囚われのジーナ①
一方、こちらはヴァゼンシグドと闘うジーナチーム。
取りあえずは、ジーナとディールが撹乱した後で、ヴァゼンシグドの動きをとらえる事に成功し、フィアはその体を鞭と魔法で縛りあげる。
「・・・長くは持ちません。・・・・急いで下さい」
思ったよりも強力なヴァゼンシグドの抵抗に、フィアとしては珍しく、弱音にも似た発言をする。
「おのれぇ!ふざけた真似をしおって、許さんぞっ!」
実際、動きを封じられた今でさえ、ヴァゼンシグドはその拘束を解こうと、必死にもがいている。
その度に、フィアは振り切られそうになり、必死で気力で押しとどめていた。
「珍しいわね、フィアの弱音って。そんな姿が見られるなんて、ヴァゼンシグドにも少し位は感謝しなければならないのかしら?でも、こっちも長く待たすつもりはないから。ディール叔父様!」
フィアを軽くからかった後で、ジーナは真剣な表情に戻り、ディールに合図を送る。
「任せておいてぇ!魔界一、優雅で美しく、最強と謳われた私の拳技を、その身に叩きこんであ・げ・りゅ❤」
ジーナに頷いた後で、ディールはヴァゼンシグドにウインクをし、そのまま素早く間合いを詰めて行く。言動はふざけ切っているが、ディールの身のこなしには一切の隙がなく、一見すると華奢なその肉体は、鋼の様に引き締まった筋肉で覆われている。
バシッ!ドガッ!激しい音が立て続けに響き、その度に、ディールの繰り出した拳や蹴りが、ヴァゼンシグドの急所に叩きこまれて行く。
「・・・ぐうっ!」
一撃一撃が重いディールの攻撃に、ヴァゼンシグドは顔を歪ませる。先程、ジーナに覆っていた鎧を破壊され、今は半分位しか防御が出来ていない。その為、彼等に与えられたダメージは、確実にヴァゼンシグドの中へと蓄積されて行く。しかし、ジーナ達から距離を取ろうにも、フィアが鞭と魔法で自分を縛りあげている為、動く事も指先一つ動かす事も叶わない。
中々、いいコンビネーションだ・・・。
一方的に、ジーナ達に良い様にやられながら、ヴァゼンシグドは呑気に、敵であるジーナ達の技量を褒め称える。
「・・・ったく、しつこいわね!いい加減に、おねんねして貰えないかしら?」
何時まで経っても倒れない、ヴァゼンシグドに辟易し、ジーナは体をしならせて勢いをつけた回し蹴りを、その首筋に叩き込む。
ドガッ!と骨が折れた音に近い鈍い音が響き、ヴァゼンシグドの体は傾ぐ。
「・・・今のは、中々に痛かったぞ」
相変らず動けないまま、ヴァゼンシグドはおかしそうに喉を震わす。
「・・・だ・か・ら、何でそれで倒れないのよ!それに、やられておいて、嬉しそうに笑わないでよね。あんた、変な趣味でもあるんじゃないの?」
そんなヴァゼンシグドを、ジーナは気味悪そうに見つめ、再び休む事無く、ディールと共に攻撃を叩きこんで行く。
外で、プログノスやフォルク達が、ラニアと闘っている間、ジーナとディールも、ヴァゼンシグドに渾身の一撃を叩きこみ続けて来ていたのだ。しかし、徐々に効いてきていたとは言え、ヴァゼンシグドにはまだ何処か余裕が見られる。
宝石の修復が終わってしまう前に、早く倒してしまわなければ・・・。
徐々に疲れが見えてきたフィアとディールの身を気遣い、ジーナは、さっき自分がヒビを入れた宝石を見つめる。徐々にだが、宝石は修復しつつある。あれが元に戻ってしまえば、また、攻撃が通用しなくなってしまう。
「・・・化け物」
ぼそりとつぶやき、ジーナは考えを巡らせる。
・・・面白い娘だ。
ジーナとディールの攻撃を受け続けながら、ヴァゼンシグドはジーナの姿を目で追い続けていた。一見、華奢でひ弱そうな外見をしながら、その闘争心と攻撃力には目を見張るものがある。
ヴァゼンシグドは、ジーナ達が想像もつかない位の永い永い時間を生きて来ているが、初めて何かに興味を持った。
ニッと、何かを企んだ様に、ヴァゼンシグドの口端がつり上がる。
「・・・・!」
ぞくり・・・。ヴァゼンシグドの自分を見据える目に寒気が走り、ジーナは思わず後ず去る。
「・・・何?」
警戒を解かないまま、ジーナはヴァゼンシグドに問いかける。
「面白い事を思いついただけだ。そろそろ、こちらも動かせて貰おう。サンドバックになっているのも、もう飽きた・・・」
ジーナに笑いかけた後で、ヴァゼンシグドは瞳を閉じ、瞑想に入る。その全身を覆っていたどす黒い魔力が、一斉に喉元の宝石に集中して行き、宝石は急速に修復を始めた。
「・・・っ!申し訳ありません・・・。ジーナ様、これ以上は無理です・・・」
ヴァゼンシグドを縛っていたフィアは、相手の魔力に押し切られ、そのまま後方に弾き飛ばされる。
「・・・!フィア!」
そんなフィアの体を、ディールが素早く後ろに回り込み、寸での所で受け止める。
「・・・フィア!叔父様!」
弾き飛ばされた2人の身を気遣い、ジーナが叫ぶ。
「人の心配を、している余裕があると思うのか?」
完全に自由と元の力を取り戻し、ヴァゼンシグドは素早くジーナの前に滑り込み、その体を正面から抱き寄せる。
「・・・なっ!離しなさいよ!」
ヴァゼンシグドのあまりの素早さに、一瞬対応が遅れたジーナだったが、直ぐに闘志を取り戻し、その頬を力一杯右拳で殴りつける。
「気の強い娘だ。だが、気に入った。ここには、貴様を殺すつもりで来ていたが、もっと面白い事を思いついたぞ。貴様には特別に、私の子を産む事を許してやろう」
鎧が復活した為、ジーナの攻撃は再びヴァゼンシグドには通用しなくなる。
ヴァゼンシグドは、ジーナの顔を至近距離から覗きこみ、とんでもない事を言い放つ。
「・・・なっ、何を変な事を言っているの?誰が、あんたみたいな化け物の子供なんか・・・!離しなさいよ!」
ヴァゼンシグドの言葉を聞き、ジーナはその腕から逃れようと、力一杯暴れまわる。
「それを言うのなら、ドラグーンの能力を受け継ぐ貴様達も、化け物という事になるぞ?その昔、ローグルとアルグドは、もの好きにも魔族の女を巫女に迎え、子を成した。奴等と同じ事をするだけでは、なんの面白みもない。ただの魔族の女ではなく、あいつ等の娘である貴様に私の子を産ませれば、あいつ等はどんな顔をするんだろうな・・・。クラベジーナ、貴様はどう思う?」
空いていた片方の手で、ジーナの両手を掴み、その抵抗を封じ込み、ヴァゼンシグドはニヤニヤと笑っている。
「・・・・」
魂まで凍りつきそうなヴァゼンシグドの瞳に見据えられ、ジーナにはうまい言葉は浮かばなかった。
「ちょっと、あんたみたいな化け物に、大事な姪はお嫁にはあげられないわよっ!」
フィアの体を床の上に座らせ、ディールはヴァゼンシグドを睨む。
「外野は黙って置け。俺が用があるのは、最初からこのクラベジーナだけだ。貴様の返事など、こちらは最初から聞くつもりはない。少し、聞きわけ良くなって貰おうか・・・」
ディールを馬鹿にした様に一瞥した後で、ヴァゼンシグドは視線をジーナに戻し、その首筋に牙を突き立てる。
「・・・ああっ!」
ジーナの体が激しく痙攣し、全身を焼き付く様な痛みがかけ巡って行く。ジーナの軟肌に食い込んだヴァゼンシグドの牙からは、何かが流れ込み、ジーナの自由と意識を急速に奪って行く。
ヴァゼンシグドがジーナの中に流し込んだのは、相手を意のままに操る為の魔力だった。
・・・誰が、こんな奴の思い通りなんかに・・・。
薄れゆく意識の中で、ジーナは何とか抵抗を試みるも、全ては無駄だった。
そのまま、ジーナの意識は闇へと封印される。




