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秘密の恋の甘い味 ~ケーキ×乙女ゲーム×スイーツ男子~  作者: チャーコ


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26 クリスマスまで

 終礼が終わって、私はストロベリー店内でタクヤくんに訊いてみた。


「ねえ、タクヤくん」

「はい、なんでしょうか?」

「タクヤくんはヴァイオリンが弾ける?」


 現実世界で拓也くんが「ヴァイオリンを弾くことが趣味」と言っていたのを思い出した。この現実とリンクしているゲームの中のタクヤくんもヴァイオリンが弾けるのかな、と考えたのだ。


「ヴァイオリン、ですか……?」

「うん」


 私が頷くと、彼は整った顔に困惑の色を浮かべた。


「一応弾けますけど……。なんでそれを浅岡店長が知っているんですか?」


 誰にも秘密にしていたのに、というタクヤくんの言葉に微笑む。ドライブが好きと言っていたように、拓也くんもタクヤくんも趣味が同じであるらしい。


「内緒。内緒にするから、私に一曲弾いてくれないかな?」


 私がお願いすると彼は黙り込み、視線を彷徨わせた。やがて微かな声で答える。


「俺はそんなに上手じゃないですけど……浅岡店長が望むなら」

「ありがとう! 嬉しいよ」


 私が感謝を述べると、タクヤくんは頬を染めてそっぽを向いた。


 ♦ ♦ ♦


 翌日、お店の近くの公園でタクヤくんと待ち合わせた。彼は高そうな黒のヴァイオリンケースを持っている。私は挨拶してから、彼に曲が入ったスマートフォンを手渡した。


「この曲をね、弾いて欲しいの」


 渡した曲は、このゲームのオープニング曲である「スイーツブーケ」。美しい旋律のこの曲が、どうしてもタクヤくんのヴァイオリンで聴きたくなってしまったのである。

 彼はスマートフォンから曲を二回聴いて、すぐに承諾してくれた。


「綺麗な曲ですね。でもそんなには難しくないので弾けますよ」

「本当? ありがとう! お願いね」


 タクヤくんは木立の中の椅子に腰かけてヴァイオリンと弓を取り出した。音程を合わせて、軽く音階を弾く。音階だけでも素晴らしい音色だった。

 立ち上がってヴァイオリンを左手で構え、右手に弓を持つ。そうして「スイーツブーケ」の曲がヴァイオリンから奏でられた。


『あなたと甘いお菓子が食べたいの

 秘密の恋の甘い味

 二人きりで煌めくケーキを食べる

 あなたの綺麗な瞳に見つめられながら食べると

 恋の魔法で何倍も美味しくなるの

 ずっと私の側にいてね

 砂糖を溶かしたような甘いお菓子を一緒に食べましょう』


 曲が終わると、私は盛大に拍手した。ヴァイオリンの音は美しい旋律を際立たせる。精一杯「ありがとう」と伝えると彼はまた横を向いたが、ピンクの花びらが周囲を舞った。──私の我儘を叶えてもらったのに、どうして好感度が上がるのかわからない。


「すごく甘い雰囲気の曲ですね。あなたに合っていますよ──カオル」


 タクヤくんが頭を撫でてくれて、私はその優しさに涙を僅かに流した。


「こんなことくらいで泣くなんて、どういう思考回路しているんですか。カオルがリクエストするなら、俺はいくらでもこの曲を弾きますよ。ずっと側にいて、ね」


 ──ずっと私の側にいてね

 それは私の心からの感情であるけれど、でも──私は現実世界に戻らなければいけない。こんなに優しいタクヤくんを置いて。

 溢れる涙が頬を伝うと、タクヤくんはくっきりとした双眸で私の顔を覗き込み、青いハンカチで涙を拭ってくれた。


 ♦ ♦ ♦


 十二月に入った。【ローズスイーツ】のクリスマス準備も大変だが、現実世界の【パティスリーフカミ】も大忙しである。予約は先払いが基本なので、レジを打つ回数も多くなる。仕事に追われていると、拓也くんが私に耳打ちをした。


「今日の早番が終わったら、お時間ありますか?」

「うん、あるけど……なんで?」

「今は訊かないでください。早番が終わったら話しますから」


 それだけ言うと、拓也くんはカフェスペースに行ってしまった。何の用事だろうと訝しく思ったが、お客さんがたくさん来店したので、考え事をしている場合ではなくなった。


 早番の仕事上がりの十七時を回り、十八時まで働いてから私はお店を出た。従業員入り口では拓也くんが待っていた。この寒いのに外で待っていたのか、と思う。休憩室で待っていてくれればよかったのに。


「遅くなってごめんね、寒かったでしょう」

「いえ、大丈夫です。──少し、歩きませんか?」


 彼は私の手を握り、道を歩き出した。握ってきた手が飛び上るほど冷たい。拓也くんをそんなに待たせていたのかと申し訳ない気持ちになる。

 やがて人通りの少ない並木道まできた。彼は銀杏の木の後ろに回り込み、私の背を木にくっつけて近寄り、澄んだ瞳を私の目と合わせる。


「……俺が浅岡さんを好きなこと、知っていますよね?」


 澄んではいるけれど鋭い双眸に見つめられ、私は身動きがとれなくなった。ぎこちなく頷くだけにとどまる。


「そろそろ……返事を聞かせてもらってもいいんじゃないですか?」


 私はそれを聞いて──ゲームの中のタクヤくんが頭に浮かんだ。彼と過ごせるのはクリスマスまで。うまく動かない口を必死で動かし、私は掠れ声を出した。


「……クリスマス。クリスマスが終わるまで、返事は待ってくれないかな……?」


 その言葉を聞いた拓也くんはしばらく考え込み、やがて首肯した。


「……そうですね。クリスマスまでは何かと落ち着かないでしょうから。二十六日の休みに、返事を聞かせてください」


 返事を保留にした私を責めるでもなく、彼は銀杏の並木道から去っていった。

 ──現実の拓也くんと、ゲームのタクヤくん。彼らは同じ容姿や性格でありながら、分身であるお互いの存在を知らない。双方に惹かれる私は間違っているのだろうか。

 誰もいらえない迷路で私は答えを探し続けた。


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