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「施設になんて……入れるものか!」

 徹也に言われて克依は声を荒げた。

 父に引き取られて依頼、こんなふうに反発したのは初めてだっただろう。

 そんな風な態度を見せた克依に対して、徹也は少し顔を顰めた。

「落ち着きなさい」

「あの子は僕の弟だ。施設に入れられると聞いて、落ち着いてなどいられません」

「私にとってもあの子は甥御だよ、克依」

 声を荒げる克依に対して、徹也は酷く冷静に答える。

「礼人は私の弟だし、礼人の子供であれば私が引き取ることもやぶさかではない。だが、克依、あの子はお前の時とは違い私生児だ」

 頭に血が上る。

 母親が結婚しているかいなかの違いで自分は引き取られたのだろうか。

 今まで信頼し、期待に応えようと思ってきた父なだけにその言葉に対する失望感が強い。克依は怒鳴りかけるが、言葉が出なかった。

 叫ぼうとしても喉の奥で詰まってしまっている。

 ようやく出た言葉は酷く冷静で冷酷な言葉だった。

「小早川に嫡出でない子は要らないと言うことですか」

「……早く言ってしまえばそうだ」

 目から鋭いものが出てきそうだった。

 怒りを抑えて冷静な振りをして言う。

「………長い間、父と呼ばせて下さってありがとうございました。僕は一人でも、あの子を引き取って育てます。小早川の縁から切って下さい。僕は、子供一人守れない家なんかもう要りません」

「落ち着きなさい、克依」

「僕はいつだって冷静です」

 そうは言ったもののとても冷静ではいられなかった。

 腹の奥底が煮えかえったように熱い。

 これは失望感からくるものだろうか。それとも怒りだろうか。

「よく考えなさい、克依。お前はもう既に小早川の一員として働き始めて久しい。増して榛名の家のこともある。お前が小早川から抜けると言うことはお前一人の問題ではないのだ」

「保身ですか?」

 くすりと小馬鹿にするように笑う。

 呆れる。

 つまりは自分がいなくなれば僅かな榛名財閥との縁が切れてしまうというのだ。そのために自分を引き取ったのだろう。

 いままで信じていた自分が馬鹿のようだった。

「一族を守るために子供を見限れと? 僕を引き取って育ててくれた貴方が言うんですか! その口でっ!」

「克依、私は小早川のトップに立つ者だ。子供一人と、一族、どちらかしか守れないとしたら多く守れる方を選ぶしかない」

「だからって、幸之助を施設に入れるんですか! 私生児という理由で!」

「私生児だからだ! 何故わからない!」

 語気を荒らげる父親に、克依は口を噤む。

 優秀で誰からも好かれるように育った克依は父親に反発した経験もなければ、こんな風に父親に怒鳴られる経験などなかった。

 驚いて見ると、徹也はため息をつく。

「……いいか、克依。私も出来ることならば礼人の息子を引き取りたいと思っている。礼人は馬鹿な子だが私の大切な弟だ」

「では、何故」

「考えてみなさい。小早川は旧家で世間体を酷く気にする家柄だ。お前を榛名から引き取る際も酷く揉めた。それを見てきたお前なら分かるだろう」

「……はい」

 確かに克依を引き取る際、揉めていたのを見ている。

 まだ五歳足らずの子供だったが記憶に残っている。

 だから誰からも好かれるようにあろうと思ったのだ。少なくとも自分を引き取った父が他の親戚から悪く言われないようにと。実際克依の成績が優秀だったためにそれ以降の親戚の反発は少なかった。

 兄も姉も克依に対して優しく何かあれば庇ってくれた。だから克依は真っ直ぐ育ってきたのだ。もっとも、それが姉を苦しめていたことなど、克依は知らなかったのだが。

「私生児である彼を引き取って、彼がどんな風に言われるのか分かっているか? お前のように誰からも文句が出ないほどに優秀であるのならいい。だが、彼には虐待の後遺症ともとれる言語障害がある」

「……でも、それはこれからなくなるかもしれない」

「確かにな。だが、あの瞳だ」

「外見で人を判断するなど……」

「違う。あれは、礼人と同じ瞳の色なんだ。お前は私と同じ虹彩をしているが、幸之助君は礼人と同じ。……小早川の人間が礼人を思い出さない訳がない。その上で、良い感情は抱かないだろう」

「………」

「小早川にいると不幸になる。酷い人間ばかりではないが、悪し様に言う物が必ずいる。無理に守ろうとして、道を誤るな、克依」

 克依は目を伏せる。

「でも……彼には僕が必要なんだ」

 父の目が克依を見据える。

「逆ではないと言い切れるか?」

「逆?」

「お前の自己満足のために彼が必要なのではないのかと聞いているんだ」

「……父さん」

 見透かされている。

 父の言うことは正しい。

 姉に対する、甥に対する贖罪の気持ち。それを満足させるために幸之助を引き取って育てようと考えたのではないだろうか。

 自己満足のために引き取って、いたずらに傷つけることになったらそれは贖罪にすらならない。始終自分が側にいられれば守れるだろう。数年はいい。でも克依にも仕事があるし、学校が始まったら側にいてやれない。

 それで本当に守れると言えるだろうか。

 でも、なら、何か出来ることはないだろうか。

 彼のために。

 弟の為に。

 不意に父がため息をついた。

「……引き取ることは許可できない」

「はい……」

「だが、会うくらいならいいだろう。本当の兄弟であると言うことは言わないことが条件だ」

「父さん!」

 父親は優しく微笑む。

「会ってあげなさい。幸之助君には家族のぬくもりというのが必要だろう。小早川に入れることは出来ないが、後見人になろう。それと、孤児院への援助は私がする」

「………父さん」

 それ以上言葉が続かなかった。

 涙でむせぶように克依はその場に泣き崩れた。


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