三
夕方から始まる祝賀興行には、大勢の観客が続々と集まってきていた。
満席の客席がほぼ埋め尽くされたころ、ユキアも高く張り出した貴賓席に着いた。
右隣がカムライだ。
さりげなさを装うように、視線を舞台にむけたまま、小さな声で話しかけて来た。
「お話があります。あなたと二人きりで会いたい。いつが良いですか」
「兄上、せっかちが過ぎると嫌われますよ。申し訳ありませんユキア姫」
左隣から、柔らかな声がした。
見ると、穏やかそうな青年が微笑んでいた。
兄上と呼ぶからには、王子の一人なのだろう。
晩餐会でも目にしていた気がする。
雰囲気が違うせいなのか、兄弟でも思ったほど似ていないが、やはり整った顔立ちをしていた。
「申し遅れました。カリバネ王の三男ツクヨリです。紹介してもらえなかったので、今日は無理を言って、こっそり席を作らせました。 お目にかかれて光栄です。貴国のものに比べて見劣りする出し物でしょうが、今夜は楽しんでいただけると嬉しい」
「はい、ありがとうございます」
「兄を許してください。率直な性質なもので、悪気はないのです。戦場では、向かうところ敵なしの活躍をしたわが国の英雄です。多くの戦で敵を完膚なきまでに蹴散らし、地獄に 叩き落しました。 戦いの申し子 というのでしょう。強いだけが取柄で、女性に対しては気遣いが足りないかもしれません」
「はい」
お世辞のいえないユキアは、ただ返事だけを返す。
そんな様子を満足そうに見て微笑んだツクヨリが、 ふいに目を逸らし、憂いを帯びた表情で後を続けた。
「わたしは、どうしても戦が嫌で辛かった。今、和平が成って、本当にほっとしています」
右隣でカムライが 憮然としているうちに、幕が揚がった。
にぎやかな歌と踊りの後、芝居が演じられる。
ノミ川砦と呼ばれている舞台装置は、あの国境の砦のことらしい。
よく出来ていた。
敵に攻め込まれて、次々と倒れていく兵士たち。
そこに、待ちに待った援軍がかっこよくやって来る。
日嗣の王子と呼ばれているのは、カムライを模しているようだが、やたらと頑丈そうな強面の役者が演じていた。
おおげさな立ち回りで、バッタバッタと敵を切り倒す。
「実際の砦の戦いは悲惨なものでした。多くの兵が死にました」
左隣のツクヨリが、悲しげな声で解説した。
舞台では、すったもんだの挙句に講和が結ばれ、日嗣の王子のくさい独白の末、平和を讃える極めの台詞が、芝居っ気たっぷりに演じられた。
そして、平和を喜ぶ歌と踊りになだれ込む。
「クスクスッ、実際の兄上は、あんな気の利いたことは言いませんでした。 何も言いませんでしたね。活躍の場がなくなって、やる気を持て余しているのではないかなあ。お気の毒です。兄上がやっつけた敵の数は半端ではありません」
そう言って、カムライのほうを痛ましげに見やった。
「今日は、こんなにも美しい姫君にお会いできて、本当に楽しかった」
優しい微笑を残して、ツクヨリは去った。
さらに短い演目が一つあったので、最後まで観賞して、ユキアも劇場を後にした。
カムライには返事をしないままになってしまったが、翌日は王家のお茶会に呼ばれている。
また会うことになるだろう。
二人の『運命の出会い』は、念入りに段取りが出来ていた。
帰り道、迎賓館に着く少し手前で、ユキアは突然馬車を止めさせた。
護衛の兵士が何事かと訊きに来る前に、馬車から飛び降りて暗い夜道を戻る。
護衛が慌てて後を追った。
よく見ないとわからないが、人が倒れていた。
「死んでいます。警邏の役人に知らせますから、姫様は馬車でお帰りください」
近づいて調べた護衛兵が報告した。
「病気なの?」
「いいえ、切り殺されています」
眉をひそめ、踵を返そうとした時、防火用水なのだろうか、道端の大きな水甕の陰に、震えているものが見えた。
ユキアの様子に、護衛兵も気づいて剣を抜いて歩み寄る。
「何者だ。出て来い」
「うわあ! 見てません。何も見てません。お助けを……」
隠れていた男は酒の臭いを ぷんぷんさせたまま、どうやら腰を抜かしている。
臭いは残っていても、酔いはすっかり冷めているようだった。
地面に手をついて、しきりに命乞いを始めた。
「安心しろ。賊ではない。見ていないというのは本当か」
「ああ、はい。怖いし暗いし、何も。本当に、ほーんとうに、何にも見えませんでした」
「じゃあ、物音は 聞こえたかしら」
ユキアが、出来るだけ優しそうな声で聞いてみる。
「お、音……、聞きました……いえ、聞いてません」
「どちらなの?」
思いのほか鋭いユキアの問いかけに、酔っぱらいは即座に観念した。
「すいません。…………あのう、『役立たずめが、このミノセが成敗してくれる』って、あっ、聞き違いかもしれません。あわわわわ」
「姫様、お戻りください」
ユキアは、素直に従った。
これ以上 首を突っ込まないほうがいい。
ミノセ…… 第二王子の名前……。
おとなしく馬車に戻った。
「メドリ、第二王子のことは何か聞いている?」
「はい、コクウ城の女官たちから噂を……。
終戦の間際に、兄のように慕っていた方が、王子を敵前から逃がす為に、目の前で戦死なさったのが、深いお心の傷になっていらっしゃるとか。
自軍を率いて共に戦っていた若き地方領主は、劣勢の中、敵に立ち向かい、全身に飛び交う矢を受け、剣と槍に串刺しになってもなお、敵の前に立ちはだかって、王子に向かおうとする敵を阻み、壮絶な最後を遂げられたとのことでございます。
その後、たった一月で講和がなされたのが、余計に悔しく、お心残りなのではないかと、皆が言っておりました。
未だ沈み込まれていらっしゃる とのことです。儀式にも、晩餐会にも、お見えになりませんでした」
コクウ城下の夜道は、ことさらに暗かった。




