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15 店長会議

『恋甘』の世界の中で、初めて店長会議の日が来た。本社の会議室で行われるらしい。二見ヨリコさんはいつも着ているピンクのワンピースと白いギャザーフリルエプロンの代わりに、濃茶のパンツスーツ、ギャザーエプロンと同じ生地で作られた白いシュシュを渡してくれた。


「シュシュもセーブデータの代わりだから、身につけておいてね」

「わかりました」


 私はパンツスーツに着替えて、シュシュで髪の毛をまとめ、会議へと向かった。


 ♦ ♦ ♦


 本社は予め場所を調べていたので、問題なく到着できた。三十席ほどある会議室は機能性を重視した造りらしい。私は座席表で自分の席を確かめ、一番後ろの席に着いた。支店のエリアごとに席順が決められているようで、やがて中峰コウキ店長が私の隣に座った。


「こんにちは、中峰店長」

「ああ、浅岡店長。今日は店長会議の後で浅岡店長の紹介があるから、そのつもりでいてくれな」


 店長会議では、主に『母の日』のことが話し合われた。少子化の影響で売り上げが年々落ちている店舗も多いらしく、目標額を上回ったストロベリー店のことは、みんなに褒められた。


「新任店長なのによくやったよ」

「これからもこの調子で頑張ってくれよ、浅岡店長!」


 各店長のお褒めのお言葉に、顔が熱くなるのを止められない。目標額三十五万円の設定を五十万円売り上げたのだから、自分でも嬉しく思う。

 それからは来月の店長会議の予定や、八月に向けてのクリスマスケーキの見学会の話などが行われて、会議は終了となった。そして中峰店長が誘ってくる。


「同じエリアの店長と食事をする店を予約したんだ。これから行こう」


 中峰店長と関わるのは、本音を言えば嫌なのだが、他店の店長との交流も大事である。そのまま予約したというイタリアンレストランに連れて行かれた。


 ♦ ♦ ♦


 イタリアンレストランはイタリアの地図が貼りつけられている、感じのいいお店だった。中峰店長の隣に座った私は自己紹介を始める。


「初めまして、ストロベリー店の新任店長の浅岡カオルと申します」


 頭を下げると、中峰店長を含めた三人の店長が拍手してくれた。


「こちらこそよろしく。ストロベリー店から三駅離れたところにある、バナナ店の店長の生稲いくいなカズエだよ。女同士助け合っていきましょう」

「俺はパイナップル店の店長の宇野うのシロウだ。レモン店とは逆側にある店舗でストロベリー店から近いから、なんでも頼ってくれ」


 生稲さんは店長歴九年目らしく、宇野さんは店長歴十年のベテラン店長ということで、私は緊張した。生稲さんが肩を叩いてくる。


「そんなに固くならなくていいから。まずは何か食べよっか」


 私はお店のおすすめのワイン、キャンティ・クラシコとともにブルスケッタを注文した。生稲さんはそれを見て、ワインをフルボトルで頼んでくれた。これなら全員が味を楽しめるだろう。


「いやあ、浅岡店長のストロベリー店の『母の日』売り上げすごかったね。見習わせて欲しいよ」

「俺もそう思った。何かいい案があったのかな?」


 生稲さんと宇野さんに尋ねられ、上杉タクヤくんのアイデアを話す。二人とも興味深く聞いていた。


「それはいいアイデアだね。来年からうちのお店でも使わせてもらおう」

「そうだな。確かに男性客は前もって知らせないといけないな」


 静かにワイングラスを傾けていた中峰店長が、私を横目で見つめる。


「確かにいいアイデアなのは認めざるを得ない。ただ腑に落ちないのは、それだけアピールしておいて、発注額が足りなかったことだな」


 それは私の失態である。俯いていると、生稲さんと宇野さんが励ましてくれた。


「まあ、そこは初めての経験なんだろうし」

「そうだよ、中峰店長も浅岡店長のこと大目に見てあげな」


 トマトクリームリゾットとカルボナーラがきたので、しばらく食べることに集中する。ふと生稲店長が優しい笑みを浮かべた。


「さっきも言ったけど、女同士なんでも相談してね。困ったことがあったら、一緒に考えるから」

「ありがとう、ございます」


 食後にカプチーノとデザートを口にし、生稲さんと宇野さんに挨拶してお店を出た。何故か私のあとを中峰店長がついてくる。


「……ええと」

「『母の日』は大成功だったな。だが、うちの店からケーキを分けたこと忘れるなよ。十五万円分の貸しだ」

「はい……」


 レモン店から洋菓子を分けてもらえなかったら、五十万円には達していなかっただろう。中峰店長は眼鏡を外してレンズを拭き始めた。


「……貸しを返してもらおうか。今度の休み、空けておいてくれ。一人では自分に似合うシャツが見つからないから、一緒に買い物に行ってくれないか? 女性の意見を聞きたいと思っていたんだ」


 私は言葉に詰まった。中峰店長と出かけること──それはデートにならないだろうか。しかし洋菓子を分けてもらった恩もある。私はしばらく逡巡し、それから買い物に付き合うことを了承した。


「わかりました。ご一緒します」


 途端、中峰店長の周りをピンクの花びらが舞った。しまった、と思う。好感度を上げてしまった。しかしながら今更断れないので、次のお休みに中峰店長と買い物に行くことにした。




 ストロベリー店に帰って、休憩室で男性用シャツがあるお店をスマートフォンで検索した。すぐ近くに百貨店があるらしい。品揃えもいいらしく、私はそこへ行くことを決めた。いつの間にか遅番勤務のタクヤくんが背後にいた。


「何を調べているんですか?」

「い、いや、なんでもないよ。気にしないでね」


 タクヤくんは電源を切ったスマートフォンが気にかかる様子であった。

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