風変わりな皇女と、優雅な皇子のそれぞれの思惑
時は流れて、300年後のマティス国。場所は王宮。
一人の女性が、優雅かつ、それでいて急ぎ足で廊下を歩いている。背筋をピンと伸ばし、顔は真っ直ぐに正面を見据えながらも、女性の落ち着きはない。どうやら、誰かを探しているらしい。
この女性の名は、スフィア=ヘルプスト=セルジェルタ(通称はフィアな為、以後はフィア)。マティス国の第1皇女付きの侍従長である。子爵の家柄の出身で、家族は両親と2人の兄レクトとロゼオの5人家族。その容姿は、腰までの漆黒の艶やかな髪をポニーテールの様に一つの束ね、その上からふわりとしたレースのリボンで結わえ、同じく切れ長の漆黒の瞳。年齢は20歳。身長は165cmで、体系はすらりとしているが、プロポーションは整っており、大きく前に飛び出したFカップには、男のみならず、女ですら目がいく。容姿は整っており、かなりの美貌の持ち主だ。武器は鞭を手足の様に操り、封じの魔法を得意としている。(女王様タイプ?)頭も良く、何でもそつなくこなしてしまうフィアだが、そんな彼女にも、思い通りにならない事、いや人物が一人いた・・・。
「ああ、あなた達。姫様をお見かけになりませんでしたか?」
フィアは、通路の向こうから歩いて来る侍女達を見つけ、彼女達に尋ねる。
「フィア様。姫様でしたら、先程ご自分のお部屋に戻られ、詩を朗読されるとおっしゃられておられましたわ」
フィアに軽く会釈をし、侍女が微笑みながら答える。
「・・・詩を朗読?」
侍女の言葉を聞き、フィアは彼女達には気づかれない様に、軽く頬を引きつらす。
「はい。姫様は何時もお淑やかで、私達のあこがれですわ。まさに、淑女の鏡ですもの。あの優雅な身のこなし、細くくびれたウエスト。コルセットもパニエも、姫様の為にある様なものですわ。勿論、フィア様も、私達の憧れですが」
もう一人の侍女が、うっとりとした様に胸の前で手を組み、フィアに話し掛ける。
この国の女性の衣装は、人間世界の中世ヨーロッパの貴族の衣装に似ている。女性は、ウエストが細ければ細いほど美しいと評され、コルセットで内臓が出そうなほど締め上げられたウエストをより強調するのが、ドレスのスカート部分を膨らませているパニエだ。王族や、王宮で仕える者達は、皆が黒いドレスを身にまとう様、しきたりで古より定められている。その為、フィアも胸元が少し大きく開いたドレスを着用している。
「姫様がお聞きになれば、きっと喜ばれる事でしょう」
侍女からの褒め言葉を、フィアは引き攣った笑みで受ける。
自分はともかく、あの姫がこの侍女の言葉を聞けば、一体どんな顔をするのやら?
主の本当の姿を知るフィアには、侍女達の言葉は滑稽でしかない。
「では、私はこれで・・・。御機嫌よう」
ともかく、目的の人物の居場所が分かった為、フィアは侍女達に優雅に微笑みかけ、その場を足早に立ち去って行く。
「フィア様も素敵よね。抜群のプロポーションに、あのお綺麗なお顔。それに頭脳は明晰だし、何でもお出来になる」
「本当。天は、二物も三物もお与えになるものよね。あの細いウエスト・・・・」
立ち去るフィアの細くくびれたウエストを羨ましそうに見つめ、侍女は自分のウエストに視線を移す。
「私、もっときついコルセットをする事にするわ」
「私も」
決して太い訳ではないが、少し緊張感のない自分のウエストを触り、侍女達は頷き合い、そのまま仕事へと戻って行く。
「姫様、入りますよ」
目的の人物の部屋の前に辿り着き、控え目のノックをした後で、フィアは扉を開く。ここは、このマティス国の第1皇女、クラベジーナ(通称ジーナの為、以後はジーナ)の自室。
「お入りなさい。今、とても面白いところなの」
大きく切られた窓際のソファに軽くもたれ、一人の少女が熱心に本を読んでいる。
大抵の者ならば、この光景を鵜呑みにし、ジーナはお淑やかだと納得をするのだが・・・。
「ジーナ様。私には、そんなまやかしは通用しませんよ」
深い溜息を吐き出した後で、フィアは空中に手をかざし、何かを探し始める。やがて、その手が目的の物に行きあたり、フィアはそれを力一杯破壊する。
途端に、今まで窓際で大人しく詩を朗読していたジーナの姿はかき消え、部屋の様子もがらりと様変わりする。
先程までは、黒で統一された落ち着いた部屋が、たくさんのトレーニング機材が並べられた空間へと早変わりしていた。そこはまるで、トレーニングジムの様だった。
バシッ!ドカッ!
凄まじい叩きつける音の先を辿ると、一人の少女が熱心に、天井からつり下げられたサンドバックに、パンチや蹴りを叩きこんでいる。
「ちょっと!フィア、入って来るのは構わないけど、私のかけた魔法を解くのは止めてくれない?折角、目くらましをかけてあったのに」
相変わらず、サンドバック相手に暴れながら、部屋の主の少女はフィアを軽く睨む。
この少女の名はクラベジーナ=ベルジュア=ノーヴェン(ジーナ)。マティス国の第1皇女にして、ドラグーンからの力を受け継いだ能力者である。その容姿は、背中までの少しパーマがかった漆黒の癖毛に、気の強そうな大きな黒い瞳。身長は162cmで、筋肉で引きしまった無駄のない体型をしている。年齢は16歳。可愛らしい顔をしてはいるが、侍女達が話していた様な、淑女とは無縁な印象を受ける。ジーナは魔法よりも、拳で闘う事を得意としており(いわゆる格闘馬鹿?)、その威力は、惑星を一つ潰すとか潰さないとか・・・。だが、実際には人前で拳を振るう事はないので、ジーナが格闘を得意とする事を知るのは、今のところはフィアと、彼女に格闘を教え込んだ師とも呼べる人物の2人だけである。
「・・・ジーナ様。また、その様なはしたない格好をされて・・・」
相変わらず、サンドバック相手に暴れまわっているジーナの姿を見て、フィアは眉根を潜める。
先程述べた、フィアの思い通りにならない人物とは、彼女が仕えるこのジーナの事だ。
今のジーナは、真っ赤なタンクトップに、白のスエット、足元は素足に雪駄履きという、到底、王族としては考えられない様なラフ過ぎる恰好だ。マティス国には、基本黒い衣装・備品しか存在しない為、これらの全ては、ジーナが人間界から通販で勝手に取り寄せた物である。
次に、フィアが自分の足元に視線を落とすと、そこにはズタズタに裂かれた漆黒のドレスと、徹底的に破壊されたコルセットとパニエと思われる残骸が転がっていた。
「・・・またですか」
床の上にしゃがみこみ、フィアはぼろ屑にされたドレスとコルセット、そしてパニエに手をかざし、それらを元の形に復元させる。
「余計な事をしないでよっ!」
フィアをぎろりと睨み、ジーナはサンドバックから離れる。
「どうして、公儀の場の様に、大人しくしている事がお出来にならないのですか?」
今は水筒に入ったスポーツドリンク(これも、人間界からのお取り寄せ)をストローで飲んでいるジーナを見つめ、フィアは溜息をつく。
侍女達が話していた通り、第1皇女として淑やかに振る舞う一面も、ジーナは持ち合わせている。公儀(自分の部屋以外の場所)の場では、常に日向の様な笑みを浮かべ、立ち居振る舞いはこれ以上なく淑やか。だが、それはあくまで、ジーナの最大の猫かぶりに過ぎない。
本来のジーナは、コルセット・パニエ・ふわふわした物を徹底的に嫌い、部屋に戻ると、必ず壊してしまうのだ。
それを、ジーナの正体を知る数少ない人物であるフィアが、何時も修復している。毎日がその繰り返し。
「別にいいじゃない。皆の前では、理想的なお姫様をやってるんだから。何て言うの?あの『ほほほ、御機嫌よう』みたいな顔をしてると、全身に蕁麻疹が立ちそうになるのよ。あたし、そんな柄じゃないし。それに、大嫌いなのよ。コルセットもパニエも!私が女王になった暁には、一つ残らず破壊してやるんだから!」
今度は、タオルで汗を拭いながら、ジーナは嫌そうに身を震わす。
「・・・全く。それでも、あなたはこのマティス国の第1皇女ですか。これでは、この国の未来が思いやられます・・・」
そう言い、フィアはこれ以上ない位の溜息を吐き出す。
どうしてよりにもよって、こんな型破りなジーナに、王位継承権たる能力が出てしまったのか・・・。
マティス国・デルタ国に関わらず、王位継承権は、代々能力が現れた者に継がれて行く仕組みになっている。それが末子であろうとも、その条件は絶対だ。
ジーナには、女王とその伴侶の国王の両親の他に、3人の妹ダーリエ・シルエラ・マリニがいるが、彼女達には、その能力は現れなかった。
「そうよね、私も時々そう思うわ。こんな能力さえ出てなかったら、今頃は気ままに旅にでも出られていたのに。妹達の誰かに、能力が出ていれば良かったのにね。別に、皇女になんて生まれたくはなかったわ。しきたりや掟に縛られ、自由を奪われた籠の中の鳥みたい。息が詰まりそう・・・」
フィアの意見に同調し、ジーナは現実逃避する様に、窓の外に視線を移す。
上等な絹のドレスに身を包み、姫様と傅かれたとしても、ジーナにとっては幸せとは言えない。
ジーナが望むのは、本当の自分を偽らなくても良い世界。
自分に能力が出てしまった事や、皇女に生まれてしまった事は嘆いても仕方がないし、ジーナ自体、その様な女々しい事を考える性質ではない。だが、言いたい事も言えず、やりたい事も出来ないと思うと、ジーナは時々叫びたくなる事がある。
だからこそジーナは、コルセットを自分の与えられた地位、パニエを受け継がれた能力、ドレスを周囲から押し付けられた理想の王女としての自分に置き換え、徹底的に嫌っているのだ。
「それで、私に用があって来たんじゃないの?」
しばしの沈黙の後で、ジーナがフィアに用件を尋ねる。
「ああ、そうでした。明後日、プログノス様の御一行が、この国に訪問されるそうです。ジーナ様とプログノス様の婚約の儀が整い次第、盛大な晩餐会が催される予定になっております。ジーナ様はダンスの練習をなさっておいて下さい。それと、くれぐれも失礼のない様に願います」
ジーナに促され、訪れた用件をフィアが思い出した様に告げる。
プログノスとは、デルタ国の第1皇子にして、ドラグーンの能力を受け継いだ王位継承権者だ。そして、この度、ジーナの夫となるべく、婚約を交わす相手でもある。本来なら、能力者同士の婚姻などはあり得ないのだが、300年前の呪いのせいで、デルタ国のみならず、マティス国にも魔力の乱れが生じ始めている為、両国の間でこの婚約が結ばれる事となった。
言うなればこの婚約は、2つの国が1つに統合される事を意味している。
「・・・・・・」
フィアの言葉を聞き、ジーナは嫌そうに顔をしかめる。
別に、ダンスが出来ない訳ではない。それどころか、ジーナの優雅で華麗なダンスは、国でも知らぬ者がいないほどだ。
それに、プログノスとの婚約が不満な訳でもない。王族として生を受けた以上、自由な恋愛や婚姻は一切許されてはいない。ましてや、ジーナは未来の女王として、マティス国を背負って立つ身の上。相手がプログノスでなくとも、ジーナの意志など一切無視して、精零潔癖な夫をあてがわれる事だろう。
むしろ、ジーナが嫌っているのは、あの馬鹿らしい騒ぎの中で淑女として振る舞う事の方だ。
そう、大嫌いなコルセットで締め付けられ、パニエをはかされ、ふりふりのドレスを着せられて・・・。
「その様なお顔をされても駄目ですよ。何時もの様に、最大限の猫を被って頂きます。ドレスもコルセットも、後ほど新調させていただきます。何と言っても、ジーナ様におかれましては、晴れの日となられるのですから。それまでに、この素敵なお部屋を元通りに片付けておいて下さい」
嫌そうに頬を膨らませているジーナに、フィアはにっこりと微笑み、修復を済ませたドレス一式を手渡す。フィアが言う元通りとは、先程の様な皇女らしい部屋に、魔法で幻惑をかけておけという事だ。
「ちょっと、これ・・・?」
フィアに手渡されたコルセットを見ていたジーナは、ちょっとした異変に気づく。
「はい。修復と同時に、サイズを更に小さくさせていただきました。それと、強度も上げておりますので、今度は簡単には壊れませんよ。より美しい、くびれたウエストが出来上がります。きっと、プログノス様も、満足なさると思います。くびれは、魔族の女性にとっては命も同然ですから」
ジーナに、更にコルセットをきつくした事を告げ、フィアは微笑む。
ジーナは、魔法で壊そうとするも、技術はフィアの方が上な為、ひび一つ入れる事も出来ない。
「・・・鬼、悪魔。魔法が駄目でも、自慢の拳で粉々にしてやるんだから」
そんなフィアを、ジーナは半眼で睨む。
「いくらでも、お好きになさって下さい。今回は、形状記憶の機能を埋め込んでおりますので、壊せば壊す程、コルセットは益々きつくしまって行く事になりますよ。これ位の事が出来なくては、マティス国女王となられるジーナ様の侍従長として、お仕えする事は出来ませんから。では、後ほど」
ジーナに優雅に一礼をし、フィアは部屋を去って行く。
「・・・ドS・・・」
そんなフィアの背中に、ジーナは舌を出し、悪態をつく。
まあ、主が主なら、それに仕える侍従長も侍従長といったところか。
世間の者達が知らない闘いが、こうやってジーナとフィアの間では、毎日、休む事無く繰り広げられている。
一方、こちらは場所が変わって、同時刻のデルタ国。場所は王宮。
一人の見目麗しい青年が、王宮の自室から続くテラスの椅子に腰かけ、端正な顔を曇らせている。その瞳は、一見、庭に咲く花達を愛でている様に見受けられるが、今の青年の目には何も写ってはいなかった。
彼の名は、プログノス=バラウセア=インビエルノ。(以後はプログノス)デルタ国の第1皇子にして、ドラグーンの能力を受け継いだ次期王位継承者。家族は、国王の父と王妃の母。それと、双子の姉のフィーアの4人家族。その容姿は、肩までのさらさらとした紅い髪に、ワイン色の涼やかな瞳。年齢は24歳。身長は182cmで、すらりとした体系をしている。何より人目を惹くのは、プログノスの容姿だ。女性以上に容姿は整い、見る者は溜息を洩らさずにはいられない。プログノスの耳は、軽くとがっている。彼ばかりではなく、デルタ国の者達は皆がそうだ。その起源は、この国を守護するアルグドの血脈からきているらしい。武器は針を使い、魔法の腕も超一流。このデルタ国伝統の白い装束に身を包んだプログノスは、言うなれば全てが備わった理想の皇子様だ。
「また、その様なお顔をされて」
軽いノックの後で、同じく白い装束に身を包んだ少年が、盆を手にプログノスに近づいて来る。
彼の名は、ルクサリオ=マルティス=リム。(以後はルクサリオ)元はマティス国の出身だが、現在はデルタ国にて、プログノスの侍従長として仕えている。公爵家の出身で、家族は父と他界をした母。一人っ子の為兄弟はいない。現在、父親が再婚をし、後妻を迎えている。その容姿は、短いショートカットの黒髪に、優しげな黒い瞳。年齢は18歳。身長は178cmで、こちらもかなりの美少年だ。何時もにこにこと笑い、人懐っこい印象を人に与える。ルクサリオの耳もとがっており、先祖にデルタ国の者がいたらしく、たまにいる混血。戦闘はあまり得意ではないが、召換魔法を得意とし、頭脳が明晰な為、将来を有望視された少年である。
「・・・ルクサリオか」
側に来たルクサリオに一瞬だけ目をやり、プログノスは再び庭を見つめる。
「元気がありませんね。そんな時は、このホワイトローズティを飲まれるといいですよ。何でも、精神を安らぎに導く効果があるそうです。それと、よろしければこちらもお召し上がり下さい」
そう言い、ルクサリオは穏やかに笑いながら、プログノスの前に温かな湯気がのぼる紅茶と、小さな皿に乗せられたクッキーを差し出す。
「美味いな。お前が淹れてくれるお茶は、何時も私の心を癒してくれる。それと、これはお前が焼いたのか?」
ルクサリオの紅茶を口に運び、プログノスは表情を和らげ、クッキーを手に取る。
「ええ。非常に珍しい木の実が手に入ったので、生地の中に練り込んでみました」
「これも、美味い」
クッキーを口に運び、プログノスは微笑む。
「喜んでいただけて何よりです」
そんな主の様子に、ルクサリオは本当に嬉しそうに笑う。
「・・・私の力が、完全であったならな・・・」
やがて、プログノスは浮かべていた笑みを消し去り、再び庭に視線を移す。
300年前、一人の男の愚かな嫉妬により、本来なら一人の継承者に受け継がれて行く能力は、生木を裂く様に2つに引き裂かれてしまった。半分は誘拐された第1皇女が持って行ってしまった為、現在のデルタ国の王族には、第2皇女からの残りの半分しか受け継がれていない。この300年の間、消えた皇女の行方を捜し続けてはいるが、未だに何の情報も得る事は出来てはいない。その為に国は乱れ、王族としての彼等の地位も危ぶまれている有様だ。
それを改善すべく、今回、マティス国の皇女・ジーナと、プログノスの婚約が交わされる運びと相成ったのだ。
「全力で探していますから、きっと見つかりますよ」
「・・・だといいのだが。このままでは、我がデルタ国が、マティス国の助けにすがったようではないか。あまりに情けない・・・」
そう言い、プログノスは益々、顔を曇らせて行く。
「また、その様な事を。明後日には、プログノス様の晴れの日を迎える事になるのですよ。おめでたい事じゃないですか。クラベジーナ皇女様と言えば、非常に愛らしく、淑やかな方らしいですよ」
表にのみ伝わっているジーナの噂を間に受け、ルクサリオはプログノスに明るく話す。
「知っている。公儀の場で数度、言葉を交わした事がある。マティス国の伝統の黒いドレスが良く似合う、愛らしい姫君だった。私の知る中では、あれ程見事に、コルセットとパニエを着こなしている者はいない筈だ」
プログノスは、過去に数度だけ謁見した事があるジーナの姿を思い浮かべる。
ジーナとは対照的に、プログノスは女性の細いウエストと、華麗なシルエットをとても気に行っている。このデルタ国の女性の装束も、マティス国とよく似ている。ただ、大きく違う所があるとすれば、この国の衣装や備品は白で統一されているところか。
「プログノス様は、コルセットとパニエを着こなした女性がお好きですからね。いいじゃないですか。この度の婚約は、正に理想的なものになりそうですね」
「身分に文句はない。クラベジーナ皇女の容姿も不満ではない。だが、私は淑女という者が好きではないのだ。大人しいだけが取り柄の、深窓の皇女など・・・」
ルクサリオの言葉に、プログノスは嫌そうに顔をしかめる。
涼し気な風貌のプログノスだが、その好みは少し変わっている。彼は、コルセットとパニエで正装した女性が大好きで、更に、気の強い女性が好みなのだ。その為、ジーナを噂通りの淑女だと思い込んでいるプログノスには、この度の婚約は何処か物足りない。
最も、ジーナの本来の姿を目にすれば、プログノスは一体どう思う事になるのだろうか?
「いいじゃないですか淑女。オレの婚約者は、最高の淑女なんですよ。プログノス様に同行しマティス国に訪問すれば、彼女に会う事が出来ます。益々、綺麗になっているんでしょうね」
プログノスとは違い、淑女が好きなルクサリオは、マティス国にいる自分の婚約者の事を思い、嬉しそうに笑っている。
「ああ、そうだったな。確か、お前の婚約者は、クラベジーナ皇女の侍従長をしていなかったか?」
「はい。フィアって言います。クールで美人で頭が良くて、何でも出来るんですよ。初めて会った時から、オレの女神はフィアだけなんです❤」
主であるプログノスの前でも、ルクサリオは婚約者であるフィアの事を、公然とのろける。
フィアとルクサリオの出会いは、彼等が幼少の頃に遡る。当時、まだマティス国にいたルクサリオは、とある舞踏会で、彼にとっては運命の出会いを果たした。フィア8歳、ルクサリオ6歳。利発そうな顔をした美少女のフィアに、年上好きのルクサリオは一目惚れ。父親に我がままを言い、遂にはフィアとの婚約まで結んでしまったのだから、一途な少年の思い込みというのも中々に侮る事は出来ない。
最も、そんなルクサリオも、フィアの表面ばかりを見ていて、本来の彼女のドSで女王様な性格は知らない。
「羨ましい奴だな。まあ、心底惚れた相手と結婚が出来るのであれば、それ以上の幸せはないだろうが」
そんなルクサリオを、プログノスは半分呆れた様に見つめている。
王族は勿論、貴族にも、当然自由恋愛は許されてはいない。なので、ルクサリオの様に、自分が望んだ相手と婚約をかわせる事は、皆無に等しい。
「きっと、プログノス様も、クラベジーナ様の事を好きになる事が出来ますよ。何より、お2人の婚姻が、この世界の崩壊を救う事になるのですから」
真剣な表情を作り、ルクサリオは希望に満ちた眼差しで、プログノスを懇願する様に見つめる。
「・・・そうだな」
プログノスは、静かに頷く。
この際、自分の好みや感情などはどうでもいい事だ。
自分の能力が半分しかない今、国の存続を救う事こそが、未来の国王としての自分に課せられた運命なのだろう。
「・・・?」
その時、プログノスは、自分を何処から見据える、まとわりつく様な視線を感じる。
それは、痛く全身に突き刺さる、殺意にも似た血潮の様に生臭い悪意。
周囲を見渡すも、この場所には自分とルクサリオの2人しかいない。
「プログノス様?どうかしましたか?」
突然、周囲をきょろきょろと見渡したプログノスを訝しり、ルクサリオが問いかける。
「・・・いや」
自分の気のせいだと、プログノスは自身に言い聞かす。
しかし、胸の中に芽生えた不安は、中々消えてはくれなかった。それどころか、紙に落ちたインクの様に、じわじわとプログノスの心の中に広がって行く。
何か、とんでもない事が起こりそうな気がする。
そう、世界を揺るがす様な大惨事が・・・。
ドラグーンの能力を受け継いだプログノスは、ぼんやりとだが未来を視る事が出来る、預言者的な能力を持っていた。
言い知れぬ不安はあったが、プログノスはあえてそれを口にはしなかった。
言葉に出してしまえば、現実になってしまいそうで、それが怖かったのだ。
だがプログノスの危惧した通り、やがてそれは、現実のものとなって行く。




