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ラブコメ漫画のモブ悪役に転生してしまったようなので、負けヒロインを全力で救済する。  作者: ニャン吉


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第1話『推しを泣かせたのは僕でした』

大好きだったラブコメ漫画の世界に転生した俺。しかし転生先は、主人公の恋路を邪魔する嫌われ者のモブ悪役神崎悠真だった。しかも目の前には最推しの負けヒロイン水瀬琴葉。彼女の悲しい結末を知る俺は、未来を変えることを決意する。

「……最っ低」


「…………え?」


 目を開けた瞬間、見知らぬ美少女に、心底軽蔑したような目で睨まれていた。


「神崎。さすがに今のはないだろ」


「……神崎?」


 続いて、目の前の男子が低い声でそう言った。


 神崎。


 その名前を聞いた瞬間、頭の奥に妙な違和感が走る。


「何……?」


 ここはどこだ?


 俺は確か――。


「…………」


 思い出そうとした瞬間、激しい頭痛が襲ってきた。


「っ……!」


「神崎?」


 頭を押さえる。


 知らない記憶が、次々と頭の中へ流れ込んでくる。


 学校。


 教室。


 友人。


 家族。


 そして――神崎悠真という人間の記憶。


「……嘘だろ」


 恐る恐る周囲を見渡す、放課後であろう教室に俺を睨んでいる男子男子の姿があった。


 整った黒髪に爽やかな顔立ち。誰にでも優しく、困っている人間を放っておけない性格。


 橘湊(たちばなみなと)


 その隣には肩まで伸びた明るい茶髪に大きな瞳。華やかな容姿をした少女。


 天宮莉愛。


 そして、少し離れた場所に立っている、もう一人の少女。


「…………」


 俺の呼吸が止まった。肩より少し下まで伸びた、青みがかった紺色の髪。夕日に照らされたその髪は、光の加減で透き通るような青色にも見える。


 柔らかな目元。清楚という言葉がそのまま人になったような少女。ーーが今は悲しそうに俯いている。


「……水瀬、琴葉」


 思わず名前が漏れた。


「……何?」


 少女、水瀬琴葉が顔を上げる。


「…………!」


 本物だ、間違えるはずがない。俺が大好きだったラブコメ漫画。


『君の隣で恋をする』


 通称『君恋』。


 その登場人物たちが、目の前にいる。


(ちょっと待ってくれ)


 混乱する頭で状況を整理する。


 橘湊。


 天宮莉愛。


 水瀬琴葉。


 全員『君恋』の登場人物。


 そして俺はさっき――。


『神崎』


 そう呼ばれた。


「…………」


 嫌な予感しかしない。俺は恐る恐る窓を見る。夕日に照らされたガラスに、自分の姿が映っていた。


 少し長めに伸びた金髪、鋭い目つき。それなりに整った顔立ちではあるものの、その派手な髪色も相まって、どこか人を寄せつけない雰囲気がある。


 見覚えがある。というか。


「……よりによって、こいつかよ」


 神崎悠真。


『君恋』に登場する――モブ悪役。


 正ヒロインである天宮莉愛に好意を持っており、彼女と仲を深めていく湊を一方的に敵視していて、二人の邪魔をするためなら、余計なことを何でもする。


 読者からの人気は当然ない。むしろ登場するたび、


『またこいつか』『神崎帰れ』『こいつ出てくるとろくなこと起きねえ』


 なんて言われるようなキャラクターだった。当然俺も嫌いだった。


 そんな男に。


(俺が……なった?)


 いやいやいやいや。


 意味が分からない。


「神崎?」


「!」


 湊の声で現実に戻される。


「さっきから何なんだよ」


「いや……」


「今度はとぼけるつもり?」


 莉愛の声は冷たかった。


「…………」


 そこで俺はようやく気づく。


 空気がめちゃくちゃ悪い。何故かこの教室にいる俺以外の全員に負の感情が漂っている気がする。


 莉愛は怒っている。湊も怒っている。琴葉は悲しそうに俯いている。


 そして俺――神崎悠真は、その三人の中心に立っている。


(……待て)


 この状況。知っている。


「まさか……」


 俺は教室を見渡す。


 放課後。


 夕日。


 三人。


 そして神崎。


(ここ……原作十二話じゃないか?)


 思い出した瞬間俺は血の気が引いた。


 原作十二話。


 湊、莉愛、琴葉の三人が放課後に残り、来週行われる文化祭について話し合う場面。文化祭で湊と莉愛の関係が初めて大きく進展する重要な回だった。


 同時に琴葉が初めて、二人の関係を意識する回でもある。


 そして――。


 神崎悠真が盛大にやらかす回だ。


(嘘だろ……)


 記憶が蘇る。


 俺が意識を取り戻すほんの少し前この身体の持ち主は。


「神崎君」


「……!」


 琴葉が俺を見る。


 その目が。


 少しだけ潤んでいた。


「さっき言ったこと……本気なの?」


「…………」


 最悪だ。


 やっぱり。


 もう言った後だ。


 原作の神崎は、莉愛と湊が文化祭を一緒に回る約束をしようとしているところへ乱入した。


 湊を馬鹿にして。莉愛を無理やり自分と回らせようとし当然断られ。そして琴葉が止めに入った結果――。


『お前には関係ないだろ』


『どうせ橘のことが好きなくせに、本人には何も言えずにずっと後ろをついてるだけじゃないか』


 本人すら隠していた気持ちを。


 湊と莉愛の目の前で暴露した。


「…………」


 俺は頭を抱えたくなった。


(最悪すぎるだろ!!)


 転生するタイミング!もうちょっと選ばせてくれ!せめて登校中とか!家で目覚めるとか!なんでよりによって――。


「琴葉」


 湊が心配そうに声をかける。


「大丈夫か?」


「……うん」


 琴葉は笑った。


「大丈夫だよ」


「…………」


 その笑顔を見た瞬間、胸が痛んだ。知っている。俺はこの顔を知っている。原作でも琴葉はいつもそうだった。辛い時ほど笑う、湊に心配をかけたくないから、周囲の雰囲気を悪くしたくないから、自分が我慢すればいいと思っているのだ。


(……琴葉)


 水瀬琴葉。


 俺の最推し。


 そして。


『君恋』最大の負けヒロイン。


 幼い頃から湊のことが好きだった。ずっと隣にいて

誰よりも湊のことを理解していた。それでも。


最後に湊が選ぶのは、莉愛だった。琴葉は告白すらしない。二人が両想いになったことを知って、自分から身を引く。


 そして最終巻。


 二人を笑顔で祝福して。


 一人になってから――初めて泣いた。


「…………」


 あの回を読んだ時、俺は本気で思った。なんで琴葉じゃないんだ、と。もちろん莉愛が悪いわけじゃない。莉愛だって魅力的なヒロインだった。湊を本気で好きになった。だから二人が結ばれたこと自体は否定できない。


 でも。


 それでも俺は。


 琴葉にも幸せになってほしかった。


 なのに。


(転生して早々……)


 そんな推しを。


(俺が泣かせてんじゃねえか……!)


 正確には前の神崎だけど!


「……ごめん」


「え?」


 気づけば。


 言葉が出ていた。


 三人が俺を見る。


「……神崎?」


 湊が目を丸くしている。


 莉愛も同じだった。


「今……何て言ったの?」


「ごめん」


 もう一度言う。


 そして。


 琴葉を見る。


「水瀬。本当にごめん」


「…………」


「言っていいことじゃなかった」


 琴葉が俺を見つめている。


 当然だ。原作の神崎悠真は謝らない、絶対に。自分が悪くても言い訳をし相手のせいにする。そんな人間だ。


「……何企んでるの?」


 莉愛が一歩前へ出る。


「何も」


「嘘」


「天宮」


「だってそうでしょ?」


 莉愛が俺を睨む。


「散々酷いこと言っておいて、急に謝るなんておかしいじゃん」


「…………」


 正論すぎる。


「莉愛」


「でも湊!」


「いや」


 俺は二人を止めた。


「天宮の言う通りだよ」


「……え?」


「信用されなくて当然だから」


 俺自身。


 神崎悠真が突然謝り始めたら絶対に疑う。


「でも」


 もう一度、琴葉を見る。


「それでも謝らせてほしい」


「…………」


「水瀬が誰を好きだろうと、水瀬の自由だ」


 琴葉の目が僅かに揺れる。


「それを俺が勝手に言いふらしていい理由にはならない」


「神崎君……」


「本当にごめん」


 頭を下げる。


「…………」


 静かになった。


 数秒ほど経っただろうか、しかし俺にはとてつもなく長く感じた。


「……分かった」


 琴葉の声が聞こえる。


 顔を上げる。


「謝罪は……受け取る」


「水瀬……」


「でも」


 琴葉は俺を真っ直ぐ見る。


「許せるかは、まだ分からない」


「…………」


「ごめんね」


「いや」


 むしろそれでいい。これだけの事をしておいて話を聞いてくれるだけで十分琴葉の器が広いことが分かる。


「当然だと思う」


 今まで神崎がやってきたことを考えれば、今日謝っただけで全部なかったことになる方がおかしい。


「じゃあ……俺は帰るよ」


「え?」


 莉愛が驚く。


「何?」


「いや……」


「…………」


「本当に帰るの?」


「帰るけど」


「邪魔しに来たんじゃなかったの?」


「……もうしないよ」


「…………」


 ものすごく疑われている。


 仕方ない。


「じゃあ」


 三人の横を通り過ぎ、教室の扉に手をかけたその時。


「神崎」


「?」


 湊だった。


「お前……本当にどうした?」


「…………」


 どう答えればいいんだ。


『中身が別人になりました』


 なんて言えるわけがない。


「……頭でも打ったんじゃない?」


「は?」


「俺もよく分からない」


 半分本当だ。


「じゃあね」


 教室を出て扉を閉めた瞬間。


「…………」


 俺はその場にしゃがみ込んだ。


「やっっっば……!」


 何だこれ。本当に漫画の世界なのか?琴葉がいた。

湊もいた。莉愛もいた。しかも俺は神崎悠真。


「……最悪だ」


 壁に背中を預ける。


 神崎悠真。


 原作ではこの後も何度も湊たちの邪魔をする。文化祭。体育祭。クリスマス。修学旅行。


 そして。


 最終的には完全に三人から嫌われ、物語の後半ではほとんど登場しなくなる。


「…………」


 別にそれはいい。神崎がどうなろうと知ったことじゃない。


 今の問題は。


「水瀬琴葉……」


 推しがいる、この世界に。しかもこれから彼女がどうなるのかを俺は知っている。湊への恋を言えないまま。莉愛との距離が縮まっていくのを一番近くで見続ける。何度も諦めようとしてもそれでも好きで。


 最後には。


『二人なら、絶対幸せになれるよ』


 笑って身を引く。


「…………」


 嫌だ。


 漫画で読んでいる時ですら辛かった。それを今度は目の前で見る?


「……無理」


 絶対に無理だ、それに俺は知っている。これから何が起きるのか。湊と莉愛がどんなイベントを経て惹かれ合うのか、琴葉がどの場面で傷つくのか、どこで一歩踏み出せなかったのか。


 全部。


「だったら……」


 変えられるんじゃないか?この先の物語を。琴葉が湊を好きなら。告白できるように背中を押せばいい。莉愛より先に距離を縮められるよう協力すればいい。恋愛相談だって乗れる。原作知識を使えば、二人きりになれるイベントだって作れる。


「…………」


 何より俺はもう原作の神崎悠真じゃない。湊の邪魔をする理由なんてない。莉愛を奪いたいとも思わない。


 だったら。


「……決めた」


 立ち上がる。


 せっかく大好きだった漫画の世界に来たんだ、しかも一番好きだったヒロインが目の前にいる。なら、やることなんて一つしかない。


「水瀬琴葉を――」


 今度こそ。


「絶対に幸せにする」


 原作では報われなかった。最後まで誰かの幸せを願い続けて、自分の恋を諦めた少女。


 そんな結末を知っている俺が、そのままにしてたまるか。


 この時の俺は一つだけ、大きな勘違いをしていた。俺が考えていた『水瀬琴葉の幸せ』とは、彼女を橘湊と結ばせること、ただそれだけだった。だから、まだ知らなかった。俺が原作とは違う行動を始めたその瞬間から。


 水瀬琴葉の物語もまた――。


 原作とは全く違う方向へ動き始めていたことを。


第1話 終

負けヒロイン救済したかったので作ります。

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