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第三話

 ダンスの先生がやってくる前にレッスン室に移動し、先生を迎える。

 オルガンを弾ける侍女とヴァイオリンを弾ける従僕が奏でる曲と先生の手拍子に合わせて、先生の前でステップの基礎を復習する。

 先生はおろかこの屋敷で働くどの者とも身長差がありすぎるために、私は一人で踊るしかない。

  

「基礎をさらうのはこのくらいでいいでしょう。初めてこの曲を最初から最後まで通して踊っていただきましたが、前回の課題であったペース配分にも問題ないようですね」

「ありがとうございます、先生」

「リズム、動き、ペース配分のすべてをクリアしましたが、最終的な問題はイザベル様の中にダンスを優雅に楽しむ余裕がないことですね」

「はい」

 

 返事をしつつも、正直一人楽しくその場でくるくる回っていられるとしたら、それは物心つく前の幼児か、ただの阿呆のように思う。

 

 先生の講評の合間に、レッスン室にやって来たメイドからオルガンを弾いていた侍女が水差しを受け取ると、用意していたグラスに水差しから水を注いで私に差し出した。


「一度、ケインズ子爵のダンスをご覧になれば、ダンスを楽しむということをご理解いただけると思いますが」

 

 ダンスの先生に限らず、子爵が手配する私の家庭教師たちは二言目には「子爵、子爵」と言う。

 確かに子爵は跡継ぎでこそないものの公爵家直系の子息であり、最高の教育を受けた結果として、素晴らしい知性と教養を身につけている。

 特に、大学時代には国家間の親交を深める交換留学生に選ばれ、数年間他国で暮らしたことにより磨かれた子爵の語学力は有名で、外国大使の接待や政治交渉の場などで国から助力を求められるほどである。


 しかし、子爵は女性を恋に落とすことに関してそれ以上に才能を発揮している気がする。

 だからだろうか、私は欠点のほうが気になって尊敬の念よりも反発心の方が高まってしまう。


 受け取ったグラスから水を飲む。少しでも清涼感を出すためかレモンで香りづけされた水は、動かし通しだった体に沁み渡る気がする。


「それでは、二曲通して踊ってみましょう」


 休憩もそこそこに、先生から指示が出ると飲み干したグラスを侍女が受け取り、扉に近くにある台の上に水差しと並べて置く。いつもより動作がゆっくりなのは少しでも私に休息を取らせるためだろう。

 侍女がオルガンの前に戻ってきて、ヴァイオリン担当の従僕と共に軽く音合わせをしてから、一瞬の静寂が生まれた。

 私が所定の位置に立ち、すべての準備ができていることを確認した先生の合図のもとで、ダンスが再開した。


カラクリ人形(オートマタ)みたい)


 踊りながらそんなことを考えていたのがいけなかったのか、左足を前に踏み出す動作をした瞬間、足元がふらついて一瞬体勢を崩してしまった。

 恐らくパートナーの巧みなリードやカバーがあれば何も問題はないが、生憎のことながら私は一人で踊っていた。

 足に力をいれて、ようやくのことで転倒の悲劇を防いだ。

 ダンス中に転ぶのは、一番無様でみっともない姿を晒すことに等しいと叩き込んだ先生は、私が転びそうになった瞬間に私を庇うために動く姿を見せたが、すんでのところで堪えたと分かると、まず音楽を止めさせた。


「イザベル様、大丈夫ですか!?」


 駆け寄った先生の声に、侍女と従僕も心配そうな顔で今にも立ち上がる気配を見せる。


「問題ありません。どうぞ、ご指導をお願いいたします」


 その前に私が継続を求めて口を開けば、先生は少しだけ思案して、


「もう少しペースを落とすべきでしたね。……今回は曲を通すのをやめにしましょう。再開したらすぐに最終楽章に飛ぶように。それから、イザベル様の体にどこか痛むところが出れば授業は終了します。どうか無理をなさらずに」


 私がその場を軽く歩き回り、違和感もないことを確認した先生の合図で曲が再開され、今度こそ踊っている間はダンス以外のことをそぞろに考えることなく、意識のすべてを体を動かすことに向けて踊りきった。


「合格の出来です。これまでに四つのダンスをお教えしましたが、それらが初心者向けだったのに対して、今回のダンスは夜会で実際に踊られることの多いものです」


 夜会では基本的にパートナーと共に踊り、授業中のような失敗はパートナーがカバーするので厳しく評価しないということだろう。


 ダンスの授業が終わり先生を見送ったあと、先生の講評を思い返す。


『夜会で実際に』


 先生も分かっているはずなのに。


(私が夜会に出ることなんて、きっと一生ないわ)


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