の泊まっている宿しかない。

無駄足かもしれないが、一応 確かめることにした。


宿には、案の定、 調査団員もホジロも、無論カムライもいなかった。

諦めて迎賓館に戻ることにした。

カムライが出かけたのなら、ユキアも帰ったはずだ。


迎賓館の前に着いたとき、ホジロがメドリを見つけて駆け寄ってきた。

「ユンは? ユンに知らせて!」



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