引き寄せられた半身②
・・・?
・・・来る。
一体、何が・・・?
プログノスの中に、ざわざわとした感覚が広がって行く。
自分でもよくは分からなかったが、懐かしい『何か』が、真っ直ぐにこの場所に向って来る様に直感していた。
「終いじゃ!」
真空波の直撃の瞬間、ラニアは嬉しそうに笑う。
「・・・どうやら、間に合ったみたいだね」
そこに、一人の少年の声が響き、真空波は虚しく空中をかいて行く。
突然現れた何者かが、ルクサリオの体を横に素早くさらっていったのだ。
「そちは、何者じゃ?」
自分の楽しみの邪魔をした人物を、ラニアはぎっと睨む。
「僕の名前は、フォルク。そういう君は、誰?見たところ、いい人には見えないけど?」
赤い長髪に変化したフォルクが自分の名を名乗り、ラニアの全身を興味深そうに眺める。
ルクサリオの危機に現れたのは、人間界から跳躍して来たフォルクだった。何かに引き寄せられ、フォルクはこの場所に辿り着いたのだ。
「ああ、見つけた。僕を呼んだのは、君だったんだね」
視線の先をラニアからプログノスに移し、フォルクは無邪気に微笑む。
「・・・お前は?」
プログノスは、自分達の危機に突如現れたフォルクを、不思議そうに見上げる。初対面の2人だが、吸い寄せられる不思議なものを感じとっていた。
「邪魔をすると言うのなら、そちも殺す!」
ラニアは氷の槍を召喚し、フォルクに向い投げつける。
「・・・縁。この人と安全な場所に避難をしておいて」
ルクサリオの体を縁に預け、安全な場所に避難する様に促した後で、フォルクは自分から槍に向って行き、軽く身を反らしかわした後で、槍を素手でつかみ取る。
「・・・何じゃと!」
ラニアは、最短距離で無駄なく自分の攻撃をかわしたフォルクに、ただ驚いていた。
「それじゃ、今度は僕から行くよ!」
その言葉が終わらない内に、フォルクの姿は、ラニアの視界から消え失せる。
「・・・?何処に行った?」
姿の見えなくなったフォルクを、ラニアは周囲を見渡し必死に探す。
シュッ・・・!という風を切る様な音が耳の直ぐ側で響き、ラニアが驚き振り向くと、そこには自分の召喚した槍を振り切るフォルクの姿があった。
「・・・っ!」
ドガッという鈍い音の後で、槍の直撃を側頭部に受け、ラニアの体は弾き飛ばされ、壁に力一杯叩きつけられる。ラニアの体は1度は壁にめり込む。その後、衝撃に耐えきれなかった壁は、ラニアの体を巻き込んだまま、派手な音を立て崩れ落ちて行く。
「大丈夫だった?」
ラニアの体を吹っ飛ばした後で、フォルクはプログノスに手を差し伸べ、その体を起こしてやる。
「・・・くっ!お前は、私なのか?」
折られた骨の痛みに顔をしかめた後で、プログノスはじっとフォルクを見つめる。
何故だか、全く姿の違うフォルクが、自分の失われた片割れの様に、プログノスには感じられたのだ。
「そうだよ。僕は君の半身だ。今は、体が2つに別れてしまっているけど、僕達は元は一つの存在だった。やっと、ここに戻ってくる事が出来た」
フォルクは、プログノスに笑いかける。
「・・・成程。そちが、300年前にデルタ国から消え去った、第1皇女の子孫という訳か。これで、デルタ国のドラグーンの力が揃ったのだな。ヴァゼンシグドの話では、そちの始末は、あちら側で行うとの事だったが・・・。しくじったと言う訳か」
フォルクに力一杯殴り飛ばされた側頭部を抑え、崩れ落ちた瓦礫の中から、ラニアはよろよろと立ち上がる。そして、ある人物の元で目が止まり、忌々しそうに舌打ちをする。
「まあ、過ぎた事は仕方がない。始末をし損ねたというのなら、ここで止めを刺せばいいだけの事。しかし、それにしても、そちには一切手加減がない様じゃな。妾でなければ、今の一撃で首の骨が折れておったぞ」
痛みで顔をしかめ、ラニアはフォルクを睨む。
「化け物相手に、手加減なんて必要ないでしょ?それに、君じゃ僕は殺せないよ。僕の片割れも殺させない」
フォルクは、ラニアに不敵に言い放つ。
「・・・面白い」
そのフォルクの言葉を聞き、ラニアの顔は怒りで紅潮する。
「僕の名前は、フォルク。人間界にあるルベア国の第1王子だよ。君の名前は?」
「私の名前は、プログノス。魔界の南半球を統治する、デルタ国の第1皇子だ。まさか、人間界に皇女の子孫がいたとは。これでは、どれだけ探しても見つからなかった訳だ・・・」
この300年間、自分達が見当違いな場所を探していた事に、プログノスは思わず自嘲する。
「オッケ!じゃあ、プログノス。目の前のあの化け物をさっさと退治しよう。僕は、魔法は使えないけど、身のこなしと怪力にはちょっと自信があるんだ。僕が、全ての攻撃をかわすから、プログノスは魔法で攻撃をしてよ。怪我をしてるみたいだけど、もう少し我慢してね。後で、僕がとっておきの魔法薬を調合してあげるから」
プログノスの傷を気遣いながら、フォルクはラニア退治を持ちかける。
「わかった。私の体の事は、気にはしなくてもいい。それよりも、招かれざる客を追い返そう」
フォルクの提案に、プログノスは頷く。
「ふざけるな、小僧共がっ!」
怒りで肩を震わせ、ラニアは炎・水・氷・雷・闇といったあらゆる属性の魔法を、一斉に発動させ、プログノスとフォルクに向い放つ。
「・・・行くよ」
まるで、直ぐそこにでも出かける様な軽い口ぶりで、フォルクはプログノスの肩を引き寄せ、そのまま呑気にラニアに向い歩き始める。
「・・・プログノス様!」
そんなフォルクの無謀過ぎる行動に、彼の助けにより難を逃れていたルクサリオは叫ぶ。
「大丈夫ですよ。私の主は、無謀で無計画な猿にしか見えませんが、ちゃんと確信は持っているようです。それに、どんな攻撃も、フォルク様には当たらないんですよ。まあ、見ていて下さい。それよりも、巻き添えをくわない様にして頂けるとありがたいのですが?私は、まだ死にたくはないので」
今にも飛び出しそうなルクサリオの肩を抑え、縁はおかしそうに笑う。
「・・・はあ」
訳が分からないまま、縁の言う通り、ルクサリオは自分達の周りに強力なバリアを張る。確かに、あれだけの攻撃を一斉に食らえば、自分達の体は、跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。
「・・・馬鹿な!何故、当たらぬ?」
自分の放った魔法を全てかわし、ゆうゆうと歩いて来るフォルクとプログノスを、ラニアは驚いた様に凝視している。
ラニアの放った魔法の威力は凄まじく、床は消し飛び、巻き起こった爆風で、視界はゼロの状況に陥っている。普通なら、爆風や衝撃で足を取られ、満足に動ける筈がない。それどころか、今頃は魔法をまともに食らい、重傷を負うか、物言わぬ屍と化している筈。
それなのに、フォルクは呑気な表情を浮かべ、けろりとしている。その様子は、ただ散歩をしている様だった。
一体、何なんだ?
フォルクと共に歩いているプログノスも、今の自分達の状況に驚いていた。
未来を視る事の出来る自分にも、これだけの攻撃を全部かわし切る事は困難だろう。それに、ラニアが放った魔法は、一撃一撃の威力が凄まじく、並の術士では太刀打ち出来ない。それなのに、魔法とは無縁の人間だと名乗るフォルクは、何のアクションも見せないまま、ラニアの攻撃を全て完璧にかわしきっている。
「・・・どうして、当たらぬっ!」
自分に向い、ゆっくりとだが確実に迫って来るフォルクに、ラニアは癇癪を起し叫ぶ。
そして、更に強力な魔法を、立て続けに繰り出す。
標的達は、間抜けにも自分に向い真っ直ぐと向かって来ている。
この至近距離では、今度こそ逃れる事が出来ない筈だ・・・。
死ね!
フォルクとプログノスを見据え、ラニアは愛らしい唇に、残忍な笑みを浮かべる。
「止めろ!これ以上、前に進むのは危険だ!」
ラニアが放った第2波の威力を瞬時に感じとり、プログノスは無謀な散歩を続けるフォルクに、撤退を訴える。このまま進めば、体が粉々に砕かれてしまうに違いない。現に、ラニアから放たれた魔法は、2人の行く手を阻み、直ぐ前にまで迫って来ている。
「大丈夫だよ。何の心配もいらないって♪それより、少し跳ぶから、傷に触ったらご免ね。それと、あの化け物を倒せる強烈な奴を考えておいて」
プログノスに至って呑気に答えた後で、フォルクは真剣な表情を作り、そのまま自ら魔法の渦の中へと飛び込んで行く。
「馬鹿めっ!」
無謀なフォルクの行動を、ラニアは嘲笑い、2人に向い最大限の魔力の塊をぶつける。
「・・・!」
プログノスとフォルクの姿が、禍々しい程の魔力にすっぽりと飲み込まれ、ルクサリオは絶望した様に顔を背ける。
その背後では、そんなルクサリオとは対照的に、縁は口元に笑みさえ浮かべ、瞳には映らない闘いの行方を、気配で感じとり見守っていた。
「・・・!」
フォルクに肩を抱えられ、運命共同体と化していたプログノスは、ルクサリオよりも生きた心地がせずに、思わず目を閉じる。
・・・?
しかし、何時まで経っても攻撃を受けた衝撃が伝わってこない為、不思議そうに目を開く。
「・・・これは?」
そんなプログノスの目に映ったのは、凄まじい魔力の僅かな気流の間を、素早く掻い潜って行くフォルクの姿だった。
「だから言ったでしょ。心配はいらないって♪」
自分を不思議そうに見つめるプログノスに、フォルクは笑いかける。
「・・・成程。これが噂に聞いた事がある、絶対回避能力・・・か。これならば、どんな攻撃も当たらない訳だ・・・」
フォルクに受け継がれた、ドラグーンの能力を見破り、プログノスは参ったと肩をすくめる。
代々、ドラグーンの能力を受継ぐ能力者達は、それぞれが異なった能力を授かっている。例えば、ジーナは真理を見破る能力で、当のプログノスは未来を視る能力。それ以外にも、現在の両国の女王・王である彼等の親も、また異なった能力を操る。彼等、能力者が王として君臨しているのは、その与えられた能力を駆使し、世界を安定させる為だ。ドラグーンの能力を受け継いだ時点で、その存在は、半神半人となったとも言える。
そんな中でも、かつてはデルタ国の王家に、極稀に現れていた能力、それがフォルクが持つ絶対回避能力だった。この能力の前では、いかなる攻撃も無効化され、その威力を失ってしまう。つまり言い変えれば、フォルクは常に最高の威力を持つバリアをその全身に張り巡らせ、どんな攻撃も無意識にかわしてしまうという事だ。それも、100%の確率で。そこに加え、常識では測りきれない身体能力も、そこに加わる事となる。その為、異常に身軽になり、力も怪力となる。
「へえ、僕の力は、そんな名前だったんだ。気にした事もなかったよ」
自分の能力の名前をプログノスの口から聞き、フォルクは目を丸くしている。実際、自分にそんな能力がある事も、フォルクは気がついてはいなかった。フォルクにしてみれば、ただ何となくここかなと感じる『安全』な場所を、猿の様に身軽な足取りで飛び移っているに過ぎない。
「・・・全く、大した奴だ」
一瞬、フォルクの呑気過ぎる言葉に、今度はプログノスが目を丸くし、その後、こらえ切れなくなったのか、可笑しそうに吹き出す。
「そう?僕からすれば、魔法が使えるプログノスの方が羨ましいけど」
フォルクは、少し不満そうに唇を尖らせる。絶対回避能力を持った者は、例外なく、魔法を扱えなくなる。まあ、完璧なバリアを四六時中張り続け、身体能力をドーピングさせているのだから、それは仕方がない事だとも言えるだろう。
「私が持つ能力は、未来を視る能力だ。そのおかげで、相手の動きを先読みし、その攻撃に万全に備える事が出来る。ここからは、私に任せて貰おう。フォルクがラニアの鎧を剥いでくれたんだ、その分以上に、私も働かないとな。あのラニアには、少し恨みがある」
魔力の渦の出口が近づいた事を感じとり、プログノスは端正な唇を、悪戯っぽく吊り上げる。
一方、プログノスの様に未来を視る能力を持つ者は、魔法を得意とする者が多い。相手より先に動けてしまう為、ほぼ100%に近い確率で相手の攻撃を粉砕し、更には、それ以上のダメージを相手に与える事が可能となる。現に、相手がラニアでなければ、プログノスは今頃は、単身で勝利をおさめていた事だろう。
皮肉にも、300年前に2つに裂かれてしまったプログノスとフォルクは、絶対回避能力と未来予知という、背中合わせだが、最強の力をデルタ国にもたらした事になる。
「それって、反則じゃないの?」
プログノスの生まれ持った能力に、フォルクは羨ましそうに頬を膨らます。
「私から言わせてもらえば、フォルクの力の方が反則だぞ。何を仕掛けても交わされてしまえば、勝ち目がないからな・・・。少なくとも、私はフォルクとは戦いたくはない」
そんなフォルクに、プログノスも負けじと言い返す。
「「違いない」」
プログノスとフォルクは、同時に同じ言葉を口にし、おかしそうに笑い合う。
おそらくこの2人が戦えば、永遠に決着が着く事はないだろう。
「それじゃ、行くよ!」
「ああ、準備は出来ている!」
フォルクとプログノスは互いに頷き合い、魔力の気流の出口へと飛び出す。
「・・・やったか?」
外では、自らが放った魔力の渦に、飛びこんで行ったフォルクとプログノスの死を、うっすらとだがラニアは確信していた。
「あははははっ!手間を取らせおって」
自分の勝利を確信に変え、ラニアは勝ち誇った様に、高らかに笑う。
「・・・プログノス様。こうなれば、オレがこの手で・・・」
そんなラニアを睨み据え、ルクサリオは主の仇打ちの為、自分が討って出ようとする。
「だから、大丈夫だと言ったでしょうに。全く、貴様のその頭の中には、記憶をするという能力はないのか?同じ事を、何度も言わさないで貰いたい。今、外に出て行かれたら、私達は足手まといにしかならない。そんな事は、よちよち歩きの幼子でも理解出来そうなものだが」
冷静さを欠いているルクサリオに、縁は何時もの毒舌で、容赦なく言い放つ。
「・・・は?」
さっき初めて会ったばかりの相手に、思いっきりこけにされ、ルクサリオの思考力は、一旦停止する。
今初めて、縁の姿をじっくりと観察をしてみると、年齢は自分より年上の様だ。容姿は整い、切れ者の様な印象を受けるが・・・。
オレは、こいつの事が嫌いだ・・・。
滅多な事で、人を嫌ったり悪く言ったりする事のない素直なルクサリオだが、縁の事を一目で嫌いになる。
それは、縁も同じだった。
ルクサリオとは違い、いきなり暗闇に飛び込んで来た縁には、暗視の魔法が掛けられていない為、その姿は全く見えてはいない。だが、伝わってくる声と気配から、目の前のルクサリオの事を、縁は無意識に毛嫌いしていた。
むしが好かない!
ルクサリオと縁の思考は、見事なほどにマッチしていた。後にその溝は、益々深まって行く事となるのだが、それはおいおいという事で・・・。
「・・・随分と、失礼な方の様ですね」
「私は、本当の事を言ったまでだが・・・」
ルクサリオと縁は、互いの主の危機を一時忘れ去り、そのまま睨み合う。
「一体、誰を殺ったというのかな?」
勝利に酔いしれていたラニアの背後で、何の前触れもなく涼やかな声が響く。
ラニアが驚き振り返ると、そこにはプログノスが立っていた。
「・・・何時の間に?いや、どうして生きておるのじゃ?」
「さあな、自分で考えてみたらどうだ?それよりも、さっきはよくも、重い体で人の胸の上に飛び乗ってくれたな。お陰で、骨が何本か折れたぞ。少しはダイエットをしろ!お前の様にウエストにくびれがない奴は、私は大嫌いなのだ。今度は、こちらの番だ!」
ラニアに向い怒った様に叫び、プログノスは光の剣を魔法で造り出す。
「・・・ぐぅっ!」
自分の圧倒的な振りを感じとり、ラニアは逃げようと後ずさる。
がしっ!その小さな体を、何者かが後ろからはがいじめにし、軽々と持ち上げる。
「逃がさないよ♪プログノス、何時でもオッケーだよ。遠慮なく、ぶった切ってやって」
ラニアの体をはがいじめにしていたのは、彼女の背後をとったフォルクだった。
「・・・そちは」
そんなフォルクを、ラニアは凄まじい眼差しで睨む。
見た目は少女であっても、ラニアの体重はプログノスが話した通り、かなりのヘビー級である。
それは、彼女の本来の姿に関係しているのだが・・・。
そんなラニアの体を、軽々と持ち上げてしまうのだから、フォルクの怪力は半端ではない。
「言われなくとも、遠慮などするつもりはない。立ち去れなどと、生ぬるい事を言うのはお終いにしよう。我がデルタ国と、マティス国を蝕もうとする害虫は、ここで駆除させて貰う」
ラニアの暴虐に切れ、人格の豹変のスイッチが完全に入ってしまっているプログノスには、一切の容赦はない。
それは、ラニアを掴まえているフォルクも同じ事。いや、フォルクの場合は、何の考えもないと言ってもいい。目の前に悪そうな奴がいたので、ただ退治をしようとしているだけなのだ。それにフォルクは、元より、ラニアの子供の見かけなど、一切気にしてはいない。そういう意味では、プログノスに輪をかけて、無邪気で悪意がない分、更にタチが悪いと言える。
「消え失せろっ!」
怒りの感情にまかせ、プログノスは力一杯、光の剣をラニアに振り下ろす。
「・・・ぎゃああああっ!」
左肩から右下にかけて、光の剣で真っ直ぐに切りつけられ、ラニアは悲鳴を上げる。




