feudal lord
北海道新冠の光坂ファーム、ここは比較的小規模の牧場ではあるが、坂路コースやトラックコース等も揃っており、幼駒育成に定評のある牧場であった。
その光坂ファームは、元々育成牧場であったが若き2代目、山本吉彦によって生産を行うようになった。
その光坂ファームに基礎牝馬になることを期待されてやって来たのが、世界的良血にしてG1馬のフェアリィダンス。
現役時代にライバルとして戦ったファントムバレットとアインクラッドにはすでにG1馬が誕生しており、フェアリィダンスは繁殖成績では最も遅れをとっていたといわざるを得なかった。だからこそ、吉彦は彼女に期待していた。
「今年こそ、ダンスに大物が恵まれてほしいものだ」
場長室にて、吉彦はそう呟いた。そして、その日の夜、フェアリィダンスは一頭の牡馬を出産した。
「おお……」
ゆっくりと立ち上がる、その牡馬に牧場のスタッフたちは息を飲んだ。黄金のたてがみ、溢れる気品、誰もが感じた。この仔馬はもしかしたら……と。
その後、仔馬は順調に成長していった。離乳も早めに終り、大好きな砂場遊びでは高い柔軟性を発揮していた。
「しかし、これは相当な大物かもしれないな」
秋口になり、同期の仔馬たちと走らせたところ、毎度のように勝つのはこの馬だった。その報告を聞いた吉彦はこの馬への期待を少しずつではあるが深めていった。
「これで、もう少しおとなしい気性なら……」
吉彦の思いは言葉となって現れる。確かにこの馬は順調に成長しており、競走馬としての期待はかなりのものであったが、吉彦が抱える不安は決して消えなかった。
この仔馬は美しい馬体や高い素質を持つ一方、気性が非常に激しく、人の言うことをなかなか聞かず、牧場スタッフの手を焼かせていた。
「場長、今日は殿の馴致がなかなか始められません。なかなか、馬具がつけられないようで」
彼についた牧場スタッフ内の愛称は「殿」、まるで殿様のような気性だということからつけられたものであった。
そんなある日のことであった。
「場長、今夜オーロラが観測できるらしいので、みんなで見ようと思うのですが……」
「そうだな、今夜みんなで見るか」
北海道でもオーロラを見ることは出来る。実際には、赤い部分しか写らないものの、日頃はなかなか見れないものと言うこともあり、牧場内はその話題で持ちきりになった。
「場長、殿がいなないているのですが」
その日の夜、仔馬は嘶いていた。吉彦は仔馬のもとに向かうと、引き綱をつけて仔馬を馬房の外へ出した。
「お前も、みんなと同じようにオーロラをみたいのか?」
そんなはずないよな、と笑いながら吉彦は仔馬と共にオーロラを眺めていた。
「調教師、あの栗毛なかなかいいですよ」
「ふむ、確かに体つきのバランスやバネは相当なものがありそうだ。あの馬は是非とも我が厩舎にいれたいね」
牧場で幼駒たちを見ている二人の男、一人はそれなりに年がいってるものの、もう一人は非常に若かった。
やがて、この幼駒は父や母を所有していた湯川浩介氏が所有し、殿や領主を意味する「フューダルロード」と名付けられた。
そして、フューダルロードは2歳を迎え、レースの世界へ身を落とそうとしていた。