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27 【ローズスイーツ】の出来事

【ローズスイーツ】ストロベリー店で、私はクリスマスのシフト作りに悩む。人員は私と黒岩エイジさん、二見ヨリコさん、上杉タクヤくん、柿江ユラちゃん、そして短期アルバイトの三条ケイカちゃんである。

 二十三日と二十五日はイヴほど忙しくはないが、問題は二十四日のシフトだ。店長である私と副店長の黒岩さんは、朝四時から夜中の一時までのシフトにした。

 ヨリコさんは朝四時から午後三時まで、ユラちゃんは午後二時から夜中の一時まで。タクヤくんに打診してみると、私たち社員と同じ朝四時から夜中の一時までのシフトを了承してくれた。ケイカちゃんには午後一時から夜中の二十三時まで入ってもらうことにした。


 焼き菓子やクッキーなどの日持ちがする洋菓子は早くから入荷していたが、二十日になって、発注した大量の包装材料が工場から来た。予め倉庫を片付けていたので、衛生管理に気をつけながら大きさの順番に並べる。二十二日には外売り用冷蔵ショーケースや冷蔵ストッカーがきた。お店の裏手は交番の駐輪場なので、おまわりさんに事情を話して場所を空けてもらう。おまわりさんにもデコレーションケーキを差し入れすることを約束した。


「店長だと色々やることが多いなあ……」


 独り言を呟きながら、着々と準備を進める。そして二十三日がきた。開店時刻と閉店時刻はいつもと同じ。ただ、洋菓子の入荷量が半端でなく多いので、品出しの時間を早めた。黒岩さんやヨリコさん、タクヤくんと黙々と冷蔵ケースにしまう。無事に開店時刻の十時に間に合った。


 二十三日の営業は滞りなく進む。午後にケイカちゃんがきたので、予約の引き渡し方法と外売りのやり方を教えた。ユラちゃんも同じ時間に来て、いつも通り仕事を始める。私はユラちゃんに頼んで、ケイカちゃんについてもらった。


「はーい。ではこの外売りのレジの打ち方は……」


 ユラちゃんはケイカちゃんに外売りの説明を行っていた。ケイカちゃんは飲み込みが早く、あっという間に予約引き渡し方法も外売りのやり方も覚えてしまった。さすがは景歌の分身である。


 午後五時になって、タクヤくんは二回目の休憩に出ることになった。ユラちゃんがそれを見ている。


「浅岡店長~。私も上杉先輩と休憩したいです~」


 来客数が少ないこともあって、ユラちゃんはそんな我儘を言い出した。ユラちゃんの休憩時間はもう一時間先である。勝手な言い分に困っていると、ケイカちゃんが横から口を挟んだ。


「柿江さん。シフトを見たら、柿江さんの休憩時間は六時からじゃないですか。なんでそんなことを言っているんです」

「そ、れは……」

「仕事なんですからきちんと決められた通りにやってください。アルバイト歴、長いんじゃないですか?」


 タクヤくんはケイカちゃんのきっぱりとした物言いが気に入ったようである。ユラちゃんに辛辣なことを言っていた。


「柿江は俺に執着しすぎじゃないか? はっきり言って鬱陶しい。三条さんの言っていることが正しいことを認めたらどうなんだ?」


 タクヤくんの厳しい言葉にユラちゃんは項垂れてしまった。小さい声で謝る。


「ごめんなさい……。でも、この際訊きますけど、上杉先輩は私のことどう思っているんですか? 私、先輩の好みじゃないですか?」


 ユラちゃんは真剣にタクヤくんに詰め寄った。タクヤくんは困惑した表情で彼女を見て、そして視線を私に寄越した。


「……俺を困らせるようなことを言う女は好きじゃない。柿江、俺のことは諦めてくれ。俺には別に好きな人がいるんだ」


 それを聞いたユラちゃんは、仕事中にもかかわらず泣き出してしまった。精神状態が不安定なユラちゃんには休息が必要である。悪いと思いつつも、タクヤくんと休憩時間を代わってもらった。

 泣きはらした目で、ユラちゃんは私を睨みつける。恐らくタクヤくんが私に気があると思っているのだろう。ケイカちゃんがユラちゃんの肩を抱いた。


「柿江さん。女は引き際が大事ですよ」


 ユラちゃんはケイカちゃんの言葉を反芻し、私をきつい目で睨むのをやめた。


「すみません……浅岡店長。気持ちが落ち着くまで休憩してきます」

「……はい。いってらっしゃい」


 ユラちゃんはお店を出ていき、どこかに行ってしまった。休憩時間は一時間なので、六時には戻ってきた。


「これ、あげます」


 ユラちゃんが私に差し出したのは黄色い薔薇。黄色の薔薇の花言葉は私も知っている。


『嫉妬』


 黄色の薔薇の花言葉は他の意味もあるけれど、今ユラちゃんにとって最大限に私にできる表現なのだろう。私は黄色い薔薇を受け取り、彼女の感情も受け止めた。


 ♦ ♦ ♦


 二十四日──イヴの早朝四時に私と黒岩さん、ヨリコさんとタクヤくんが集まって、届いた品数に驚愕していた。


「二百万円分の商品ってすごい数ですね……」

「そうだね。だけど、そんなこと言っていられないよ。頑張って品出しをして、予約商品も取り分けて冷蔵ストッカーにしまおう」


 四人で必死に作業に取りかかる。一番先に予約商品を伝票の写しとともにしまって、それからデコレーションケーキ、カットケーキの品出しをする。

 デコレーションケーキやカットケーキのフルーツの状態などを確認しながら、品出しやケースにしまう。ケーキが不揃いな場合や、フルーツが傷んでいるとクレームのもとになる。

 なんとか開店時刻の十時までに支度は間に合った。さすがにイヴとはいえ、朝一番で買いにくるお客さんは午後ほど多くないので、四人で接客することができた。

 十二時に萩尾トオルさんが予約したブッシュドノエルを取りに来た。ケーキが詰まっているケースを見て目を丸くしている。


「すごいな、さすがクリスマスイヴだね。お仕事頑張ってね」


 萩尾さんは「差し入れ」と言って、チキンを置いていってくれた。


 ケイカちゃんが午後一時に、ユラちゃんが午後二時に仕事にきて、交代で外売りをし始めた。寒いので基本は一時間交代である。お客さんの来店が予想以上に多くなり、私はヨリコさんに無理を言って残業してもらうことにした。

 商品の入れ間違いなどのクレーム対応は副店長の黒岩さんが引き受けてくれ、売店内の接客は主にヨリコさんとタクヤくん、あとはユラちゃんが交代のときしてくれた。ユラちゃんが昨日見せた嫉妬の感情は、既に消え去っているように見えた。

 私は店長として商品の管理や補充、電話応対を行う。夕方からお客さんが並び始めて、ケイカちゃんが外売りをしながらオーダーを取ってくれた。


「忙しいですね、浅岡店長」

「でも、こんなに忙しいと働きがいもあるよ」


 時折タクヤくんと言葉を交わしながら仕事をする。閉店時刻の十九時を大幅に回り、二十時半にやっとシャッターを閉められた。私と黒岩さんは売り上げ計算をする。他のみんなは片付けに追われていた。

 私は計算が全て終わると叫んだ。


「みんな聞いて! 目標金額の二百万円売り上げたよ!」


 私の声を聞いて、みんなは口々に喜び合う。それはそうだろう。昨年のイヴの売り上げは百五十万円であったのだから。


「やりましたね、浅岡店長!」


 真っ先にタクヤくんが私に向かってお祝いを述べる。今まで見たことのないほどのピンクの花びらが彼の周りを舞っていた。結局ラストまで働いてくれたヨリコさんが、顔中に笑みを浮かべる。私を引っ張り、休憩室まで連れていった。休憩室で彼女が示した好感度は──。


『黒岩エイジ 好感度0

 上杉タクヤ 好感度100

 中峰コウキ 好感度45

 萩尾トオル 好感度0』


 私は絨毯の上で立ち尽くした。タクヤくんの好感度100。それは、私がこの世界から出られることを意味する。


「おめでとう、カオルちゃん。よく頑張ったね。明日の二十五日のクリスマスまでは店長だから、明日までこの世界を楽しんでね」


 ヨリコさんはそう言って休憩室から出ていった。

 ──明日のクリスマスまでの『秘密の恋の甘い味』。私は今までプレイしたどの乙女ゲームよりも、この『恋甘』のことを愛している。明日までには吹っ切らないといけないと、それでも想いを残しながら、私も休憩室から売店へ出た。


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