17 由良ちゃんの爆弾発言
先日ベトナム料理を奢ってもらったお礼として、【ローズスイーツ】とは別の、有名洋菓子店でショートケーキを買ってきて、中峰コウキ店長に渡した。
「今一押しのショートケーキらしいです」
「それは楽しみだな。俺はショートケーキが一番好きなんだ」
レモン店の休憩室で、二人でケーキを食べる。私はブルーベリームースを口にしたが、ショートケーキを中峰店長が食べた瞬間、好感度が上がる証のピンクの花びらが舞った。
「え……?」
何故、ショートケーキを食べただけで好感度が上がるのかが理解できない。中峰店長はご機嫌な様子で、また買ってきてくれと私に頼んだ。
♦ ♦ ♦
ストロベリー店に帰って、早速ヨリコさんに好感度上昇のことを尋ねる。ヨリコさんは額に手を当てた。
「ごめん、伝え忘れていた。攻略対象者にはそれぞれ好きなケーキがあるの。中峰コウキ店長はショートケーキ、黒岩エイジ副店長はチーズケーキ、上杉タクヤくんはチョコレートケーキ、萩尾トオル様はシフォンケーキなんだよ」
それぞれの好みのケーキをご馳走すると、好感度が上がるらしい。ショートケーキを買っていったことは失敗だったと悔やんでしまった。
「カオルちゃんの本命はタクヤくんだから、チョコレートケーキをあげるといいと思うよ」
「……そうですか」
そんな話をしていた折に、本店に併設されている工場から新作ケーキが届いた。従業員の試食用らしく個数は二個だけ。そこでぽんっと選択肢表示が現れた。
『1 黒岩エイジと試食用ケーキを食べる
2 上杉タクヤと新商品のケーキをともに食べる
3 中峰コウキと新作ケーキについて話し合う
4 萩尾トオルに試食用ケーキを差し上げる』
届いたケーキはクラシックショコラだった。私は迷わず2の上杉タクヤくんを選ぶ。チョコレート系のケーキなら、好感度も上がるに違いない。
ヨリコさんは肩まで手を上げる。
『黒岩エイジ 好感度0
上杉タクヤ 好感度30
中峰コウキ 好感度45
萩尾トオル 好感度0』
「ここで挽回しないと……中峰店長ルートになっちゃう」
それだけは嫌だ。どうしても避けたい。私に婚約破棄を言い渡した男なんか、と心の傷が疼く。
私は決意を固めて、タクヤくんとの遅番の時間を待った。
タクヤくんとの遅番勤務が終わり、終礼の時間に一緒にクラシックショコラを食べた。食べ応えがあって美味しい。彼も笑顔になる。
「美味しいですね、このクラシックショコラ。絶対売れますよ」
タクヤくんの周りを花びらが舞った。少し安心して詰めていた息を吐き出す。
──好感度が上がった。いくつくらいになっただろうか。
あとでヨリコさんに訊いてみようと思いながら、美味しいクラシックショコラをタクヤくんと楽しんだ。
♦ ♦ ♦
新商品のクラシックショコラは人気だった。萩尾トオルさんも買っていき、翌日美味しかったと言ってくれた。
張り切って私とタクヤくんは、お客さんにクラシックショコラを勧める。その様子を、柿江ユラちゃんは面白くなさそうな表情で見ていた。
次の日、ユラちゃんがお菓子を作ってきて、みんなに振る舞った。作ってきたのは濃厚チョコブラウニー。私も美味しく食べたが、タクヤくんはとても嬉しそうに食べていた。チョコレートケーキが好きだからだろうか、いつもと違う屈託ない笑顔だった。ヨリコさんが難しい顔をしている。
「カオルちゃん、休憩室に来て」
ヨリコさんに連れられて休憩室に入ると、彼女は右手を肩まで上げた。
『黒岩エイジ 好感度0
上杉タクヤ 好感度40★
中峰コウキ 好感度45
萩尾トオル 好感度0』
「え……。なんですか、この★マークは?」
「ちょっとタクヤくんの好感度が上がりにくくなっちゃったマークだよ。これからのイベントで頑張ってね」
「そんな……」
私が頭を抱えているうちに、白い光に包まれた。
♦ ♦ ♦
現実世界では八月である。洋菓子店の繁忙期は冬に集中していて、夏は比較的余裕のある時期であった。暑い中で生クリームを食べたいと思うお客さんが少ないせいだろう。
「あれ? 今日も拓也くんシフトに入っていないんだ」
私が疑問を述べると、側にいた依子さんが答えてくれた。
「拓也くんは就職活動中だからね。お店が暇なときを選んで就職活動をしているんでしょう」
「そうですか……」
彼と会えないと思うと寂しい。心細さに溜息をついていると、遅番の引き継ぎで由良ちゃんが私を見て嘲笑うかのように、にやりと笑った。
「浅岡さん、杉浦先輩がこなくて寂しいんじゃないですか?」
「……まあ、ね」
曖昧に答えると、由良ちゃんは更に笑みを深めた。
「私、杉浦先輩と付き合い始めたんです。邪魔しないでくださいね」
「え……」
由良ちゃんはそんな爆弾宣言をして、遅番の仕事へ行ってしまった。
「待って! 由良ちゃん、どういうこと!?」
「どういうこともなにも、杉浦先輩に告白したら、私が可愛いから付き合ってくれるって言ってくれましたよ。浅岡さんの出番はもうないです。私たちに構わないでください」
私は拓也くんのくっきりした双眸を思い出した。あの瞳に入るのは、もはや私ではなく、由良ちゃんなのだ。そう考えると、つらくて寂しくて、胸の中がぽっかり空いた気分になった。私は我知らず涙を流していた。抑えようとしても止まらない涙は、私の胸中を表していた。




