引き寄せられた半身③
「やったね♪」
フォルクは、ラニアの断末魔の叫びを聞き、無邪気にはしゃいでいる。
「・・・?」
一方、府に落ちなかったのは、直接切りつけたプログノスの方だった。
確かに、両手には肉を切り、骨を断つ感触は伝わってきた。
しかし、何かが引っかかる。
それは、何なのか・・・?
目の前で、フォルクにはがいじめにされ、力なくだらりとしているラニアの顔を、光の剣を構えながら、プログノスが覗きこむ。
「・・・ちっ!成程、そういう事だったのか・・・」
何かを見抜いたプログノスが、悔しそうに舌打ちをする。
「えっ?どういう事なの?」
プログノスが悔しがる理由が分からないフォルクは、今は動かなくなったラニアの襟首を乱暴に掴み、猫の子を掴む様に吊るす。
ラニアの体は光の剣に裂かれ、切り裂かれた傷口からは鮮血が滴り落ち、フォルクの目には絶命している様に見受けられる。
「プログノス様、よくぞ御無事で!やりましたね!」
自分達に張っていたバリアを解き、ルクサリオが駆け寄る。
縁は、全く目が見えていない為、ルクサリオの袖を拝借し、ちゃっかりとその後に着いて来ている。
「出来れば、私の目も見える様にして貰えるとありがたいのだが。このままでは、満足に動く事も出来ない」
ルクサリオの袖を強く引き、縁は自分の目が見える様にして欲しいと要求を突き付ける。
「・・・・・・」
縁に掴かまれた袖を嫌そうに力一杯振り払い、ルクサリオは、氷の様に冷たい瞳で相手を見据える。
「あれ?もしかして縁、まだ見えてなかったの?」
この場所に着いた時から、はっきりと周囲を見渡す事が出来ていたフォルクが、至近距離から縁の目を覗きこむ。
「私は、ただの人間です。あなたの様に、規格外れのお猿さんとは一緒にしないで貰いたい。それから、その物体を近づけるのは止めて下さい。服が汚れます」
何も映さない瞳で、おそらくはそこにいるであろうフォルクを軽く睨み、縁は血の滴るラニアの体を離して欲しいと、今度も遠慮なく主に言い放つ。
「ああ、ごめんごめん。ねえ、縁の目を見える様に出来る?」
縁の体からラニアの体を離し、フォルクはプログノスとルクサリオを見渡す。
「・・・・」
フォルクのその言葉には答えず、ルクサリオはそっぽ向く。自分が召喚している光の妖精を使役すれば、人間の縁の目も見える様にする事は訳ないが、ルクサリオはそれを拒絶する。
誰が、こんな奴・・・。
ルクサリオは、忌々しそうに縁を睨む。
「ルクサリオ。見える様にしてやれ。その男は、私の失われた片割れ、人間界のルベア国・フォルク王子の連れの者だ」
何時もとは違い、どこか拗ねた様なルクサリオに、プログノスは自分と同じ魔法をかける様に促す。
「では、失われた力が戻って来たのですね!この方が、第1皇女様の御子孫。よくぞ、御無事で戻られました・・・」
プログノスの言葉を聞き、ルクサリオは希望に満ちた瞳で、フォルクの全身を見つめる。
「・・・レナ、やってあげて」
【ルクがいいなら、レナはオッケーだよ】
そしてその後、嫌そうに顔をしかめながら、レナリスを、縁の中にも送り込む。
「ああ、ようやく見える様になりました。御協力、感謝致しますよ。申し遅れましたが、私の名は天宮 縁。人間界にあるルベア国の第1王子・フォルク様にお仕えする侍従長です」
やっと自由になった視界で周囲を見渡し、縁はルクサリオに話し掛ける。
「オレは、魔界の南半球を統べるデルタ国の第1皇子・プログノス様にお仕えする、侍従長のルクサリオです」
縁に先に名を名乗られてしまった為、ルクサリオも嫌そうに自分の名を名乗る。
「・・・ほう。その若さで侍従長とは。これは、随分と可愛らしい、いや前途有望な方の様だ」
実年齢よりも、ずっと若く見えるルクサリオを、縁は感心した様に見つめる。縁としては、今初めてルクサリオの姿を目にしている訳だが、その容姿はかなりの美少年だった。
「・・・それは、どうも」
固い声音で、ルクサリオはぶっきらぼうに返事を返す。
縁としては、純粋に褒めただけなのだが、普段からの言動が言動な為、ルクサリオにはその真意はストレートには伝わらない。
ルクサリオと縁の間には、主のプログノスやフォルクとは違い、冷え切った空気が流れる。
「皆、仲が良さそうで良かった。それで、一体どういう事なの?」
そんな彼等の様子には、一切介せず、呑気そうに笑った後で、フォルクは先程から気になっていた、プログノスの言葉の意味を尋ねる。
「どれどれ・・・。ああ、成程・・・」
フォルクが猫の子の様にぶら下げた、ラニアの体を観察し、縁は一人納得した様に頷く。
「これは、実体ではない」
「どういう事?」
プログノスの言葉を聞き、ラニアを覗きこみ、フォルクは不思議そうに首を傾げる。
「フォルク様、ちょっと見せて下さい」
血まみれのラニアに少し表情を歪ませた後で、ルクサリオはその体を調べ始める。
「・・・これは!有実体ですね。」
ひとしきりの観察を終えた後で、ルクサリオはプログノスを振り返る。
プログノスは、その問いかけに無言で頷く。
「有実体?」
聞き覚えのない言葉を、フォルクは繰り返す。
「いいですか、フォルク様。あなたの頭にも分かる様に言いかえれば、抜け殻の様なものです。つまり、さっきまでは確かに本人はここにいたが、今は姿をくらましてしまっている。とかげが尻尾を切り離し、闇の中に紛れ込んだのですよ。このラニアという相手、中々手強い様です。やはり・・・」
フォルクにラニアが使った手を説明し、縁は最後に何かを言いかけたが、そのまま口をつぐんでしまう。
「・・・へえ」
人間でありながら、魔法の抜け殻を自分より早く見破った縁を、ルクサリオは感心した様に見つめる。
中々、やるみたいだね・・・。
そして、口には出す事のなかった縁に対する賞讃の言葉を、その後腹の中で続ける。
「じゃあ、これはゴミなんだね。早く本体を見つけ出して、今度こそ止めを刺そうよ」
縁の言葉を聞き、フォルクはラニアの有実体を、興味のなくなった玩具の様に投げ捨てる。
「・・・誰がゴミじゃ!」
そんな一同の耳に、ラニアのかん高い声が響く。
ボウッ!そして、次の瞬間には、有実体は激しく燃え上がり、漆黒の闇を不気味に赤く照らし上げた。激しい熱風が、離れてもなお一同を襲う。
「・・・うわっ!」
フォルクは、ラニアの有実体が燃え上がった事に、ただ驚いていた。
縁とルクサリオは、後もう少し遅ければ、その炎が自分達を焼き払っていたであろう惨事に考えを巡らせ、ただ静かに息をのむ。
フォルクに取っては、何気ない動作の全てが、今日まで彼の身を完璧に護って来ていたのだ。
「何処にいる?尻尾を切り話したままで、本体はこのまま逃げるつもりか?」
縁が例えに出したとかげをそのまま引用し、プログノスは暗闇を見渡し、姿を現さないラニアを挑発する。
「馬鹿を申すな。この様に、見め麗しい獲物が揃っていて、何故妾が逃げねばならぬ?皆、それぞれに趣が違い、中々に鑑賞をしていて飽きぬ」
漆黒に闇の中から姿を現し、プログノスとフォルク、ルクサリオと縁をそれぞれに鑑賞し、ラニアはおかしそうに笑う。その姿と声は、彼等が見守る前で、十代後半の美しい少女の姿へと成長して行く。
「先程は、妾とした事が失礼をした。脆弱な魔族とそち等を侮り、もう少しで本当に死んでしまうところであったわ。有実体を造り出し、この妾が逃れなければならぬ程の相手。ほんに、胸が躍るのう」
憐れな炭屑と化した、自分の有実体を見つめ、ラニアはプログノスに切りつけられた傷をさする。
プログノスの光の剣が直撃する瞬間、ラニアは自分の体を素早く分裂させ、ほんの一部だけをその場に残し、そのまま姿をくらませた。とはいえ、プログノスの剣の方が僅かに速かった為、完全に無傷でよけ切る事は叶わなかった。
「・・・本当に、化け物だな」
どこか妖艶な瞳で、自分達を見つめるラニアに、プログノスはただならぬものを感じとる。先程、子供の姿のラニアに踏みつけられた胸の傷が、再び疼き始め、プログノスは微かに表情を歪ませる。
「・・・成長した?」
姿を変えたラニアを、ルクサリオは呆然と見つめている。
「どんな姿だって、今度こそ確実に仕留める!」
フォルクは、緊張感の感じられない自然体で、ラニアと正面から向き合う。
・・・いや。先程とは違う・・・。
一人、黙っていた縁は、フォルクとは違い、ラニアの変化を敏感に感じとっていた。
「さあ、楽しい遊戯に興じようぞ」
ラニアは、美しい顔に、残虐な笑みを浮かべる。




