表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤瑪瑙奇譚  作者: しのぶもじずり
第四章 事件
11/30


夕方から始まる祝賀興行には、大勢の観客が続々と集まってきていた。

満席の客席がほぼ埋め尽くされたころ、ユキアも高く張り出した貴賓席に着いた。

右隣がカムライだ。

さりげなさを装うように、視線を舞台にむけたまま、小さな声で話しかけて来た。


「お話があります。あなたと二人きりで会いたい。いつが良いですか」

「兄上、せっかちが過ぎると嫌われますよ。申し訳ありませんユキア姫」

左隣から、柔らかな声がした。

見ると、穏やかそうな青年が微笑んでいた。


兄上と呼ぶからには、王子の一人なのだろう。

晩餐会でも目にしていた気がする。

雰囲気が違うせいなのか、兄弟でも思ったほど似ていないが、やはり整った顔立ちをしていた。


「申し遅れました。カリバネ王の三男ツクヨリです。紹介してもらえなかったので、今日は無理を言って、こっそり席を作らせました。 お目にかかれて光栄です。貴国のものに比べて見劣りする出し物でしょうが、今夜は楽しんでいただけると嬉しい」

「はい、ありがとうございます」


「兄を許してください。率直な性質なもので、悪気はないのです。戦場では、向かうところ敵なしの活躍をしたわが国の英雄です。多くの戦で敵を完膚なきまでに蹴散らし、地獄に 叩き落しました。 戦いの申し子 というのでしょう。強いだけが取柄で、女性に対しては気遣いが足りないかもしれません」

「はい」

お世辞のいえないユキアは、ただ返事だけを返す。


そんな様子を満足そうに見て微笑んだツクヨリが、 ふいに目を逸らし、憂いを帯びた表情で後を続けた。

「わたしは、どうしても戦が嫌で辛かった。今、和平が成って、本当にほっとしています」

右隣でカムライが 憮然としているうちに、幕が揚がった。


にぎやかな歌と踊りの後、芝居が演じられる。

ノミ川砦と呼ばれている舞台装置は、あの国境の砦のことらしい。

よく出来ていた。

敵に攻め込まれて、次々と倒れていく兵士たち。

そこに、待ちに待った援軍がかっこよくやって来る。

日嗣の王子と呼ばれているのは、カムライを模しているようだが、やたらと頑丈そうな強面の役者が演じていた。

おおげさな立ち回りで、バッタバッタと敵を切り倒す。


「実際の砦の戦いは悲惨なものでした。多くの兵が死にました」

左隣のツクヨリが、悲しげな声で解説した。

舞台では、すったもんだの挙句に講和が結ばれ、日嗣の王子のくさい独白の末、平和を讃える極めの台詞が、芝居っ気たっぷりに演じられた。

そして、平和を喜ぶ歌と踊りになだれ込む。


「クスクスッ、実際の兄上は、あんな気の利いたことは言いませんでした。 何も言いませんでしたね。活躍の場がなくなって、やる気を持て余しているのではないかなあ。お気の毒です。兄上がやっつけた敵の数は半端ではありません」

そう言って、カムライのほうを痛ましげに見やった。


「今日は、こんなにも美しい姫君にお会いできて、本当に楽しかった」

優しい微笑を残して、ツクヨリは去った。


さらに短い演目が一つあったので、最後まで観賞して、ユキアも劇場を後にした。

カムライには返事をしないままになってしまったが、翌日は王家のお茶会に呼ばれている。

また会うことになるだろう。


二人の『運命の出会い』は、念入りに段取りが出来ていた。


帰り道、迎賓館に着く少し手前で、ユキアは突然馬車を止めさせた。

護衛の兵士が何事かと訊きに来る前に、馬車から飛び降りて暗い夜道を戻る。

護衛が慌てて後を追った。

よく見ないとわからないが、人が倒れていた。


「死んでいます。警邏の役人に知らせますから、姫様は馬車でお帰りください」

近づいて調べた護衛兵が報告した。


「病気なの?」

「いいえ、切り殺されています」


眉をひそめ、踵を返そうとした時、防火用水なのだろうか、道端の大きな水甕の陰に、震えているものが見えた。

ユキアの様子に、護衛兵も気づいて剣を抜いて歩み寄る。

「何者だ。出て来い」


「うわあ! 見てません。何も見てません。お助けを……」

隠れていた男は酒の臭いを ぷんぷんさせたまま、どうやら腰を抜かしている。

臭いは残っていても、酔いはすっかり冷めているようだった。

地面に手をついて、しきりに命乞いを始めた。


「安心しろ。賊ではない。見ていないというのは本当か」

「ああ、はい。怖いし暗いし、何も。本当に、ほーんとうに、何にも見えませんでした」

「じゃあ、物音は 聞こえたかしら」

ユキアが、出来るだけ優しそうな声で聞いてみる。


「お、音……、聞きました……いえ、聞いてません」

「どちらなの?」

思いのほか鋭いユキアの問いかけに、酔っぱらいは即座に観念した。


「すいません。…………あのう、『役立たずめが、このミノセが成敗してくれる』って、あっ、聞き違いかもしれません。あわわわわ」


「姫様、お戻りください」

ユキアは、素直に従った。

これ以上 首を突っ込まないほうがいい。

ミノセ…… 第二王子の名前……。

おとなしく馬車に戻った。



「メドリ、第二王子のことは何か聞いている?」


「はい、コクウ城の女官たちから噂を……。

終戦の間際に、兄のように慕っていた方が、王子を敵前から逃がす為に、目の前で戦死なさったのが、深いお心の傷になっていらっしゃるとか。

自軍を率いて共に戦っていた若き地方領主は、劣勢の中、敵に立ち向かい、全身に飛び交う矢を受け、剣と槍に串刺しになってもなお、敵の前に立ちはだかって、王子に向かおうとする敵を(はば)み、壮絶な最後を遂げられたとのことでございます。

その後、たった一月で講和がなされたのが、余計に悔しく、お心残りなのではないかと、皆が言っておりました。

未だ沈み込まれていらっしゃる とのことです。儀式にも、晩餐会にも、お見えになりませんでした」


コクウ城下の夜道は、ことさらに暗かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ