一
まだ、投稿に不慣れです。
やっちゃってたら、ごめんなさい。
頑張りまっす。
――昔々、あるところに、マホロバ王国と名乗る 豊かな大国がありましたとさ――
時の王ホヒコデ王の 世継ぎ、美丈夫の誉れ高い ウナサカ王子と、
マホロバに咲く大輪の花と呼ばれた妃 テフリ姫の間に、待望の第一子が誕生した。
その知らせは、祝砲によって民に届けられた。
一発ならば姫、二発ならば王子、祝砲は二度轟いた。
国中が喜びに沸きかえり、未曾有の大騒ぎを巻き起こした。
この国始まって以来のドンチャン騒ぎ、と歴史書に載るほどの事件になった。
数刻の後、大砲は手違いだった。
お生まれになったのは 姫、と訂正されたが、
もはや騒ぎは誰にも止められることなく、三日三晩のお祭り騒ぎへと突入していった。
興奮のあまり心臓麻痺で死亡した者一名、飲みすぎによる墜落などの重傷者五名、
意識不明になった酔っぱらい多数、
勢いで結ばれた男女、おそらくは、そうとう多数……。
その半年後、ウナサカ王子の側室 アリソに、月足らずで姫が誕生した。
妻の妊娠中に他の女に走る夫は、珍しくはない。
祝砲は一つ。間違いなく鳴り、半年前の ドンチャン騒ぎを反省した民は、
華やかな中にも節度を持って、静かに 大人しく祝うことにした。
さらに三年後、テフリ姫に王子が誕生した。
民は 三年前の反省を踏まえて、二つ轟いた祝砲にも慌てる事無く対処し、
一国の世継ぎの誕生に相応しい、厳粛な祝いを盛大に執り行った。
八ヵ月後、アリソに王子が誕生した。
またか という苦笑と共に、少し飽きてきていた民は、適当に祝った。
地味だった。
これら誕生時にまつわる話は、 大人たちによって、面白おかしく王子と王女たちにも繰り返し伝えられ、彼らの成長に影響を与えることになる。
◇ ◇ ◇
「お姉さま! メドリ、お姉さまは?」
マホロバ国の長姫ユキアの部屋に 勢い良く駆け込んできたのは、妹姫セセナ。
可愛らしく華やかに装った姿は、いかにも年頃のお姫様らしい。
問われた若い侍女は、にっこりと微笑んで答えた。
「ユキア様は、いつものように朝早くからお散歩に出て、まだ 戻っていらっしゃいません。もうそろそろお昼時ですから、戻られる頃とは思いますが」
「着飾ればお美しくもなれると思うのに、お姉さまってば、お散歩と読書にしか興味をお持ちにならないのね」
国の誉れともいわれる美貌の両親の子である。
不細工なわけがない。
むしろ、良いとこ取りをしているとさえ思える顔立ちなのだが、 目立つことを嫌っている。
一般の家でさえ、第一子は、親を始め大人たちの関心が集まり易い。
成長に関わる記念品も、上の子ほど多い。
ましてや、王家である。
国中の関心の的になった上に、死人まで出た伝説のドンチャン騒ぎの原因だったことに、 ほとほと嫌気がさしていた。
ユキアは、 幼い頃から
「徹底的に目立たない、地味なお姫さま」を目指すという、
前代未聞の大計画を立て、着々と進行中だった。
反してセセナは、人々の注目を一身に集める姉に憧れた。
「とにかく、何が何でも目立つお姫様」を目標に成長していった。
近頃は 二人の努力が報われて、いつの間にか注目度は逆転していた。
セセナの纏う新しい衣装や斬新な髪型は、たちまち評判になり、娘たちは先を争って真似をした。
マホロバの流行は、セセナから発信されると言っても過言ではない。
「新しいお衣装が出来てきたので、見ていただこうと思ったのに。それにね、良い物を見つけたの。お姉さまに絶対似合うわ」
セセナが持ってきたのは、目の覚めるような大粒の翠玉が、一見 素朴に見えるが、凝った細工の金鎖に付けられている首飾り。
「素敵でしょ、石も細工も最高よ。 でも、わたしが着けると地味になってしまうの。
返すのがもったいないから、お姉さまに差し上げるわ」
確かに、深く鮮やかな緑色の石は、 セセナが付けても暗い印象にしかならないだろう。
年若い娘が、簡単に従わせることの出来る石ではない。
「セセナ、来ていたの」
ユキアが戻ってきた。
品物が良いので、かろうじて お姫様に見えなくはないかも、という ありきたりな定番の衣装をまとっている。
セセナが うれしそうに駆け寄った。
「お姉さま、贈り物を持ってきました。 もうすぐ十六歳のお誕生日でしょ。わたしからのお祝いです。この翠玉は『妖精王の瞳』という名前が付いているのですって」
案外ちゃっかりしたことを言いながら、いそいそと自ら首飾りをユキアに着けた。
途端、セセナとメドリは目を見張る。
鮮やかな翠玉の首飾りを着けたユキアは、どこからどう見ても、気品と華やかさを備えた 立派なお姫様にしか見えなくなった。
「わたしが見込んだとおりですわ。とてもお似合いよ、お姉さま」
自分の新しい衣装もそっちのけで はしゃぐと、セセナは満足して帰っていった。
ユキアはセセナが見えなくなると、 ゆっくり首飾りをはずし、丁寧に鏡台の引き出しにしまった。
「目立ちすぎるわね。却下」
メドリは、やっぱりねという顔で、ため息をついた。
「で、今日の訓練は、いかがでございましたか」
「今日は弓の稽古をしてきました。飛び道具はどうなのかしらと思っていたけど、あれこそは、気を制する訓練には、解りやすくて良いかもしれません」
朝の散歩は、武術の訓練だった。
武道の達人は、気を制して 気配を絶つことさえ可能だと本で読み、 それが目的で励み始めた。
成果が出たのか、 時折、そこにユキアが居ることを忘れそうになることがある。
結果、副産物として、やたらに強い姫君が出来上がってしまった。
指南や稽古場をこっそり手配してくれたのは、祖父のホヒコデ王だ。
王は孫娘に甘い。
相談を受けて、誰にも内緒で段取りを付けてくれた。
王とメドリの他に、このことを知るものは居ない。
「メドリも、また一緒にしましょうよ」
「いいえ、私は結構です。 これ以上強くなっては、嫁の貰い手が なくなります」
以前は よく武術の稽古に付き合っていたメドリは、武人の娘だけあって素質があったが、ユキアのように 大目標があるわけではない。近頃は遠慮することが多かった。
それでも一時期、同じ訓練をしていたせいで、二人は挙措動作に似ているところがあった。
「変なことを心配しているのね。 ねえメドリ、そろそろ別荘に行きたいのだけれど……」
「かしこまりました。手配いたします」
城下町ウケラの外れ、小高い丘の上に瀟洒な王家の別荘がある。
他に、風光明媚な海辺と 高原の森に豪華な別荘があるため、城の目と鼻の先にあるそこが使われることは ほとんど無い。
静かな場所でゆっくり読書に浸りたい という名目で、 たまに、ユキアが息抜きに訪れるだけである。
翌々日、ユキアは別荘にいた。
「ホジロ、また怪しげな実験をしているの」
「怪しくはないが、実験は常時やっている」
ユキアの問いに、ぼうっとした冴えない風貌の青年が答えた。
一つに括っただけの、ぼさぼさの髪をかきむしる。
ホジロは、別荘の管理を任されている下っ端貴族だが、商売上手な商人をしていた父が、貧乏貴族から位を買ったというだけのことで、 生まれも育ちも下町だ。
片っ端から色々なことに興味を持ち、実験やら調査やらと 妙なことに忙しい。
この別荘も、今やホジロの実験室と化している感がある。
ユキアとは馬が合う。
部屋の扉が叩かれた。
「入っていいよ。何?」
「お食事の用意が出来ました。 ユキア様の分は、離れに運んでよろしいでしょうか」
「姫様とわたしとメドリの分は、わたしが運びます」
ユキアが 答える。
これは、いつものことだ。
今のユキアは、男の子のような姿に覆面をしていて、
使用人たちは、姫の護衛をする女衛士だと思っている。
姫は 一日中離れに篭もって、読書に明け暮れていることになっていた。
使用人が出て行くと、ホジロはあきれた顔で 言った。
「やれやれ、お姫様が二人分平らげているとはね」
「ここに居ると、ほっとしてお腹が空くの」
「ユン、今夜も星を見るのかい?」
使用人たちの手前、ユキアとも姫とも呼べない為、ホジロはこう呼ぶ。
「近頃物騒な話も聞く、真夜中だから気をつけて、剣を持っていた方がいい」
この季節、真夜中過ぎの北東の空には、流れ星が多く見える。
ユキアは楽しみにしていた。
「分かった」
悪貨は良貨を駆逐する。言葉遣いもだんだん乱暴になっていく。
離れから 覆面姿のユキアが 庭に出た。
月明かりはないが、ホジロがまだ実験でもしているのか、窓から明かりが洩れて、思ったほど暗くはない。
見晴らしの良い場所まで行こうとした時、何者かの気配が通り過ぎた。
追いかけるように、さらに数人。
いや、四人、彼らはユキアに気づいて立ち止まる。
やがて、中の一人が問いかけた。
「怪しい者を見なかったか」
「見た」
「どこに行った」
「目の前にいるみたい。 他人の屋敷に無断で踏み込んで、名乗ろうともしないなんて、怪しいわよね」
「……くっ、邪魔だ」
互いに目で合図をするや、いきなり襲い掛かってきた。
とっさに応戦する。
一人一人の腕は、ユキアからすればさほどでもないが、 恐ろしいほど 実戦に慣れていた。
人を殺したことがある連中だ。
それも 一人二人ではない。背筋が冷える。
町のごろつきを懲らしめたこと ならあるが、 そういう連中とは明らかに違う 危険な臭いがした。
ちょっとまずいかもしれないと思ったとき、中の一人が悲鳴を上げて後退った。
さっき通り過ぎた者が戻って来たのだ。
どうやら 只者ではない。
さほど気負っている風でもないのに、繰り出される剣の勢いが、賊を圧倒している。
敵わないと見てか、追っ手は忽ち引いていった。
いったいこいつらは何者だろう、と振り向こうとしたとき、
「危ない!」
声とともに身体を押し倒された。
目の前に、妙な形をした小さな刃物が突き刺さった。
十字の形で刃が付いているうえに、わずかに捻りがある。
曲線を描いて飛んできたらしい。
危なかった とほっとして息をついだ時、変な匂いがするのに気づいた。
毒だ。毒が塗ってある。
起き上がろうとすると、ユキアを庇った男の手の甲に 血が出ていた。
手巾を出して刃物を持ち、窓に向かって叫んだ。
「ホジロ!」
男を引っ張って、明かりのついている部屋に向かうと、 ホジロが驚いたように顔を出した。
「毒だわ。助けて」
ホジロに 手巾ごと十字型の刃物を渡す。
「長椅子に寝かせろ。毒を吸い出さなきゃ」
「わたしがする」
「しかし……」
「大丈夫、口の中に傷は無い」
ホジロは勢いに負けて手桶を渡し、 自身は注意深く刃物を調べると、戸棚をあさり始めた。
ユキアは覆面を外し、傷口から、毒に侵された血を吸っては手桶に吐き出す。
男は、無言で 大人しく手当てを受けている。
覆面を外しても、男からユキアの顔は 見えない。
ふっくらした頬の稜線と、きりりと括られた豊かな黒髪、
そして、耳の後ろに三つ並んだ 小さなホクロ。
ごそごそと何やら引っかきまわしていたホジロが近づき、 男は頭を抱えるようにして薬を飲まされたが、毒が回ってきたのか、目がかすみ、気が遠くなっていった。
「名前は?」
ホジロが聞く。
「……カ……ム…ライ……」
「カムライ、解毒剤が効いてくるはずだ。安心して、後はゆっくり眠れ」
カムライの意識が薄れていく、手の甲に触れた柔らかい唇の感触を残して……。
そして 途切れた。