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kiss  作者: 大和伊織
7/7

kiss 7


 今日一番の芸能ニュースの話題は、年の差婚の話だった。何の嫌がらせかと思った。

 

 「出席を取ります」

 名前を呼んでいく。私は機械的に名前を呼んでいくだけ。集中しているのは、彼一人だけ。彼が返事をする時に、こちらを見て、まばたきを三回する。これが私と彼の合図。放課後、関係を結ぶ合図。


 カーテンを閉め、鍵を閉め、なるべく部屋の奥へ生き、若い彼を受け入れる。もう何回抱かれただろう。最初こそ彼は荒々しかったが、だんだんと優しく出来るようになってきて、もう私は、一種の中毒症状のようになっていた。

 「先生」

 彼は決して私を名前で呼ばない。自分から決めたことなのに、時折寂しい。彼と私の絶対的な距離を位置づられているようで。こう呼ばれることで、私はいつまでも余韻を引くことが出来ず、すぐに教師に戻れる。

 「先生、たまには部屋に泊めてよ」

 「何言ってるの、早く着替えて、部屋を出なさい。誰にも見られないようにね」

 少年のような彼の目が、別れ際のキスをねだるから、私はまるであやすかのように、口づけた。


 

 彼を始めて見たのは、彼が入学してきた時。真新しい制服に身を包み、一年ながら背が高い彼は、目立っていた。おまけに顔も大人びていて、一年生にはとても見えなかった。

 なんて、どれも言い訳だ。彼が誘ったのか、私が誘ったのか、もう忘れてしまったが、こういう関係になってしまえば、悪いのは全部私だ。私が誘ったのだ。それでいい。

 ショタコン、生徒への性的虐待、変態教師、あらゆる言葉が脳内で生まれ、自分を責めては、少し落ち着いた時を見計らうかのように、彼は私を求めてきた。

 彼はもてているようだが、律儀に断っているようだ。偶然だろう、偶然だと思いたい、彼に告白してふられたしまったと、泣きながら女子生徒から相談され、私は倒れるかと思った。

 肉体だけでいいのに。もういっそ突き放してくれたらいいのに。

 「ねぇ、彼女作ってもいいのよ。若いんだから。恋しなさいよ」

 「なんで、そんなこと言うんだよ!」

 彼は怒る。怒って激しく抱く。その快楽をたまには味わいたくて、私は、彼を時折怒らせる。



 寒さが緩み、もう春が近づいていた。月日の流れが、この三年は特に速かった気がする。彼はもうじき、卒業する。

 「先生、卒業したら結婚してくれよ。18になったら結婚出来るって」

 「馬鹿なこと言ってないで、早く帰りなさい」

 「何で、馬鹿なことなんだよ」

 怒った彼は、私に触れもしなかった。


 その夜、彼からメールが着た。関係をばらされたくなかったら、デートに付き合えとのことだった。どうして彼はこんなにいい子なんだろう、金を請求するとか、もっと別なことを考えついてはくれないだろうか。

 タンスの中をひっくり返し、少女のようにはしゃぐ自分が嫌になる。体だけ、体だけなのだから。恋なんかじゃ、ないんだから。



 どうも全部奢ろうと張り切っていたようだが、彼の持ち金はすぐに尽きた。私は最初から全て出すつもりでいたから、気にしない風でいると、余計拗ねた。ずっと落ち込んでいたが、いくつか乗り物に乗ると、もう上機嫌になった。

 可愛いな、乗り物の上から手を振る彼に、私は振り返した。え、あれ、彼女じゃないよね、まさか、小さなうわさ話が、集中して耳の中へ集まってきた。

 遊園地には恋人同士だらけだ。年の近い恋人同士ばかり、やたら目につく。周りから見て、私たちはどう見えているだろう。親子には年が近い、兄弟では年が離れている、誰も、恋人同士だなんて思わない。

 「あれ、先生」

 声をかけられ、私は心臓が凍り付くかと思った。振り返ると、受け持っているクラスの男子生徒2人が、私服で来ていた。私はすぐに、こら、と言えた。先生に切り替えることが出来た。

 「君たちだけ?保護者がいないと駄目でしょう」

 「うへ、そうだった、やべぇ」

 「先生、見逃してよ。先生だって、デートでしょう」

 彼が乗っているはずの乗り物から、歓声が消えた。彼は降りてきているのだろうか。近くで身を隠し、聞いているのだろうか。

 「まさか、従兄弟とよ。今日は見逃してあげるから、遅くならないうちに帰りなさいね」

 「はぁい。先生、マジで彼氏いないのー?」

 「俺たちデートしてやろうか。保護者代わりになるし」

 笑い合う姿は愛らしい。言葉に応じてあげたくなる。いくらでもかばってやりたくなる。どうしてこの子たちはこうなるのに、彼には求めてばかりいるんだろう。同じ年の男の子なのに。

 「十年早い、さ、時間は少ないわよ。楽しんでらっしゃい」

 男子たちが笑いながら、ありがと、さよなら、と大声で走っていく。ふと、背中に軽い衝撃があった。彼が後ろから、抱きしめてきた。

 「離れて。まだあの子たち、近くにいるわよ」

 「見られてもいい」

 「何言ってるの」

 「先生、俺、本気なんだけど」

 振り返った先には彼の唇が待っていた。彼を突き飛ばしたのは始めてだった。



 その日以来、私は彼のメールも着信も一切応答しなかった。出席の時に目を合わせまいとしたし、私は極力職員室にいるようにした。

 いつ彼が教室の中で、あるいは職員室に乗り込んできて怒鳴り上げるか恐くなかったわけではなかったが、彼は強硬手段に出なかった。私はどこかで、都合良く、それを信じていたのかもしれない。

 そしてあっという間に、卒業式がやって来た。

 

 教室でもらった花束を整理していると、彼がやって来た。笑われるだろうが、なんとなく来るような気はしていた。

 「先生」

 「ご両親が待っているわ、早く帰りなさい」

 「結婚して下さい」

 彼の手に光るものを見て、私は驚いた。あまり貴金属に詳しい方ではないが、おもちゃの指輪でないことくらいは分かった。思わずいくらしたの、と聞くと、彼は笑っていた。

 「そんなこと、男に聞いちゃ駄目だぜ」

 「…っ、遊園地代も払えないくせに…何、格好つけてるのよ!子どものくせに!早く返してらっしゃい!」

 「もう先生の生徒じゃない!」

 「何よそれ…それで卒業まで待ってたって言うの?馬鹿じゃないの?私と君、いくつ離れてると思ってるのよ」

 「俺は平気だよ。今までだってずっと好きだったじゃんか」

 「今はね。けど、私は、君が思ってる倍の速さで年老いていくし、君の周りの女の子たちはどんどん綺麗になる。年の差なんて、昔ほど騒がれないかもしれないけど、私はあなたの先生だったのよ。ご両親が絶対に許さないわ。言っとくけど、君がいれば何もいらない、なんて言わないでね。何もかも捨ててあなたについていけるほど、私は子どもじゃない」

 「説得する。何年かかっても説得する。先生じゃないと嫌だ」

 駄目だ、これは引き下がらない。私は思いきり息を吸い込んだ。

 「いい加減気づきなさい。体だけだったのよ。誰が金もないガキと結婚するか。同じ年の差ならセックスも上手い、金もあるじじぃにするわ」

 なるべく彼を傷つけようと選んだ言葉は、絶大な効果だったらしい。彼は震えながら、顔を近づけてきたが、私は素早く引いた。彼は走り去っていった。泣いていたのだろうか、もう見えない。私も、涙が止まらなかった。


 どうして抱かれたのだろう。抱かれた後、一度だけの過ちにしておかなかったのだろう。どうしてこんなに溺れるまで、続けたのだろう。

 -すいません、職員室、どこですか?

 嗚呼、違うな。

 -君、背ぇ高いね。新入生?

 -はい、一応…先生、ですか?名前聞いていいですか?

 始めて会った時に、一目で恋に落ちていたのだ。いつか死滅させなければならない恋だと分かっていながらも。


 今なら、彼と別れた今なら言っても許されるだろうか。

 私は彼が好きだった。好きだったから、別れた。彼の無限の未来の可能性を、潰したくなかった。そういう教師で、最後だけは在りたい。そうでなければ、泣き止めない。



 その夜、私は久しぶりに、大学時代の友人たちの飲み会に参加した。大半がほとんど結婚して、子どももいる。寂しい独身組ばかり参加率がいい。

 「ねぇ、合コンしてよ。彼氏欲しくて。結婚もいいわね」

 「…いいけどさ、どうしたの」

 「教育に生涯をかける、みたいなこと言ってたのに」

 教育ではない、彼に生涯をかけていたのだ。

 「いいから、どんな人でもいいから。年上がいいかな、もうガキはうんざり」

 誰でもいいから、何百人でも連れてきて。彼以上の男はいないのだと、何百回も自分を責められるから。もう今にも彼に会いたくてたまらない、自分を早く、もっと奈落に突き落としてほしい。

 


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