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意識と無意識の境界線(短編)

意識と無意識の境界線 〜 vendi orfisxo

 今日はお客様がいらっしゃる日。前日までにあらかた片付けが終わり、今日は朝早くからお掃除をして準備万端に整えた。

 朝10時きっかりにお客様がお越しになった。


 薄い雲の間から奇麗な青い空が見える。梅雨の時期には珍しくカラリとした晴れで、随分と気持ちよい気候となっていた。


 (それにしても随分お疲れのようね、外の天気とは全く違うわ。この後もどこかへお出かけになるとおっしゃってたようだけど大丈夫なのかしら?)


 目の前にいる男性は随分と疲れているように見える。打ち合わせが終わる頃、行儀悪くもテーブルに肘をついて項垂れていた。


 ふと男性を見ながら何か忘れているのを思い出した。


 (何だったかしら。この方に関係があると思ったのだけれど・・・)


 少し考えたが思い出せない。カップが空になっているのを見てお茶のお代わりを用意しようと席を立った。熱湯をティーポットに注ごうとしたその時、不意に思い出した。


 「あ、何てこと・・・。急いで行かなければ」


 時計を見れば10時40分。急いで男性にお茶を出し、同席している誰かに対応をお願いして慌てて家を飛び出した。


 10時に受け取りの予約をしていたのにもう11時近い。こだわりのパンを作っているパン屋さんはしっかり時間を考えて作ってくれる。だからこそ、美味しいのだが・・・


 (ああ、もう。こんな大事な事を忘れているなんて。パン屋さんにも失礼だわ)


 予め男性の予定を聞いていたので軽食をうちで用意しようと考えていたのだ。その事は男性には伝えていない為、慌てて受け取りに向かう。軽食を準備してもらうように依頼していたのはお気に入りの近所のパン屋さんだった。家から徒歩で5分もあれば往復できる距離にある。


 緩い下り坂を走りながら最も効率の良いルートを脳内で検索する。


 (やはりこの広場を抜けるのが一番早いわね)


 歩き慣れた道を全速力で駆け抜けようとした。すると何かに邪魔をされて先へは進めない。


 (ああ、もう。急いでいるのに! 今日に限ってどういうことなの?)


 内心焦りでイライラしているがそれを押し殺し、少し手前の階段を下りることにする。ここを左折すればバス通りに通り抜ける階段だ。そしてこのバス通り沿いの向かい側に目的のパン屋さんがある。その事を考えながら階段を下り始めた。


 (見られている。誰? 大勢?)


 纏わり付く様な嫌な視線を感じる。意識を周囲に凝らせば蠢く様な、何か、不安になるようなものを沢山感じる。階段を下り切る少し手前からその纏わり付く様な視線は強くなっていたが、昼日中に襲われるはずはない。それにここは住宅街だと思い一気に駆け抜けようとした時、体に軽い刺激を感じた。すると一瞬でその先に夜が現れた。訳が分からず呆然として立ち尽くしてしまった。


 (一体、なんなの?)


 とりあえずバス通りまででて見る事にした。すると、パン屋さんへと通じる道に面している広場がぼんやりと明るくなっている。耳を澄ませば、何やら楽しそうな声が聞こえて来る。


 (夜市? どうしてこんなところに? 何かお祭りかしら?)


 夜の中にこつ然と現れた夜市。夜に開かれる市独特の喧騒さと電飾の灯で私の視界は埋まった。見慣れているはずの広場には、的射や様々な店が煌煌と照らし出されている。ふと店の前に何かが居るのが分かる。だが、目に見える影は見知ったヒトのモノとは違い、体の透き通った蠢くものや、人ならざるもの達が店先に屯って居る。雰囲気からして険悪なものは感じない。むしろ楽しんでいるように思えたが、私はあるモノを目にし息を飲んで立ち尽くしてしまった。恐る恐る周囲を見回せば、こちらを見ている者がいる。狐の顔をしたものや髭の中に目だけが見えているものなどがこちらに顔を向けている。だが、不思議と怖くはなかった。ただ、驚いてしまった、それだけだ。


 (こんな事している場合じゃないわ。早く行かなきゃ、パン屋さんが困ってるわ)


 ハッと我に返ると慌てて本来の目的地を目指すべく、煌煌と灯のともる夜市の中へと足を踏み入れた。


 真っ直ぐな道路であったはずなのに道はその姿を変えていた。だが、その道には見覚えがあった。


 (あら? ここ知ってるわ。そうそう、ここは何故かいつも道路に降りられないのよね)


 なぜ自分が知っているのか不思議に思いながらも、頭の中にあるルートと目の前にある道が同じである事を確認しながら慎重に足をすすめる。


 歩道と車道を隔てる10cm程の段差は降りられない。なぜかそれも知ってる。車道は一面濃い灰色をしていて足を踏み込めば地の底まで飲み込まれる様な錯覚に捉えられる。だから、目の前に見える対岸へ行くにもいちいち歩道を歩いて回り込まなければならない。

 歩道を歩けば車道に突き当たる。そこを歩道の縁に沿って右へ迂回する。まるでマリーナのように船が一艘停泊できるような作りになっている歩道の縁に沿って二回左折をした。


 この先の横断歩道を渡れば対岸へ行けるわ。そう思い歩みを進める。すると車道の周りには若い男達がニヤニヤ笑いながらたむろしていた。男達の姿は人の形はとっているものの、目には瞳は無く空洞のよう、口は両端が鋭く裂けている。そして下半身になるほど透けている。

 その男達のニヤニヤは私には不愉快なものだったが勇気を振り絞って彼らの間を通り抜けた。


 (金魚売りがいるのね)


 車道の周りに集まっている若者達は『金魚』を待っていた。

 市の中でのひときわ大きく場所をとっているのは金魚売りの店だ。ちらりと見ただけでも何層にも水槽が重ねられ一つの水槽に一匹から数匹の金魚が入れられている。ヒラヒラと奇麗な衣を揺らしながら優雅に泳いでいるものもいれば、口から一つ、二つと泡を吐いて悲しそうに元気の無いものもいる。


 美しく怪しげな水槽が並ぶ店の中は得体の知れない蠢くものたちでひしめき合っているようだ。サワサワという枯れ枝がこすれる様な声がそこかしこから聞こえて来る。


 この金魚売りの店の前を通らなければパン屋に行けない。その事は分かっている。だがなぜか躊躇われる。それは危険だと何かが言う。


 (逃げなければ。ああ、だけどパン屋さんに行かなきゃ・・・きっと待っているわ)


 勇気を振り絞って歩き出したが、店の前で戸惑いが生じ足を止めてしまった。するとゆらゆらと細長い男が私の前に立ちふさがった。


 「これはこれは珍しい。本当に素敵な美しい金魚が来ましたねぇ。これであのお方もお喜びになりますな。私も鼻が高いというもの。ささ、あなたの水槽は用意してありますよぉ」


 店主の指し示す水槽に目を向ければ“捉えられた”と感じる。輪郭がぼんやりと見えるような怪しい店の灯火に魅せられ意識がそちらに引き寄せられるように感じる。

 突然近くで鋭い声が上がった。


 「猫だ! 黒猫がいるぞ!」


 「金魚を食べたぞ!」


 「とっつかまえろ!」


 集まっている人々が憎々しげに叫んでいる。あやふやに漂おうとしていた意識がハッキリとした意識として戻ってきた。近くで「チッ」という短い舌打ちの音が聞こえる。

 まだ騒ぎは治まっていない。人々が見ている方向を見れば、なんとも一匹の大きな黒猫が道路に座りしきりと顔を洗っている。この異様な夜市の中にいて異質なハッキリとした輪郭を浮かび上がらせている黒猫は堂々とした佇まいでそこにいた。


 (食べた?)


 (食べてないにゃ)


 黒猫は私を見る。この猫は嘘をついていない。


 (どこかで会ったかしら?)


 答える気が無いのか黒猫は尻尾をゆらりと揺らす。


 (でも私はあなたを知っているわ。助けにきてくれたのね、ありがとう)


 黒猫は答えないが、その目は親しげな者を見るように優しい色を湛えている。私の胸は懐かしさでいっぱいになった。その目を見てようやく私は勇気を取り戻した。


 「この子は金魚を食べてないわ」


 声が震えないように下腹に力を込めて言った。


 「嘘だ! 食べたぞ」


 「そうだ。見た。金魚を食べたのはその猫だ」


 「弁償しろ!」


 「金魚を返せ!」


 怒号が飛び交う。


 「食べたと言うのならばそれでいい。私が弁償するわ。商品代金は卸値でいいはずよね。まだお客には渡っていないから」


 毅然とした態度で臨もうと、ゆらゆら揺れている店主に向かって強く言った。


 「いいえ商品は売値でいただきます」


 ひょろ長い店主が卑下た笑みを張り付かせ、ゆらゆらと揺れながらやってくる。そしてこちらに向かって手を伸ばす。


 「夜叉君!」


 私は急いで黒猫を抱き上げ胸に抱え込む。


 「あ、そうよ、あなた、夜叉君だわ」


 突然思い出した黒猫の名前。懐かしいはずだ。バス停に捨てられていた子猫を拾い、大きくなるまで育てあげた猫がこの子だ。子猫のときから面白い子だった。瞳孔が二つに別れていて不思議な目をしていた。賢く人の言葉が当時から分かる子だった。


 店主から庇うようにさらに胸に抱え込もうとした時、夜叉君が私の胸を突っぱねるように強く押した。

 見れば優しかった顔が鋭い顔つきに変わり周囲に対して威嚇している。だが店主や男どもたちが襲って来るようには見えない。よくよく見ればまるで空に向かって睨んでいるようだ。


 猫は「シャー」と威嚇する声を出すが、夜叉君は生前もそのような行為はした事が無かったはずだ。いつも穏やかな顔でいたはずの彼が興奮している様子を初めて見た。

 ますます興奮した夜叉君は私の胸に爪を立てた。


 「痛っ。こらじっとしてなさい」


 手を離したら直ぐにでも飛び出しそうだ。私も腕に力を込め夜叉君を押しとどめようとしたが美しい被毛が手をすべる。


 (だめ・・・)


 そう思った時、再び景色が変わった。


 (夜叉君・・・?)


 抱きかかえていたはずの夜叉君が消え、紗を張り巡らしたところに座っていた。淡い色の世界で、風もないのに揺れ動く紗のカーテンに見とれていた。ゆっくりと視線を自分の手元に移せば白い華奢な手が見える。自分の手だと分かるまでにはそう時間はかからなかった。その手は紗のカーテンと同じような薄い布を羽織っている。驚いて全身を見れば霓裳羽衣げいしょうういいのような軽やかな衣装をまとっている。


 (いつの間に・・・)


 だがこの衣装も知っている。色形は少し違うが、いつも着ているもの、という意識がある。


 「危なかったね、あんなところにいるなんていけない人だ」


 淡い紗の世界に自分以外の声がして振り返ると、すぐ隣に端正な面立ちの若い男が私の腰に手を回し寄り添っている。


 「そんなに驚いた顔をしなくてもいいじゃないか。愛しい人を助けるのは当然だしね」


 じっと男を見れば自分と同じ様な薄衣を幾重にも重ねた衣装を身に着けている。


 「普通、私に見つめられれば頬を染め何も考えられなくなるのに、君は大したものだね」


 男の息がかかるほどに顔が近づいてきた。思わず離れようとしたがスグに手を掴まれる。


 「ようやく手に入れた。やっとだ・・・。この時を待っていたよ。もう君は私のものだ。これからはずっと私の側にいるんだ。・・・いいね?」


 私の顎にしなやかな指をかけ男が顔を近づけて来る。


 (いや・・・やめて・・・)


 抵抗を試みるが、男のもう片方の手が私の肩を抱き身動きがとれない。


 「私のものになれ」


 耳元でそう囁かれ、顔を背けた。両手で男の胸を押し返そうとするが全く歯が立たない。


 (嫌よ!)


 頭を激しく振り、ほどこうとするが体が思うように動かない。


 「・・・や・・やめて・・。あなたには数千というお相手がいらっしゃるでしょう? 私はそんな中の一人になるのは嫌です!」


 小さな声だったがやっとの思いで声を出し否を伝える。こちらの必死さを揶揄うように男は薄く笑った。


 「数千なんていないよ。せいぜい数百だ。お前がずっと私の側にいるのならその数百全てを捨てても構わないよ」


 本気か嘘か分からないが男の言葉は信用できないと分かる。必死に抵抗するが男はゆっくりと体を傾けて来て私はとうとう後ろに倒され男に伸し掛かられてしまった。

 私の目尻に涙が浮かんでいるのが分かる。


 (まだよ、まだ。諦めては駄目)


 必死に目を見開いて男を睨みつける。


 「そんな顔もできるんだね。楽しいなぁ・・・。あいつが君に執着するのも分かる気がするよ。だけど、それも今日までだ。君は今から私のものになるのだから・・・。あいつなんて忘れさせてあげる」


 (あいつって誰?)


 問いかけようとした私の口を押さえると、楽しそうに笑い私の首筋に唇を這わす。

体全体に嫌悪感が広がる。


 「やぁ・・・せ・・いれ・・ん・・・」


 不意に体が軽くなった。伸し掛かっていた男の姿がなくなっていた。


 「瑠璃!」


 懐かしい匂いが鼻をくすぐる。ほっとして私は体の力から力が抜けるのを感じる。


 「瑠璃、大丈夫?」


 心配そうな顔が私を見ている。


 「大丈夫。青蓮、ありがとう」


 ぽろぽろと涙が零れ落ちるが体に力が入らず拭う事も出来ない。


 「遅くなってごめんね。もう大丈夫だから」


 「うん・・・青蓮」


 青蓮に向かって笑おうとしたが顔の力も入らない。


 (うまく笑えただろうか・・・)


 そんな事を考えていれば青蓮にギュッと抱きしめられた。そして頭の後ろに手を添えられ青蓮の胸に押し付けられる。


 「紅蓮。貴様・・・」


 地を這う様な恐ろしい声が聞こえたが私は青蓮の胸に押し付けられてうまく聞こえない。だが、張りつめた空気は感じる。今まで私の上に伸し掛かっていたのは紅蓮。その紅蓮が緊張で声を出せないでいるのを感じる。


 「・・・何だよ青蓮。邪魔するな・・・グホッ」


 鈍い音が響く。


 「・・・ギッ・・・」


 「消えたくなかったら瑠璃に手を出すな。・・・分かったな」


 「・・・グホッ・・・ゲホッ・・・ガハッ」


 離れた場所から紅蓮の苦しむ声が聞こえる。

 この位で紅蓮が消える事は無いと私は分かっている。

 自然の理により青蓮は紅蓮より上位の立場に居り紅蓮より青蓮の方が力が強い事も分かっている。


 青蓮が本気を出せば紅蓮が消滅させられる事は紅蓮も知っている。


 だから、慎重に幾重にも罠を張り私を捕まえる機会を窺っていたのだと言う事も分かった。


 「次は無い、紅蓮」


 そう言うと青蓮は私を抱きかかえたまま移動した。




 知っている匂いの所に来た。途端に全身から力が抜け落ちる。そんな私の体を青蓮が慈しむように抱きしめてくれる。温かな感情が流れて来る。


 (青蓮)


 声を出したいが、ひゅぅという音だけが漏れた。


 「瑠璃。夢術にかけられてた。私の結界から出るには瑠璃自身の意思が必要だから、そこをつかれた。あいつの結界を突破するには瑠璃が私の名前を呼んでくれなければならなかった。紅蓮の結界を無理矢理壊せば中に居る君にも少なからず影響が出る可能性があるからそれだけはしたくなかった。だから、遅くなってしまった。すまない。怖い思いをさせたな」


 悲しそうに話す青蓮に私は首を振る。


 「わたし、あなたのなまえ、おも、い、だせなかった。ごめん、な、さい」


 「違うよ。そうしむけられてたんだ。瑠璃は悪くない。一番の被害者なんだから」


 どこまでも優しく青蓮は私を見つめている。


 「でも、青蓮の名前を・・・一瞬でも忘れた事が許せないわ・・・」


 青蓮は私の頬を撫でている。


 「もういい。最後には思い出してくれたろ? だから私は入って行けたんだ。間に合って、本当に良かった・・・生きた心地がしなかった」


 そう言って青蓮が私の首に顔を埋めた。


 「嫌、じゃない・・・」


 呟くように出した声は青蓮には聞き取れなかったようだ。


 「ん? 何か言ったか?」


 青蓮が私の顔を覗き込んだ。


 「嫌じゃないの。さっき、紅蓮に同じ事された時には、もの凄く嫌だった。嫌悪感しかなかったわ。でも青蓮に同じ事されたら、嬉しい、だけ」


 「嬉しい、だけ?」


 コロコロと鈴の音のように青蓮が笑う。


 「嬉しいの、いっぱい。私の心が落ち着くの。青蓮は私の心を凪に変えてくれる」


 「そうか?」


 コクンと頷いてみせれば青蓮は嬉しそうに笑った。


 「夜叉が居たわ」


 「ああ、彼、居ても立っても居られなかったようだ。蝶ネクタイをつけていただろう?」


 そういえば生前、面白半分にリボンで作った赤い蝶ネクタイをつけてあげた事があった。他の首輪は嫌がったのに、その蝶ネクタイだけは気に入ってつけていた。


 「赤いやつよね? 確かにつけてたわ」


 「金魚売りが現れたのを知ってね飛び出して行ったよ」


 「そう。無事なのかしら?」


 「見てみるか?」


 青蓮が空中に手をかざすと、そこには金魚売りの水槽を壊し回っている夜叉君が見えた。水槽から出された金魚達は次々と人の姿になっていく。


 「危なかったよ本当に。あの店主は紅蓮に協力をしていた」


 「わたし、パン屋さんに行かなきゃって思ったの。強く思ったわ」


 「ああ実際に昨日予約していただろう? 軽食を4個分って。そこを紅蓮にすり替えられたんだ」


 私はホッとした。パン屋さんに酷い事をしなくて済んだ事を心から安心したのだ。


 「あそこのパン屋さん、本当に美味しいのよ」


 「ああ、そうみたいだね。いつか私も食べたいよ」


 「今度持ってくるわ」


 「ありがとう。楽しみにしているよ。・・・いや、パンは瑠璃が食べれば良い」


 「食べたくないの?」


 「私は他に食べたいものがあるからな」


 「それはなあに? 持ってくるわ」


 「・・・また、今度」


 「青蓮? どうして視線を外すの?」


 「何でも無い。もう少しで準備が整うのだからそれまではまだ駄目だ」


 「ふぅん。良くわからないけど、準備ってこの前もそう言ってたわよね?」


 確認するために青蓮を見上げればすぐ近くまで青蓮の顔が来ていた。そしてそのまま唇を塞がれた。


 ーーー少しずつ意識が遠のいて行く。


 (眠い、眠いわ・・・青蓮・・・)


 「いいからこのまま眠れ。今日は“会社”はお休みだろう? ゆっくり疲れを癒すんだ」


 (青・・・蓮・・・。さみ、しい・・・)


 「瑠璃・・・。愛しい君。私は側に居る。だから安心して」


 (うん・・・青蓮・・・好きよ・・・おやすみなさい)


 「ああ、おやすみ。良き夢を。あがきみ」




 私は凪の海に浮かぶようにゆらゆらと揺れている。もうじき私は目覚める。最後に波間に揺れる心地よさを堪能するように深く意識を潜らせれば、音楽が聞こえてきた。


 心地よい眠りから意識が浮上して来る。次第に明瞭になる意識と引き換えに今まで見ていた心地よい夢が霞み始める時間。何とも寂しい気持ちは毎回心を揺さぶられるが、目覚まし代わりにセットしておいた『If you were the only girl in the world』の美しい歌詞と優しいメロディが、Mr. Alfie Boeのテノールにのってゆったりと流れている。


 (大好きな曲に大好きな歌手。どんな夢を見ても、この最強の組み合わせがあれば私は大丈夫だわ)


 ようやく微睡から目覚めた。


 「さて、今日一日何をしよかな」


 一緒に寝ていた三匹の猫達のお尻を軽く叩いて回った。



YYYY年 MM月 DD日 木曜日 朝

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