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秘密の恋の甘い味 ~ケーキ×乙女ゲーム×スイーツ男子~  作者: チャーコ


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11 意地悪で優しい拓也くん

 もうすぐ現実世界の【パティスリーフカミ】でも母の日である。私は母の日用の商品一覧表を眺めた。


「母の日ショートケーキ、母の日モンブラン……うわ、デコレーションケーキがすごいことになっている!」

「どうしました?」


 売店でともに働いていた杉浦拓也くんも、私が持っている商品一覧表を見た。


「これ見て! この母の日デコレーションケーキ!」

「ああ、苺を細かく切ってカーネーションに似せているんですね。手間がかかっていそうですね」

「うん。値段も五号サイズで七千円だよ。売れるのかな……」


 商品一覧表を拓也くんが私の手から取った。そのとき僅かに手が触れて、その温もりが離れていくのが寂しかった。私が婚約破棄されたときに慰めてくれた拓也くんの温もりは忘れられない。優しく慰めてくれたな……と思い返す。


「どうかしましたか?」

「う、ううん。なんでもないよ」


 婚約破棄のことを思い出して少し落ち込んだ気分を、拓也くんは敏感に察知したらしい。彼は私の心情を察するのが上手である。潤んだ目を誤魔化そうと顔を背けたら、その前に彼は屈んで私と視線を絡ませた。


「泣かないでください。俺が泣かせたみたいじゃないですか」

「泣、いてなんかいないよ」

「じゃあ、これはなんですか?」


 拓也くんが指で私の目を拭った。その指には水滴が一粒ついている。


「浅岡さん、頭悪いんですか? 意地を張ってもいいことありませんよ」


 軽く手を握られる。やはりとても温かくて落ち着く手だ。彼の手を離しがたくなるが、それは我儘だろう。しかし、しばらくお客さんがこなかったので、二人で手をつないでいた。拓也くんがにやりと笑う。少し皮肉っぽい笑い方だった。伝票に文字を書く。


一片氷心いっぺんひょうしん』──清く澄みきった心境。


「心が晴れたようですね、浅岡さん。割とすぐに立ち直れるじゃないですか」

「そ、そうかも……」


 確かに彼に手を握られて、私の心は落ち着きを取り戻した。『恋甘』の世界でも二見ヨリコさんが手を握ってくるけれど、拓也くんの手はヨリコさんと違って、大きくて、頼りがいある手で、男の子の手なんだなあと感じ入ってしまう。ヨリコさんとは別の意味で落ち着く手の持ち主だと思った。


「まあ、俺ができることなんて限られていますけど、手を握るくらいならいつでもできますから。握って欲しければ、俺に『お願いします』って頼んでください」

「て、手を……! 頼むって……!」


 ──拓也くんは優しいけど、生意気だ! 黒い瞳が悪戯な色を宿す。


「なんですか? せっかく人が親切心で言ってあげていますのに。文句があるんでしたら、もう一切浅岡さんに触れませんよ」


 文句を言いたいが、彼が触れてこないのは落ち着く温もりが感じられなくなるということである。私は一言だけ、彼の耳に届かないように呟いた。


「……意地悪」


 小声で言ったのに、拓也くんはばっちり聞こえたらしい。それこそ泣きそうなくらいに彼は笑った。


「今頃知ったんですか? 俺は意地が悪いんですよ」


 拓也くんは私の髪を軽く撫でて、カフェスペースに行ってしまった。多分手を洗いに行ったのだろう。髪の毛を触ったあとは、衛生面の問題もあり、手を洗う決まりになっている。手を洗うのは面倒なはずなのに、それを承知の上で私の髪を撫でたのは──また慰めてくれたのだろうか。


「ふふ……」


 私はなんだか嬉しくなって、売店でひとり、笑い声を漏らした。


 ♦ ♦ ♦


 私は近くの雑貨屋さんで買ってきた造花のカーネーションを【ローズスイーツ】ストロベリー店内に飾りつけていた。横では二見ヨリコさんが、同じく買ってきたカーネーションのシールをクッキーの箱に貼っている。


「売れるといいですね」

「これだけ『母の日』をアピールしたら、必ず売れるよ」


 ヨリコさんとおしゃべりしながら手を動かす。ふと、ヨリコさんが私を見た。


「攻略対象は上杉タクヤくんにしたんだよね? 今の好感度を確かめてみる?」

「え?」


 いつかしたように、ヨリコさんは右手を肩まで上げた。各攻略対象の男性の顔が映しだされる。


『黒岩エイジ 好感度0

 上杉タクヤ 好感度10

 中峰コウキ 好感度0

 萩尾トオル 好感度0』


「あ、あれ?」

「タクヤくんの好感度が上がっているね。『母の日』イベントでアドバイスを訊いたからかな」


 そういえば……と思い出す。意見を聞いた直後、タクヤくんの周りをピンクの花びらが舞っていた。そのことをヨリコさんに尋ねる。


「ちょっと訊きたいんですけど……」

「何かな?」


 私は幻かとも思った、ピンクの花びらが舞う現象のことを話した。それを聞いてヨリコさんは深く頷いた。


「カオルちゃんならわかると思ったけどな。ピンクの花びらが舞うのは、好感度が上がったときの現象だよ」

「ああ……。そうですか」


 時々、好感度が上がったときに、攻略対象の周りが光ったりする乙女ゲームがある。親切設計のゲームに多い、わかりやすく好感度の上昇を知らせる効果の仕方である。この『恋甘』もそういうゲームの仕組みなのかと納得した。


「タクヤくんとの恋愛は難易度が高いよ。頑張って!」

「言われなくても頑張ります」


 頑張って、今度のクリスマスまでに好感度100にしないと『恋甘』から出られなくなってしまう。そのこととはまた違う感情──タクヤくんとの恋愛が楽しみになっていた。彼とどんな恋愛ができるのだろう。想像もできないけど、でも──。


 ──私の頭の中で現実世界の杉浦拓也くんが浮かび上がってきた。

 拓也くんは、婚約破棄されたときに心から慰めてくれて『西狩獲麟』の四文字熟語を贈ってくれた。乙女ゲームに入り込んでしまって戸惑っているとき、私を案じて『和顔愛語』を贈ってくれた。涙ぐんだとき、手を握ってくれて『一片氷心』を贈ってくれた。


 この『恋甘』の世界の上杉タクヤくんと接していて楽しいし、あの黒く美しい瞳に見つめられながら甘い言葉を囁いて欲しいと思う。だけど現実世界の杉浦拓也くんの優しさに触れたときの気持ち──この抑えがたい感情はなんだろうか。タクヤくんと拓也くんのことを考えながら、私は飾りつけを再開した。

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