表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/36

6 不思議な乙女ゲーム世界

 緊張しながら扉を開け、外に出てみるとそこは洋菓子店の売店内だった。私がいた部屋は、【パティスリーフカミ】と同じく休憩室だったようである。ヨリコさんを探すと、程なく彼女の深緑のボブカットが見つかった。


「……ヨリコさん」


 恐る恐る声をかけると彼女は振り向いた。


「ああ、カオルちゃん。エプロン似合っているね。ゲームを攻略すること、自分の中で納得できた?」

「はい、まあ……。まだ認識不足は否めませんが、それでも夢の中の出来事だとしても、乙女ゲームは好きですので……やってみたいと思いました」


 ヨリコさんもピンクのワンピースの制服に、白いギャザーフリルエプロン姿である。可愛らしい制服は彼女の雰囲気と合っていた。


「そう。まだ始まったばかりだからわからないことばかりだと思うけど、やってくれる気持ちになってくれて嬉しいよ。私もサポート役として頑張るから、解説は任せて!」


 頼もしい二見ヨリコさんは、現実の深見依子さんと重なる。そういえば、と不思議に思ったことを訊いてみた。


「ご主人さんの深見麻人店長は……?」


 ヨリコさんはきょとんとした表情になる。


「フカミアサトって誰……?」

「え? 誰って……ヨリコさんの旦那さんで、【パティスリーフカミ】の店長じゃないですか!」


 何を基本的なことをヨリコさんは言っているのだろう。彼女は自分の思考の中に入って、しばらくしてから言いづらそうに答えた。


「フカミアサトっていう人は、この世界にいないの。カオルちゃんが店長だから」

「……え?」


 深見麻人店長がいない? それは私の心に不安をきざした。あの頼りになる深見店長がいないなんて……どうすればいいのだろう。私の心情をよそに、ヨリコさんは「浅岡カオル」が店長だと決めつけているようである。挨拶の手順を話し始めたので、私は仕方なく割り切って聞くことにした。


「これからみんなに紹介するから、店長として堂々と挨拶してね。店長は悩んだり迷ったりしているところをみんなに見られたら信頼なくしちゃうからね」

「……はあ」


 深見店長の仕事ぶりの記憶を必死でたどる。いつもみんなを引っ張っていくリーダー役だった。彼が悩んだり迷ったりしている姿を見たことはない。そういうところが店長たるゆえんなのだろう。


「はい、ではみなさん! 新任店長の挨拶でーす!」


 ヨリコさんが大きな声を出すと、この狭い売店の中のどこにいたのだろうという人数が集まった。私以外にヨリコさん含めて四人が目の前にいる。私はなるべく冷静さを心がけて挨拶した。


「初めまして、浅岡カオルです。えと、このお店……」


 いきなり躓いてしまったことが恥ずかしい。冷静なつもりだったのだけど。


「【ローズスイーツ】のストロベリー店」


 ヨリコさんが察したように耳打ちしてくれた。


「……【ローズスイーツ】ストロベリー店の新任店長です。至らない点も多いかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」


 深く頭を下げると、みんなから拍手で迎え入れられた。従業員たちも次々と挨拶をしていく。


「副店長の黒岩くろいわエイジだ。浅岡店長とは同い年だから気軽に話してくれ」


 その自己紹介に「え?」と黒岩と名乗った副店長を見つめてしまった。優しげで柔和な顔立ちは見覚えがありすぎる。──今の彼のように、ゆるふわミディアムの黒髪ではなかったが。

 不意にぽんっと彼の顔の下に表示画面が現れた。びっくりしてその文字を読む。


【黒岩エイジ 攻略対象のひとり 高卒六年目の副店長 責任の重くなる店長職を嫌がって副店長のまま 優しく相談に乗ってくれる】


 ──岩波英二さんより顔立ちは整っているけど、【パティスリーフカミ】での立場と同じだった。私が言葉を失っている間に、次の従業員が自己紹介を始める。


「浅岡店長、初めまして。俺はアルバイトの上杉うえすぎタクヤです。このお店で働き始めてから四年目になりますね。ちょっと癖がある性格だと言われますが、あんまり気にしないでください」


 ──今度は杉浦拓也くん? 茶色がかった髪色でなく、鮮やかな茶色のショートボブだった。彼はもともとイケメンなので、それ以外変わったところは見当たらない。また表示が現れる。


【上杉タクヤ 攻略対象のひとり 果実かじつ大学四年生 カオルに対して冷たい態度で接することがある 基本は思いやりある性格】


 岩波さんと拓也くんが攻略対象? あまりのことに茫然自失していると、最後に女の子が挨拶した。


「こんにちは。アルバイトの柿江かきえユラです。まだ二年目なので仕事でわからないこともたくさんありますが、教えてもらえると嬉しいです」


 金褐色の髪ではなく、金髪セミロングの彼女──柿本由良ちゃんだった。可愛らしい顔で私を見上げてくる。彼女は背が低くて、百五十センチだと聞いた覚えがある。背が低い女の子は、背の高い男性にモテるという話を聞いたことがあった。

 彼女の下にも表示画面が現れた。


【柿江ユラ 果実大学二年生 攻略対象者によって応援したり邪魔したりすることがある 特技はお菓子作り】


 最後にパートさんであるヨリコさんが挨拶をして解散となった。

 ──なんだろう、この現実世界と似すぎている世界は。こんな乙女ゲームはプレイしたことがない。だけど、ここで呆然と立ち尽くしている場合ではないことはわかる。何か行動を起こさないとゲームの世界から出られないのだから。次にやることは──。


「カオルちゃん。新任店長として、隣の駅の支店店長にも挨拶に行ったほうがいいよ。隣のレモン店の店長にはお世話になることも多いだろうし」


 ヨリコさんにそう言われて、他にも支店があることを知る。【パティスリーフカミ】の深見店長のことを思い返す。深見店長は、よく他の支店の店長と交流していた。そう考えると挨拶に行くべきなのだろう。先輩店長に何かと教わることも多いだろうし、顔見せは不可欠である。


「じゃあ……すみませんが、ちょっと出かけてきますね」


 ヨリコさんに見送られて、隣駅のレモン支店を目指した。上着を羽織って、ワンピースの格好で最寄りの駅から電車に乗る。知らない路線だが、隣駅ならすぐに到着するはずである。【パティスリーフカミ】でも、出かけるときは制服のままだったので、特に抵抗感はない。

 隣駅で下車すると、改札の前に洋菓子店があった。【ローズスイーツ】レモン店と看板に記されているので、ここで間違いないだろう。売店で働いている女の子に話しかける。


「お仕事中、申し訳ありません。【ローズスイーツ】ストロベリー店の新しい店長の浅岡カオルと申します。挨拶に伺ったのですが、店長はいらっしゃいますか?」

「あ、はい、いますよ。すぐに呼んでまいりますね」


 感じのいい女の子だったな、と呑気に考えつつ店長が出てくるのを待つ。売店脇の扉から、縁なし眼鏡をかけた男性が姿を見せた。


「初めまして、隣駅のストロベリー店新任店長の浅岡カオルです。これからよろしくお願いします」

「ああ……、そういえば新任店長がくるんだったな。よろしく。レモン店の店長の中峰なかみねコウキだ。お互い店長同士、協力し合っていこう。わからないことがあったら電話で訊いてくれ」


 コウキ? 名前を聞いて、私は思わず顔を上げて彼を眺めまわした。最初の印象が別人としか捉えられなかったので、気づかなかったのだ。


「航希……?」

「うん? 呼ぶのは苗字で十分だろう?」


 縁なし眼鏡のレンズをいじりながら彼は言う。赤毛のウルフカットのコウキは、紛れもなく私に婚約破棄を言い渡した峰岸航希だった。

 彼の下に何度も見た表示が現れる。


【中峰コウキ 攻略対象のひとり レモン店店長で二十九歳 趣味はサイクリングとショッピング】


 ──現実の航希も買い物が好きだったな、とぼんやり思い出す。婚約破棄した彼は、私にとってあまり関わりたくない人物である。名前を呼んだことを適当に誤魔化し、お辞儀をして自分のお店に帰った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ