16 柿江ユラちゃんの存在
次のお休みの日、私は中峰コウキ店長と百貨店にきていた。彼はどうも花柄プリントなどのブランドのシャツが好みらしい。色々な店舗を回って、中峰店長に似合うシャツを探した。
「このシャツはどうでしょうか?」
「そうだな。赤もいいが、濃い青も捨てがたい。黒ジャケットに合う」
私もショッピングは好きなので、たとえそれが他の人の買い物であっても、存分に楽しめた。中峰店長は気に入ったシャツを三枚手にしてお会計を済ませる。
「いいシャツがあってよかったですね」
「赤もよかったが、濃い青も好きなんだ。浅岡店長の意見が聞けて助かったよ」
そのまま百貨店内のレストランに入る。お昼時ということで多少混んでいたが、それでも十分ほどで席に通された。
「ここは俺が奢るよ。なんでも好きなものを食べるといい」
「そうですか、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」
ベトナム料理店なので、少し注文に迷う。結局フォー(牛肉うどん)を頼んだ。中峰店長は野菜の炒めものに、五目おかゆを注文していた。
注文した食べ物が来るまで、中峰店長とお店の経営について話し合う。先輩店長だけあって、ためになる話が聞けた。
「八月のクリスマスケーキ見学会は、本物のケーキが並べてあるから触るなよ」
「そうなんですか。初めて知りました。面白そうですね」
「あとは事前発注だな。クリスマスは普段の日の十倍を目安にしたほうがいい」
頼んでいた品物がきて、私たちは食べ始める。ふと、遠くからの視線を感じて、私はそちらを向いた。
視線を向けてきた人物──なんと柿江ユラちゃんだった。上杉タクヤくんとともにテーブルに座っている。彼女は春巻きを食べながら、私たちを見つめていた。
やがて私たちもユラちゃんたちも食べ終わり、会計のところで鉢合わせした。ユラちゃんはにこにこと笑っている。
「浅岡店長、中峰店長と仲良かったんですか。知りませんでした。……頑張ってください」
最後の「頑張ってください」という台詞は私だけに聞こえるように言ってから、彼女はタクヤくんと去っていった。「頑張ってください」──ユラちゃんにそう言われる意味がわからない。ユラちゃんがタクヤくんと百貨店に来たこともわからなかった。──二人はどういう関係なのだろう。
中峰店長と別れて、私はいったんストロベリー店に戻った。
♦ ♦ ♦
今日は中番勤務の二見ヨリコさんはまだ働いていた。私の顔を見て、驚いた表情をする。
「何かあったの?」
「それが……」
私が事情を話すと、ヨリコさんは考え込んだ。
「ほら、前に人物紹介にあったじゃない。ユラちゃんは特別な存在なの。【攻略対象者によって応援したり邪魔したりすることがある】、このことは、中峰店長とのことを応援して、タクヤくんとのことを邪魔するんだよ」
思いがけない言葉に私は絶句する。ユラちゃんは現実でも拓也くんに憧れていたので、ゲームの世界でも反映されているのかもしれない。
「だからタクヤくんは攻略難易度が高いの。一応今の状況を確かめてみるね」
ヨリコさんは右手を肩まで上げる。男性たちが映しだされた。
『黒岩エイジ 好感度0
上杉タクヤ 好感度30
中峰コウキ 好感度15
萩尾トオル 好感度0』
「そんな……」
中峰店長との好感度が上がってしまった。彼だけは攻略したくない。焦る私の気持ちを落ち着けるかのように、ヨリコさんは手を握った。手の温もりが伝わってきて、私は少し冷静さを取り戻した。
「まだ大丈夫。ユラちゃんのことに注意していれば、タクヤくんとの好感度は上がるから」
私は少しユラちゃんに恐怖心を覚えて、ヨリコさんに挨拶をしてお店を出た。
ゲーム世界の柿江ユラちゃんは、私と中峰店長のことを応援してくる。そうしてタクヤくんとの親密さを見せつけるのだ。
「浅岡店長、中峰店長といいムードですね。私も上杉先輩に憧れているので、気持ちはわかります。中峰店長の縁なし眼鏡、格好良いですよね。眼鏡のプレゼントなんていかがですか?」
「……ありがとう。考えてみるよ」
「あと私、上杉先輩と大学で同じ講義を取っているんですよ。わからないところは教えてくれて、先輩は優しいなあって思います」
本当は中峰店長へのプレゼントなんて考えてもいない。お昼を奢ってもらったお礼として、今度何か甘いものでも差し入れよう。──ユラちゃんの大学生活は多少嫉妬を覚えた。
♦ ♦ ♦
現実世界の柿本由良ちゃんも、杉浦拓也くんに接近していることを私に話してくる。大学内では学食で一緒にお昼を食べているらしい。同じ大学なのだから、当たり前かもしれないけれど。
「杉浦先輩って素敵ですよね。ちょっと怖いときもありますが、それも魅力のひとつっていうか。──お客様の萩原様も優しいと思いますけどね」
照れた表情を浮かべる由良ちゃんはとても可愛らしい。拓也くんはこんな地味な年上社員ではなく、年下の美少女に心惹かれるかもしれない。──拓也くんのことが気になり始めている私としては、複雑な感情を抱く。
「……同じ大学の先輩後輩として、仲良くしてね」
「はい。ありがとうございます」
私は由良ちゃんにそう言うことしかできなかった。




