25 恋心の自覚
現実での【パティスリーフカミ】でもクリスマスケーキの予約は順調であるし、それ以上にゲーム世界の【ローズスイーツ】ストロベリー店の予約も好調だった。十月から割引を始めた影響が大きい。十一月も引き続き一割引きなので、お客さんがたくさん来店して、予約をしていった。
「一番人気はどれ?」
「このクリスマス苺デコレーション五号サイズですね。六号も人気ですよ」
「人数が多いから六号かなあ」
萩尾さんは十月のうちに来て、ブッシュドノエルを予約していった。ブッシュドノエルも大きいサイズと小さいサイズがあるが、彼は大きいサイズを注文してくれた。予約台帳を手にして個数を確認する。まだまだ数に余裕はありそうであるが。
「すみませーん、クリスマスケーキの予約をしたいんですけど」
「いらっしゃいませ。ありがとうございます」
むしろ予約個数が多すぎて、当日予約デコレーションを渡す臨時アルバイトを雇おうかと考えた。本店に電話して、短期アルバイトの募集をしてもらう。
休憩中、スマートフォンのランプが点滅していることに気がついた。確かめると中峰コウキ店長から「サイクリングに行かないか?」というラインだったので、私はすぐに「クリスマスで忙しいので」と断った。この時期に誘うなんて、レモン店は忙しくないのだろうか。
♦ ♦ ♦
本店から、一人の女の子がクリスマスの短期アルバイトに応募してきたという連絡があった。早速ストロベリー店に来てもらい、私が面接を行う。【パティスリーフカミ】でも何回かアルバイトの面接経験はあったので、気後れすることはない。
「失礼いたします」
「こんにちは。そこに座ってください」
約束時間の五分前に現れた女の子は、礼儀正しく、はきはきした物言いの子だった。綺麗な女の子で、笑顔も好感が持てた。もともと色素が薄そうな髪の毛と瞳の色は愛嬌がある。──私は何故か、その女の子を見て既視感を覚えた。頭を振って履歴書を提出してもらうように頼む。
「これが履歴書です」
彼女の写真が貼ってある、一枚の履歴書。名前を見ると──三条ケイカだった。私は驚いて履歴書と彼女を交互に見つめる。何回見ても、若い頃の新条景歌そっくりだった。
「景歌……?」
「はい? 私は三条ケイカです」
勝ち気な瞳は景歌そのものだった。私は気を取り直して面接を始める。
「ごめんなさい、面接をします。三条さんは、何故このお店でアルバイトをしようと思ったのですか?」
「はい。いつもこのお店でケーキを買っていまして、それがとても美味しかったからです。特に好きなケーキはバナナロールケーキです」
好きなケーキを言うのは、お客さんとしてこのお店に通ってきてくれている証拠である。私は更に質問した。
「クリスマスの短期アルバイトということですが、十二月二十三日、二十四日、二十五日は全部の日にち入れますか?」
「それはもちろんです。時間も問いません」
履歴書の住所を見るとすぐ近所に住んでいた。年齢も十九歳だし、たとえ二十二時を回ったとしても働いてもらえそうである。
「結構力仕事が多いですし、拘束時間も長いですが大丈夫ですか?」
「はい。高校の生徒会で重いものを持ち運ぶことも多かったですし、体力にも自信があります」
彼女は終始人好きのする笑みを浮かべていた。私はこの子を採用することに決めたが、一応決まりで一日日を置かなくてはいけない。
「わかりました、三条さん。明日の午後三時にお電話で結果をお知らせしますが、その時間大丈夫ですか?」
「大丈夫です。電話をお待ちしています」
それでは、と言って私は面接を終わらせた。景歌もこの世界にいるのかと思うとおかしくなってしまう。景歌の分身ならば、仕事ぶりに問題はないだろう。
翌日採用の電話をして、三条ケイカちゃんをクリスマス期間雇うことにした。
♦ ♦ ♦
夕方頃【パティスリーフカミ】に再び峰岸航希がやってきた。顔はやつれ、幾分かやせたようである。私が仕事中にもかかわらず、彼はその場で土下座した。
「俺が悪かった、薫! もう一度婚約……いや、結婚してくれ!」
「……はあ?」
私は景歌から、航希がショットバー【ムーンライト】を解雇されたことを聞いていた。ホールバイトの女の子に見放されたことも。
「付き合っていた女の子と別れたから、私と結婚したいとかわけのわからないこと言い出したの?」
「……【ムーンライト】から五百万請求されている。俺一人じゃ返せないんだ」
がっくりと私は肩を落とした。お金目当てで私と結婚したいとか、ふざけたことを言っているのか。随分軽い女に見られたものである。
「あのね」
「何言っているんですか、すぐに帰ってください。自分の都合のことしか考えられないなんて、頭おかしいんじゃないですか」
私が言いたいことをそのまま乱暴に発言してくれたのは──拓也くんだった。拓也くんは私を抱き寄せる。
「こんな素敵な女性ををこっぴどく振って。あなたの顔なんか二度と見たくないですね。──ですよね、浅岡さん?」
「……そうだね」
些か拓也くんに気圧されてしまう。でも拓也くんは、言いたいことを言ってくれた。奥から深見麻人店長も現れる。
「峰岸航希、お前の話は聞いている。店の営業の邪魔だからさっさといなくなってくれ。業務妨害とストーカーとして警察を呼ぶぞ」
航希は私の足にしがみついていたが、拓也くんに腕を踏まれて手を離した。そして深見店長の迫力に恐れをなしたのか、黒縁眼鏡を落としながら、お店から逃げていった。
「ありがとうございます、深見店長、拓也くん」
「いや、あんな男とよく付き合っていたな。何かあったら俺に電話してくれ」
「そうですね、浅岡さんは男を見る目がなかったと思います。──次に付き合う男はきっちり判断してくださいね」
意味ありげな拓也くんの言葉に私は赤くなって俯く。深見店長はそれを別段気にする様子もなく、店長室へ戻っていった。
──私は今、航希から庇ってくれた拓也くんへはっきりと恋心を自覚した。




