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「え? 幸之助が喧嘩?」

 初めて園長の方から呼ばれて施設に行ったのは幸之助が小学校に入ってすぐのことだった。小学校で幸之助が喧嘩をしたと聞かされて俄に信じられなかった。

 相変わらずたどたどしい口調だったが昔に比べて良く喋るようになった。相変わらず笑顔を絶やさず、人の痛みの分かる優しい子供だった。人を傷つけるような事はしないし、何より暴力を嫌う子供だった。

 それが喧嘩と聞いてすぐに信じられなかった。

「正確には幸之助君をいじめた子供に烏が襲いかかって怪我をさせてしまったんです」

 授業で家族の絵を描くことになったそうだ。

 お父さんか、お母さんと言われて幸之助は真剣に誰かの絵を描いていたそうだ。そこまでは良かった。

 幸之助の絵を見て隣の席に座っていた男児が「お前にはお父さんはいないだろう」と言い、いると言い張った幸之助と口論になったそうだ。頭に血の上った男児が幸之助の書いていた絵をぐちゃぐちゃに丸めてしまった。

 とたん、幸之助の顔から笑顔が消えた。

『お前なんか!』

 幸之助が叫んだ瞬間、空いていた窓から烏が飛び込んで幸之助をいじめていた男の子を襲ったのだという。

 当然、幸之助の不思議な力を知らない学校は事故として処理をしたが、クラスの方は混乱した。入ってきたのが烏だったから余計にいけなかったのだろう。幸之助が悪魔だと、誰かが言いだし、それが感染して恐慌状態に陥ったのだ。

 園長は幸之助の能力を理解している。だから、幸之助の仕業なのだとすぐにわかった。怒ろうとしたが怒れなかったという。幸之助があまりにも気落ちしていたからだ。

 だから、克依が呼ばれた。

「……今、幸之助は」

「部屋に籠もっています。誰とも口を聞こうとしなくて……」

「そうですか」

 克依は幸之助の部屋に行く。集団で暮らす部屋だったが幸之助の雰囲気に押されてしまったのか、他の子はいなかった。

 暗い顔をして蹲っている幸之助の手には白い画用紙が握られている。

「幸之助」

 呼びかけるとびくっと幸之助が震えた。

「………」

「こっちを向きなさい、幸之助。僕は今凄く怒っているんだ」

 顔を掴んで真っ直ぐ自分を見つめさせると、彼は目を伏せる。

「めいわく……かけて、ごめんなさい……」

「そんなことで怒っているんじゃない。……ねぇ、幸之助、どうして僕が怒ったか分かる?」

「……ぼくがあの子、傷つけたから?」

 克依は首を振る。

「そうじゃない。確かに人を傷つけることは良くないよ。でもね、僕だって小さい頃に友達ととっくみあいの喧嘩とかしたから怒れないよ。僕が怒っているのは、幸之助が烏を使ったからだ」

 幸之助には動物を懐かせるという力がある。

 前に話をしたら、お願いすればみんな聞いてくれるのだと言っていた。言葉こそ分からないけれど、言いたいことがお互いに分かるのだと言った。

「烏は勝手に飛んできたのかも知れないけど、幸之助は強く願えば誰か聞いてくれること分かっていたはずだね?」

「……うん」

「それなのに、使った。その力は悪い力じゃないけれど、悪いようにも使える。烏は幸之助の友達?」

「うん、友達だよ」

「その友達に、幸之助は今日悪いことをさせてしまった。それは自分が悪いことをするよりもずっと悪いことなんだよ」

 わかるね、と言うと幸之助は不安そうな表情のまま頷いた。

「だから、今度からは友達にそんなことさせちゃ駄目だ。……いい? 悪い事ってのはした分だけ自分に返ってくるんだ。僕は幸之助に悪いことが帰ってくるのは嫌だ。幸之助は友達に悪いことが返ってきても平気?」

 ううん、と慌てたように首を振る。

 良いわけがない。

 優しい幸之助はそう答えた。

「幸之助はいつも笑顔でいるけど、それはどうして?」

 幸之助は、必至に訴えるように言う。

「それは、みんな、えがお、返してくれるから」

「そう言うことだよ。良いことも悪いことも自分がしただけ自分に返ってくる。だから、出来るだけ良いことしようね。……よし、お説教終わり」

 ぱちんと幸之助の頬を両手で挟むようにたたく。

 ちょっと驚いた様子だったが、克依が笑みを浮かべると幸之助も戸惑ったように少し笑った。

「……ねぇ、幸之助、どうして怒ったりしたの?」

「お父さんの、顔、かこうと思った」

 言って幸之助は克依にぐしゃぐしゃになった画用紙を渡す。

 それは色とりどりに描かれた人の顔。

 笑顔でいる人物は気のせいだろうか、克依の顔に見えた。

「お父さん、分からなくて、何度もかいたけど、かつい兄ちゃんの顔にしかならなかった」

「……」

「かつい兄ちゃんの顔、かいたのに、ぐちゃぐちゃにされて、嫌だった」

 泣きたいのか笑いたいのか克依には分からなかった。

 この子は、こんなにも自分を必要としてくれる。

 ほんの僅かしか一緒にいてやれないのに。それでも慕ってくれる。

「………幸之助」

 泣き顔を見られるのが嫌で幸之助を抱きしめた。

 抱きしめられた幸之助は少し驚いているようだった。

「かつい、兄?」

「……幸之助がもう少し大人になったら、一緒に暮らそうか」

 小早川とか関係なく、幸之助が自分で選べる年齢になったら。

 酷いことを言われても立ち直れる位に強くなったら。

「いっしょ?」

「そう、その時まで幸之助が嫌じゃなかったら、一緒に暮らそう。……本当の家族になろう」

 必要なのは父が言ったとおり自分になのだろう。

 姉のこととか、鷹取の甥のことは関係ない。

 自分に取ってどれだけ幸之助が心の支えなのかを知る。

「………本当?」

「ああ、約束する。もう少し大人になったら、一緒に暮らそう」

 幸之助が微笑んだ。

 無邪気で明るい笑顔。

 この笑顔を守るためなら何でも出来る。


 そう思って真剣に交わされた二人の約束は守られることなく打ち砕かれることになることを二人はまだ予測も出来ていなかった。

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