囚われのジーナ③
「ジーナを返せっ!」
まやかしの空間から出た為、何時もの男らしい口調と態度に戻り、ディールがヴァゼンシグドに叫ぶ。
「返せぬな。返して欲しければ、もう直ぐここに現れる連中と共に、取り返しに来い。それまでは、クラベジーナは人質として預かっておこう。最も、貴様等が来たところで、この娘は俺の物。更々、返す気はないがな」
ラニアと並び、一同を見渡し、ヴァゼンシグドはおかしそうに喉を震わす。
「・・・お前は」
その瞳が、フォルクの側に立っていた縁の元で止まり、相手を冷たく見据える。
「そこにいるのが、デルタ国の片割れか・・・。始末をする様に命じていたのに、その役割を満足に果たす事も出来ず、あまつさえ、こんな場所にまでのこのこと着いて来ていようとは・・・。縁、貴様には失望をしたぞ」
ドラグーンの力に覚醒をしたフォルクと、縁を交互に見つめ、ヴァゼンシグドは吐き捨てる様に言い放つ。
「・・・えっ?縁って、あの化け物と知り合いなの?」
ヴァゼンシグドの言葉に驚き、フォルクは縁を振り返る。
プログノスやルクサリオ、フィアやディールも、彼等の関係が分からず、縁とヴァゼンシグドを交互に見つめる。
「・・・よく言うな。貴様が、私を信頼した事もなかっただろうに・・・。貴様は、私と斑を利用したに過ぎない!今までは、斑の事もあったから、大人しく貴様のいいなりになるしかなかった。だが、それもここまで!私は、フォルク様の配下に下る!そして、貴様の薄汚い手の中から、斑を奪い返して見せる!」
ヴァゼンシグドを睨み据え、縁は自分の決意を伝える。
「・・・いいだろう。だが、所詮貴様は、今の貴様の主にとっても、そこにいるプログノスにとっても、卑劣な裏切り者にしか過ぎない。こちらから離れるとしても、そちらにも居場所など存在はしないぞ?」
縁の心を揺さぶる様に、ヴァゼンシグドは言い放つ。
「・・・どういう事だ?」
話が見えないルクサリオは、首を傾げる。
人間の縁が、侵略者と知り合いだった事も驚きだが、ヴァゼンシグドの思わせぶりな口ぶりからすると、自分達デルタ国とも大きな関わりがありそうだ。
「斑を無事に救う事が出来るなら、私の身などどうなっても構いはしない。そんな事より、斑は何処にいる?ずる賢い貴様の事だ、今もこの場所に連れて来ているのだろう?」
何処か自嘲した様な笑みを浮かべた後で、縁は暗闇の中を見渡し、誰かの姿を探している。
「泣かせる話だ、いいだろう。美しい兄弟愛に免じ、特別に会わせてやる」
そんな縁を嘲笑った後で、ヴァゼンシグドは手を振り、何かを呼び寄せる。
それを合図に、マティス国の幻と化した参列者の中から、一人の青年が姿を現し、ヴァゼンシグドとラニアの側へと歩み寄る。
「斑!」
現れた人物に向い、縁は彼にしては珍しく取り乱し叫ぶ。
「・・・・・」
だが、現れた人物の方には、全くと言っていいほど反応はない。その瞳はガラス玉の様に虚ろで、何も映しだしていなかった。
「・・・えっ?縁が2人?」
現れた人物と、自分の側にいる縁を見比べ、フォルクは混乱する。
「・・・一体、何がどうなっているんだ?」
プログノスも不思議そうに、2人の人物を見比べる。
ヴァゼンシグドが呼び出し、縁が斑と呼ぶ人物は、縁と鏡を映した様に同じ姿をしていたのだ。
「どちらも返して欲しければ、俺の居場所を突き止め、何時でも遊びに来るがいい。最も、誰一人として生かして帰すつもりはないがな・・・。行くぞ、斑!」
全員を見渡し、挑発する様に笑いかけた後で、ヴァゼンシグドは背を向け姿をくらませて行く。
「・・・はい。ヴァゼンシグド様・・・」
相変わらず、感情のないまま、斑はその後に続こうとする。
「・・・斑!」
そんな斑に、縁は必死に叫ぶ。
「・・・・・」
斑は、自分を呼ぶ縁の声に1度は振り返えるが、直ぐにヴァゼンシグドの後を追って消えて行く。
「こ度は、邪魔が入ってしまったが、次こそは、思う存分楽しもうぞ」
自分の獲者達を見渡し、ラニアは妖艶に微笑んだ後で、気配なく漆黒の闇の中に溶け込んで行く。
それと同時に、周囲を覆っていた闇は晴れ、大聖堂の中に光が戻って来る。
「・・・くっ」
ヴァゼンシグドとラニアを見送った後で、張りつめていた緊張の糸が切れたのか、プログノスに傷の痛みが蘇り、そのまま床の上に片膝を着く。
「さあ、フィア立って。プログノス様、大丈夫ですか?」
ルクサリオはフィアに手を差し伸べ、立たせた後で、その手をそのまま引き、プログノスの元へと駆け寄る。
「・・・ああ、心配はいらない。骨が、何本か折られてしまったがな・・・」
少し青ざめた顔で、プログノスはルクサリオに安心する様に笑いかける。
「それって、大丈夫じゃないでしょ?ねえ、研究室みたいなのはある?僕が、魔法薬を造ってあげるよ。」
ドラグーンの能力を解放した姿から、何時もの人間の姿に戻ったフォルクが、プログノスの前にしゃがみ込み、傷を観察する。
「そうだな。今は、止めた時を戻し、事態の収拾に努める方が先決だ。それに、色々と聞かなければならない事もありそうだ」
男らしい表情と口調で、ディールはプログノス達に言い聞かせ、最後に、何かを知っている縁を振り返る。
全員の視線が、縁へと集中するが、縁は覚悟を決めているのか、誰からも目を逸らそうとはしない。
「お待ったせぇ!」
そこに、これ以上なく陽気で呑気な声が響き、空間を裂き一人の青年が姿を現す。
「・・・どうやら、呑気な事を言っている場合ではなさそうね」
その背後から、気の強そうな女性が現れ、戦いの後の惨状を溜息ながらに見渡す。
「とんでもない事態が起こった様ですわね」
続いて、穏やかな陽だまりの様な笑みを浮かべた女性が姿を現し、頬に手を当てる。
「この気配は・・・」
まだ、あたりに残っていたヴァゼンシグドとラニアの気配を察知し、最後に現れた落ち着いた青年が、鈴やかな眉根を寄せる。
「・・・?あの、あなた方は?」
突然、空間を切り裂いて現れた男女4人組を、フィアは不思議そうに見渡す。
「ああ、僕達?僕は、マティス国を守護する、ドラグーンのローグル。で、愛しのワイフのレベリナ。よろしくね☆」
幼さが残る容姿をした、最初に現れた青年が自分の名を名乗り、横に立っていた気の強そうな女性の紹介も済ます。
「・・・ちょっと!ワイフって、呼ばないでよっ!」
レベリナは、嫌そうに顔をしかめ、ローグルを睨む。
「私の名は、デルタ国を守護する、ドラグーンのアルグドです。そして、彼女の名はウェリカ」
今度は、落ち着いた青年が自分の名を名乗り、横に控えていた穏やかな女性の紹介を済ます。
「初めまして。私は、ウェリカと申します」
相変わらず穏やかに微笑み、ウェリカは深々と頭を下げる。
「・・・ドラグーン様方?」
相手の正体を知り、一同は固まる。
侵略者の後に、ドラグーン達の登場。
色々な事が一度に起こり過ぎて、頭が混乱しそうになる。
光が戻った為、ルクサリオはレナリス達を魔力の塊に戻し、体内に吸収する。
プログノスは、皆にかけていた時を止める魔法をロードグランに解かせ、彼等の時間を元に戻す。
役目を終えたロードグランは、魔力の塊に戻り、プログノスの中へと戻って行く。
何も知らなかった彼等は、最初は暗闇が晴れていた事に驚き、その後、生々しい戦いの傷跡が残る大聖堂の様子に慌てふためく。
突然、何者かが神聖な儀式を妨害し、両国の間に結ばれた、決して解かれる事のない筈の条約を破棄してしまった。
その上、マティス国の皇女・ジーナを連れ去ってしまう。
更に、神話の中でしか存在しなかった、ドラグーン達の出現。
マティス国・デルタ国の者達は、激しく動揺し、何時までもざわついていた。




