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kiss  作者: 大和伊織
4/7

kiss 4

 駅から電車に乗り込もうとすると、大きな声を挙げながら、女子高生二人が通り過ぎて言った。興奮のあまり上手く聞き取れないが、すごく綺麗な男の子が、これまた男の子とキスしていたらしい。

 気持ち悪い、ありえない、非難ばかりするわりには、妙に嬉しそうだった。同性愛の観念はよく分からないが、私は、ただ純粋に、その感情自体がうらやましかった。

 ふと顔を上げると、目の前にそわそわしている男性が立っていた。何の用なのかは、私にはもう分かりきっていた。

 「あの、突然申し訳ありません。この後、お時間ありますか?よろしければお茶でも」

 「申し訳ありません、人を待たせていますので」

 「そ、そうですか。これ、私の連絡先なんですがー」 

 「結構です」

 

 私は人より美しいらしい。私はスタイルがいいらしい。周りから嫌味と言われようが、何を言われようが、私にはこんなもの必要がない。どうして、神様は私にこんなものを与えたんだろう。


 「あ、新作入りましたよ」

 「本当ですか?」

 私は。

 「ちょっといい作家なんですよ。お客様だから特別に、どなたよりも早くお伝え致します。少しは値は張りますが」

 「素敵。買います」

 私は、生まれてからずっと、絵にしか欲情したことがない。



 物心がついたときから、男にもてていたようで、必然的に女から嫌われていた。しかしある程度年を重ねても、誰とも付き合わずにいると、次第に、女からも好かれるようになってきた。何て単純で可愛い生き物だろう。

 「先輩、先輩。週末の合コンなんですけど、行きましょうよ。ちょっといい感じなんですよ」 

 「ごめんなさい、私、本当に興味ないの」

 ええー、と、後輩女性社員たちが女子高生のようなブーイングを上げた。

 「先輩、そんな美人さんなのに、なんで彼氏作らないんですか?」

 「もしかして、女の子の方がいいんですか?」

 「それとも、誰にも言えない相手がいるとか?」

 「とかとか!」

 きゃあきゃあ騒ぐ彼女たちは本当に可愛い。どうして私はこうなれないんだろう、まさか泣けないから、泣いても理由は言えないから、私は笑う。

 「そうじゃないわよ。本当に、恋愛に興味がないの。ごめんなさい、誘ってくれて、ありがとう」



 部屋に帰る。防音の壁、完全遮断のカーテン。明かりも消して、私だけの部屋。絵と私だけの部屋。

 囲むように置かれた絵の中で、新しい絵をそっと抱きしめる。前から可愛がっていた絵たちが、私たちを見てる。嫉妬されているような気がして、それだけで私の体は反応する。衣服を全て脱ぎ、絵に裸をこすりつける。

 これ以上の快楽が、人間に与えられるだろうか。




 今日も絵との時間が終わり、何気なくカレンダーを見ると、あることに気づいた。来週、自分の誕生日ではないか。大台に乗ろうとしている。

 親ももう諦めている、焦っている気持ちは微塵もない、そのはずなのに、この言い表し様のない焦燥感は何だろう。肉体関係が一度もないことに対しての漠然とした不安が治まらない。

 ふと携帯が鳴り響き、私は驚いたが、すぐに落ち着いて、出た。思わず久しぶりです、と返してしまった。数年前、あまりにしつこいので、恋人になったのはいいが、肉体関係を何度も断り続けて、結局自然消滅に終わった彼だった。

 会いたい、と彼が言ってきた。偶然だろうが、彼が指定してきた場所は会社の近くで、指定してきた日は公休の前日だった。


 

 彼の話は、予想していたよりも、ずっと酷なものだった。彼の母親が危ないらしく、誰か一緒に帰ってほしい、この数年間、私が忘れられなかったと。

 涙ながらの彼の言葉は、私の凍りついた言葉を動かすのは十分過ぎた。それでも私は、頷くことができなかった。いい人だからこそ、こんな女と一緒にさせられない。

 しかし彼は、こんなことを言い出した。子供もいらない、肉体関係も必要ない、とにかく側にいてほしいのだと。

 私は、ずいぶん久しぶりに、少し泣いた気がした。

 私は彼に敬意を表し、その夜、初めて肉体関係を結ぶことを申し出た。


 彼なら私を、まともにしてくれるのかもしれない、と思ったからだ。


 結果はいうまでもないが、散々なものだった。痛い、気持ちが悪い、全身が汚された気分だった。私は彼が寝静まったのを見計らって、ラブホテルを飛び出してしまった。


 すぐに電話がかかってきた。彼は焦りながら、謝っていた。

 私はすぐに告白した。今まで一度も経験がないから、あなたがどうと言うわけではないこと、比べようがないということ。そして、私は絵で自分を慰めているということ。

 罵られるか、笑われるかを覚悟していたが、待っていたのは沈黙だった。何より辛い反応だった。


 彼の言葉が聞こえない、私が電話を切ろうとしていると、声が聞こえてきた。

 「絵が君と結婚してくれるのかい?君を抱きしめてくれるかい?君に声をかけてくれるかい?」

 こみ上げてきたのは、怒りだった。

 「絵とは、しなくてもいいのよ。しなくても大丈夫なのよ。一緒にいればそれでいいなんて、言葉ばっかり。結局、今日も誘ったらやったじゃない」

 私は電話をぶち切った。もうかかってくることはなかった。



 部屋に返る。絵に責め立てられる。私は皮が剥けるほど体を洗い、綺麗な服を着て、絵たちに謝った。ごめんなさい、もうしませんを繰り返した。

 ふと一枚の絵が傾いてくる。最近の一番のお気に入り、私を慰めてくれてるようで、私は思わず抱きしめた。



 痛くてたまらなく嫌だったはずなのに、私の体は、あの夜以来、定期的に疼いてしまった。初めてだったからだろうか、慣れれば快楽が得られるのだろうか、もしそうだとしても、私は絶対に嫌だ。

 絵は、確かに何もしてこない。だがそれがいいのだ。絵には体温がない。だが、それがいいのだ。暖かい体で、暖かい言葉で、私を抱きしめて、結局、体の繋がりを拒めば、私なんて捨ててしまう。絵は絶対に私を捨てない。


 呼び出し鈴が鳴り、玄関を開けてみると、荷物が届いていた。差出人はなし、開けてみるとバースデーケーキだった。メッセージカードには、幸せであれ、と英語で書いてあった。汚い字、犯人は彼しか思いつかない。

 私は泣き笑い、メッセージカードに口付けると、燃やして捨て、ケーキは隣のご家族に渡し、そしてまた、絵の新作が入ったと連絡を受けた。誕生日だから奮発しよう、私は軽い足取りで、玄関を出た。


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