II 純白に身を飾り
真っ赤だ。
熱い、熱い、熱い。
「ハルカァーーーーっ‼︎」
宙をつかむ手を天井に伸ばし夢から目覚めた。何とも寝起きの悪い……。
「触れたのか…、記憶に」
周りを見渡す。
もう朝だ。
カーテンの隙間から太陽が透ける。
白く美しい髪に夕日を燃やしたかのような紅い瞳の少年は身体を起こす気はさらさらない。納得のいく体勢を探すべく寝返りをうつ少年の隣、白梟が布団の中で眠息を立てていた。
鳥って布団で寝るだろうか?などという野暮な質問はよしてほしい。
そして、少年の背中に温かな感触がある。もふもふとした肌触りの良い柔らかな毛並みの狼だ。
ここでも、危険ではないのだろうか?と言う野暮な質問はよしてほしい。
彼らは鬼純だ。
同じ鬼でも鬼獣とは違う。
コンコン
ドアを鳴らす朝一の音ーーーー。
開けないでくれ。まだ眠い……。という心の声とは裏腹に
「失礼します。」と開けられた。
「ハルヒ様、おはようございます」
菫色の優しい瞳の男は
繊細優美なロココ調模様の葵色のカーテンをピシャリと開けた。
礼儀正しいこの口調ーーー。
「アル…まだ眠い……」
朝日を遮るようにふかふかの布団に顔を埋める。
「往生際が悪いですよハルヒ様」
癖っ毛の黒髪。
ピシッと着こなしたタキシード姿の彼の名は、アルレイト=ラミレス。
4年前からハルヒの身の回りの世話をしている。
太陽の日差しに眼を細める。
「今日は待ちに待った王位継承の日。
寝坊は許されませんよハルヒ様」
「むにゃむにゃ」
「仕方のない主人ですね」
腕組みをすると
鬼二匹と少年一人を布団という楽園から現実に呼び戻す魔法の言葉をとなえたーー。
「本日の朝食はアボカドとトマトのカプレーゼ風、トリュフのリゾット、赤ワインと牛肉のソテー、フォアグラのソテー バルサミコスのソース、南瓜スープ、デザートにミルフィーユと紅茶、パンをご用意しました」
ハルヒの目がぱちっと開く。
「肉‼︎メティス、アレス起きろ!」
目が丸になる白梟と狼を叩き起こすと一目散に食堂へと駆け下りていった。
朝食をハルヒの好物にしておいて良かった、とアルレイトはしみじみ思うのであったーー。
ハルヒ。
ハルヒ=アスフィニアント=カイロ
アスフィニア王国の約500年の歴史の中で今日、第7代目になる王様だ。
とは言っても、その姿はまだ幼く12、3歳と言ったところだろうか。
ここは、アスフィニア王国の王都ゼネブに位置するアイザックの別邸だ。
普段騎士団の本部と自分の邸の行き来で忙しいアイザックはハルヒに別邸を貸している状態で使用人はアルレイトとクレオ、メシャの三人のみである。
寝巻きのままのハルヒの肩に白梟がまだ夢うつつといった表情でとまり足元にぴったりと寄り添い時々ハルヒの顔を覗く狼。
彼らの視線の先に二つの影があった。
ラウンドテーブルに対になる椅子の上一人の男が腰かけその背後に一人の女性が立っていた。
「アイザック⁉︎」
突然の訪問、というわけではないがハルヒはやや驚いた声を上げる。
それもそのはず、いつもの肩にかけただけのだらしのない隊服ではなく、礼装をしていたためである。
ヘンリエッタも黒のシャツに深緑ベースのタイトスカートのジャケットでボタンと同じ金色の髪は横で三つ編みにしまとめている。
「やぁ〜、おはようございますハルヒくん」
相変わらずニヤニヤと締まりなく笑うアイザックは手をパタパタとあげた。
「その格好って」
「えぇ、今日はハルヒくんの晴れ舞台
私も騎士団団長としてではなく一王族としてあなたを祝いたいと思いましてね」
黒いスーツに青のベストとチェックの蝶ネクタイ。腰に差した二つの金と銀の刺突剣がスーツのボタンとリンクしていて統一感がでている。
片目の見えない前髪をは相変わらずだが普段のアイザックとは似ても似つかないピシリとした格好である。
ラウンドテーブルに添えられた花々がいつもより華やかであるのも、おそらくは今日という日がハルヒにとっての大きな一歩であってほしいという使用人なりの心遣いなのであろう。
ハルヒの為に椅子を引く使用人。
ハルヒが椅子に座るやいなや
「ぐっ、うぅ…」
「ク、クレオ⁉︎」
「あれから4年…ついにこの日が、」
「な、泣くなよ」
「申し訳け……ありません…うぅ」
感激のあまり泣いている長髪長身の男は、クレオ=ハルフォードである。
ブロンドの髪に整った顔立ちでこれぞ美形、といった彼であるが今は涙で顔を腫らしている。
「この日が来れたのもあの日、お二人がハルヒ様を知恵の扉の前で見つけお邸で介抱してくださったおかげです」
上から降りてきたアルレルトはハルヒの朝食の用意をする。
ワゴンを押し現れた使用人メシャは慣れた手つきで二人分のティーカップにお湯を注ぐ。
黒髪をお団子にし後ろでまとめた落ち着きのある風貌、丈の長いメイド服の欲にあった女性だ。
お茶の葉を人数分ともう一杯。
適度に温められたお湯をポットへ注ぎ砂時計を逆さにする。
ポットの口から登る温かな白線が天井へ伸びる頃、再びポットの蓋へ手を置く。
気品を感じるエメラルドグリーンのカップに咲く金の花模様。
その中に注がれる琥珀色の紅茶はフルーティーな香りを漂わせ部屋中を温かに包み込んだ。
アイザックは紅茶を一度飲み口の中に広がる爽やかな甘みに、目を閉じ口元をほころばせた。
アイザックとその隣の席にティーカップが並ぶ。
「それにしても、今でも信じられません」
アルレルトは優しく微笑みながらハルヒを見る。
勢いよく朝食を口に運ぶハルヒ。
白梟はすでに夢の中。
足元の狼もハルヒにぴったりと寄り添い寝ていた。
「10年間知恵の扉に閉じ込められていハルヒ様が帰られて早4年。こんなにも心踊る日がくるとは思いもよりませんでした」
「王の嫡子であるハルヒくんが行方不明になった時この世の終わりみたいな顔してましたからねぇアルレルトくん」
少し恥ずかしそうに笑うアルレルト
「ですが、知恵の間からと聞いた時は驚きました。どうりで見つからないわけだと、」
「案外、ありえないことなんてのはないのかもしれませんねぇ」
アイザックはテーブルの上のタルトをパクリ……。
「4年間、…苦労の甲斐もありましたぁ」
「アルレイトくんお爺さんみたいなこと言いますねぇ〜。 ククッ」
またパクリ…。
「無理もありませんよ。ハルヒ君王位継承を猛烈に拒絶してましたからね」
側に控えていたヘンリエッタは次の獲物を狙うアイザックの手をピシリと叩きながら言った。
「当たり前だろ。いきなり王様になれって言われても無理だ」
ハルヒは肉という肉をたいらげるとデザートがないことに気づいく。
「でも、ご立派になられた…」
「本当に一安心ですよ」
クレオとアルレルトが関心している背後……小さな戦闘が繰り広げられていた。ミルフィーユのお皿の上フォークとフォークのぶつかり合いーーーー。
「でも、黒刀血者としての力が無いのはどうしてでしょう?昔は使えていたのに……。」
幾度にも重なったさっくさくのパイ生地の下カスタードクリームが顔を覗かせている。バターの香りがアイザックの勢いを更に加速させ……(大人としてそれでいいのかアイザック!……という疑問は彼には無意味なのだろう……)
「ハルカ様の時はどうなることかと…」
メシャの発言にハルヒの手が止まる。
「そ、そうです!ハルヒ君に王位継承の祝いとしてプレゼントがあるんでしたよね!アイザック様‼︎」
ヘンリエッタはハルヒに勝利しミルフィーユを食べるアイザックへ話を振る。
「んん〜そーでしたね」
モゴモゴと返事をするアイザック。
だが、フォークは離さない。
「どーせハルヒくんの事ですからお下がりの服しか持ってないのでしょう?だから特別に儀式用の服を仕立てて貰ったんですよ」
最後までミルフィーユを食べ終わるとアイザックは椅子の下に隠しておいた大きなケースを取り出した。
「さ、さ、着てみてくださいよ」
*
*
*
*
純白の上着に引き換え中は縦縞のはいった黒のベストと襟のあるシャツ。
首元にはオリーブの葉の装飾ピンをとめたスカーフに長めのブーツ。
「ハルヒ君よく似合ってますよ!」
「 お子様サイズがぴったりですねぇ」
あらかたお菓子を食べ終わり紅茶を楽しむアイザックはクスリと笑った。
「俺はお子様じゃねぇぞイザック!」
腕組みをして必死に胸をはるハルヒ
「これからぐんぐん伸びる予定なんだ」
「クククッ、鬼の契約のせいとは言え知恵の扉の歳月を引いたとしても16歳であるのに12歳と変わらない容姿とは気の毒ですねぇ」
「伸びるったら伸びる〜!」
「アイザック様、ハルヒ君をそんなにいじめないでさださいよ」
「まぁ、まぁ、い〜じゃありませんかぁ」
「これから王になる方なんですよ」
ヘンリエッタの忠告も気ままなアイザックには届かない……
「⁉︎」
ザラザラとした何かが背をはいずったような不気味な気配がした。
「どうかしましたか?」
おそらく二人は気づいてない
「え、あぁ、なんでも。
それより儀式まで間もないな」
「ハルヒ君、緊張してるんですか?」
「いや」
少し笑った後
「むしろ楽しみだよ。
これから何が起こるのか、何が変えられるのかやって見たい事が沢山ある」
葵いピアスを撫でる。
「見つけ出さなきゃいけないし」
使用人メシャが
「皆様、馬車の用意が整いました。
9時より継承の儀が始まります」