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 市原幸之助は病院を退院して以降、施設へと預けられた。

 最初の頃こそ狼狽したような風だったが、すぐに慣れ友達と駆け回るほど元気になった。ただ言葉の方はおぼつかず、笑っているだけで殆ど口を開かない。たまにしゃべったとしても、他の子供に比べて随分と幼い印象を受けるしゃべり方ばかりをしていた。

 それでも彼は良く笑う子供だった。

 まるで虐待のことは忘れ去ってしまったかのように良く笑い、他の子供以上に活発だった。背や体格は同年代の子供よりもっずっと小さかったが、そのハンデを感じさせないほどだった。

「幸之助君は明るくて良い子ですよ、小早川さん」

 園長は眩しい者をみつめるように言う。

「ここの子供達は大抵どこか心を閉ざしています。ですが、幸之助君に関わった子供達はみるみる元気になっていきます」

「言葉が無くても通じ合う事があるんでしょうか」

「そうかもしれませんが、私にはあの子が天使の子のようにみえるんですよ」

 幸之助の髪は柔らかくふわふわとしているために天使を連想させるのだろう。そう思ったが、園長は首を振る。

「あの子の周りに集まるのは人だけじゃないんですよ」

「というと?」

「この前、施設を回る移動動物園が来たんです」

 移動動物園の動物たちは人間に慣れているとはいえ、特定の誰かばかりに寄ると言うことはない。だが殆どの動物が幸之助にすりよってきた。

 その勢いが強すぎて幸之助が転倒したために園長達は幸之助が襲われたのかと思って慌てたが、幸之助は声を立てて笑っていた。動物たちも彼をまるで仲間のようにじゃれついていたという。

 それだけではなく、彼が何かで一人でいると大抵野良猫や鳩たちが寄ってきていると言う。それはまるで動物たちと会話をしているようにも見えるという。

 不思議な子供だった。

「園長先生!! あ、克依兄ちゃんだ! 何? またコウに会いに来たの?」

「えー、克依お兄ちゃんきてるの?」

「あ、ほんとだ克依だ! 克依!」

 園長室に雪崩れ込んできた子供達は、克依の姿を見るなり彼を取り囲む。

 既に何度も顔を合わせている為に克依の顔はちょっとしたヒーロー並みに有名になっている。克依が幸之助に会いに来ているというのはみんな知っているが、幸之助に限らず遊んでくれる上に、時折おやつなども持ってきてくれる事も知っていたので、子供達は克依が好きだった。

 元々子供好きだった克依は取り囲まれて少し困った顔をしたが、悪い気分ではなかった。

「お、みんなそんなに引っ張らないで」

「克依遊ぼうぜ!」

「だーめ、克依兄ちゃんは私たちと遊ぶの!」

「何言ってんだよ、克依兄ちゃんはコウに会いに来たんだってー」

「とと、園長、ちょっと僕、みんなと遊んできます」

「はい、行ってらっしゃい。みんな、小早川さんにあんまり迷惑かけちゃ駄目ですよ」

 はーい、と素直な返事が戻ってくる。

 引っ張られるようにして克依が外に出ると遠くで幸之助が手を振っていた。

「あいつ、今日ずっと兄ちゃんが来るんだって言ってたんだぜ。当たったなー」

「そうなんだ?」

「いつもそうなんだぜ。克依兄ちゃんが来る時はいっつもあいつ当てるんだ」

 克依は仕事があるために曜日を指定して来ているわけではない。これる時に出来るだけ来るつもりでいるが、ずっとこれない時もある。今日は園長へ連絡を忘れていたから、園長との電話でのやりとりを聞いている訳ではないのだ。

 それが幸之助の不思議な所。

「幸之助」

「かついー」

 呼ばれると、幸之助は駆け足で克依の側まで寄り首に飛びつくように抱きついた。施設に来てだいぶ体重が増えたとはいえまだまだ軽い幸之助の身体を持ち上げて克依は肩の上に載せた。

「あー、コウばっかずっこいの!」

「お兄ちゃん、僕も僕も!」

「あはは、みんな一気には無理だから順番ね。……幸之助? どうしたの?」

「………」

 幸之助はニコニコしながら地面を指を指す。

 今まで幸之助がいた場所に「かつい」と平仮名が書かれている。

「幸之助、平仮名覚えたの?」

 うん、と彼が頷く。

「コウくんってば自分の名前まだ書けないのに、克依兄ちゃんの名前だけかけるようになったんだね」

「え? そうなの?」

 にこにこと笑っている幸之助にその言葉が真実だというのがわかる。

 嬉しかった。

 自分の名前よりも先に、克依の名前を覚えてくれた。そしてちょっと誇らしげな彼の表情が嬉しい。

 克依は幸之助を肩から降ろしぎゅっと抱きしめる。

「……ありがとう、何よりの贈り物だよ」

「あー」

 喜んでくれると僕も嬉しい。

 幸之助はそう言ったように聞こえた。



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