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事故物件ファイル06:悲劇の幼帝を抱える尼像が立つ駄菓子屋 Dノ浦古戦場と赤間神宮、そして耳なし芳一と七盛塚

作者: 大濠泉
掲載日:2026/03/28

★本作品には図面が挿入されています。

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◆1


 五月末、快晴の朝ーー。


 私、神原沙月(かみはらさつき)は、竜胆(りんどう)不動産のスタッフとしてワゴン車の後部座席に乗って、関門橋(かんもんきょう)を渡っていた。

 関門橋は、九州と本州の間に横たわる関門海峡をつなぐ吊橋だ。


 二十代後半だというのに、少年のような童顔の藤野亨(ふじのとおる)先輩が、ハンドル片手にアクセルを踏みながら、上機嫌に語る。


「山陽道・山陰道の終点である下関は、江戸時代までは赤間関(あかまぜき)、もっと古くには早鞆瀬戸(はやとものせと)と呼ばれ、海峡を挟んで、本州と九州をつなぐ水陸の要衝でした。

 ですから、いろんなことがありました。

 源平合戦の最終決戦であるDノ浦合戦は有名です。

 それ以外でも、南北朝時代には、北朝の勢力を拡大するために足利尊氏が、戦国時代末期には豊臣秀吉が九州平定のため、この海峡を渡りました。

 江戸時代になってからも赤間関は大活躍します。

 港湾商業都市として発展したんです。

 西廻(にしまわり)航路が開発され、蝦夷(エゾ)地や奥州・北陸からやって来る北前船(きたまえぶね)の寄港地となって栄えました。

 幕末には、長州藩によって多くの砲台が築かれます。

 そして、長州藩はアメリカ・フランス・オランダ・イギリスの四国連合艦隊と合戦して盛大に敗れ、その結果、かえって日本が西洋諸国に比べて遅れていることを痛感し、維新を進めることになります。

 そういえば日清戦争を終結させた下関条約も当地で、伊藤博文と李鴻章の間で結ばれました。

 ちなみにそれまでフグを食べるのは禁止されていたそうですけど、このとき伊藤博文が食べたことを機に禁制が解かれたんだそうですよ」


 藤野先輩の蘊蓄が披露されている間、その隣、補助席に座る竜胆光太郎(りんどうこうたろう)社長は、欠伸(アクビ)をしながら眠そうにしている。

 竜胆社長は彫りの深い目鼻立ちをしているので、だらしない振る舞いまでがサマになるからうらやましい。

 水色の麻ジャケットを脱いで、グレーのワイシャツ姿で伸びをしているだけでも、格好を付けているようにみえる。


 それからわずか五分のうちに、私たちは北九州の門司(もじ)から、本州最西端の下関(しものせき)へと到達していた。

 九州と本州を隔てる関門海峡は、有名な割に、意外と狭かった。

 訊けば、最狭部は幅570メートルしかないという。


 すぐ本州側に辿り着いて、赤間神宮近くの駐車場に車を停めた。


「歩こうか。

 ここから歩いて三十分、自転車で十分足らずという場所に物件がある」


 そう言って、竜胆光太郎社長はニカッと白い歯を見せた。


 いつも通り、藤野亨先輩はフラフラと姿を消すので、私は竜胆社長と一緒に目的とする物件を目指して歩く。

 私は、セミロングの髪を後ろで束ねて、ベージュのスーツ姿に、小振りの黒いリュックを背負っている。

 背丈は165センチなので、二メートル近い竜胆社長の後をついていくと、まるで引率されている女子学生みたいだ。

 なので、出来るだけ隣で一緒に歩けるよう、歩幅を広く取って頑張っている。


 周囲に目を配ると、町家が多く残る、風情ある街並みだった。


 私は道すがら、竜胆社長に尋ねる。


「どうしてその物件は、事故物件になっちゃったんですか?」


 竜胆社長は肩をすくめつつも、こともなげに言う。


「なんでも、その物件に住む若者が、女性に硫酸をぶっかけられて失明したんだって」


 私は思わず両手を口に当てる。


「うわ、男女のドロドロ?」


 社長は首を横に振る。


「それが良くわからないんだ。

 その若者ーー追津孝(おいつたかし)っていうんだけど、彼はいわゆるヤングケアラーっていうやつらしくてね。

 祖母である追津幸枝(おいつさちえ)さんの介護をしていたんだと。

 そんな生活で、硫酸ぶっかけられるほど、女性から恨まれるものかねえ?

 しかも、自分を失明させた犯人女性とは、知り合いではなかったっていうんだ」


「だったら、どうして硫酸をかけられたの?

 通り魔的なやつ?

 怖っ!」


「それについては、おいおい調べるとして、まずは物件を内見しよう」


「え? ここですか?」


 今、私たちの目の前にある物件は、古めかしい木製の格子戸で閉じられた、子供向けの駄菓子屋さんだった。


◇◇◇


「ここの駄菓子屋さんは『おいつや』というらしい。

 この物件の住人の名字『追津』から命名したものだろう。

 この店で、追津幸枝というおばあさんが長年、子供相手に駄菓子を売っていたんだ」


 二本の道路と、隣家に囲まれた台形の土地であった。

 どちらも一車線で、実質、歩道のような道である。


 狭い道路を挟んで、割と大きめな公園に面していた。

 おかげで、この店には、子供たちも集まりやすかっただろう。


 シャッターではなく、木製の格子戸で店舗が閉じられていることも特徴の一つだ。


「木製の格子戸だなんて、変わってますね。

 こんなの、時代劇のワンシーンでしか見たことありませんよ」


「そうだね。

 しかも、この格子、かなり年季が入っている」


 隣家とは壁を隔てるだけで、直に接しているようだ。

 幸い、お隣さんは誰も住んでいない空き家状態だから、今は騒音を気にしなくても良さそうだった。


「とりあえず、ぐるっと回ってみようか」


 竜胆社長は手を挙げて私を誘導し、公園がない方の道路の側へと連れていく。

 そこには住居用の出入口があった。


 駐車場はなく、出入口近くには、仕入れた駄菓子の箱などを収容する納屋がある。


 そして何より、この物件を特徴付けるものは、店舗の角にある銅像だった。


 銅像は女性で、二枚重ねの頭巾を頭にかぶり、袴姿をしている。

 不恰好なほど長い剣を腰に挿し、勾玉らしきものを小脇に抱え、さらには両手で幼子を抱きかかえていた。


「お地蔵様? いや、違う。菩薩像?」


「幼児を抱えているから母子像かな??」


 私と竜胆社長とで、様々に推測するが、しっくりこない。

 二人して困惑していると、後ろから声をかけられた。


「これは二位尼(にいのあま)像です。

 抱えている御子は安徳(あんとく)天皇でございますよ」


 声の主を振り向くと、六十を超えた禿頭の男性で、精悍な顔付きをしていた。

 年齢の割に、赤いワイシャツの上にダーク系のジャケットをまとう、若造りなファッションをしている。


「D町内会長の引島重道(ひきしましげみち)です。

 こちらの物件を買われた方ですね?」


「これは、ご丁寧に。

 私どもはこういった者です」


 竜胆社長は町内会長の引島さんと名刺交換をする。

 引島さんは社長の名刺を見て、両目を大きく見開く。


「事故物件取り扱い専門?

 随分と、変わったご職業ですね。

 こりゃあ、先に唾を付けられてしまったかな」


「おや。引島さんも購入をお考えに?」


「いえいえ。その真逆です。

 この駄菓子屋の持主である追津のおばあさんに、断固、売るのを反対していたんです。

 が、いつの間にか売りに出していたようで。

 ばあさんにしてみれば、売却を反対していた私が買主になり得るとは考えていなかったんでしょうな。

 訊けば、こちらにおられる方が、仲介の労をとって売りに出されたようで」


 町内会長の引島さんが手招きすると、後ろの方から、緑のワイシャツに白のスーツ姿の三十男が前へと進み出る。


内海義夫(うちうみよしお)と言います。

 地元でNPO法人を経営しています」


 手を差し出すので、竜胆社長は笑顔で握手した。


 内海義夫は、神経質そうに頭髪をキッチリ七三に分けている。

 常に口角は上がっているものの、目が笑っていない、そんな男性だった。

 そして、握手を解いた途端、視線を竜胆社長ではなく、隣にいる町内会長の引島重道に向けて笑う。


「いや、まさか町内会長さんが売却を反対しているとは。

 知っていたなら、追津のおばあさんに不動産屋を紹介なんかしなかったですよ」


 揉み手をしかねないほど、内海は引島に対して、腰が低かった。

 照れたように引島ははにかみ、周囲を見回し、


「ちょっと、こういった話を二位尼様の前でするのは、不謹慎ですな」


 と(つぶや)くので、竜胆社長が、


「そうですね」


 と応じた。

 町内会長さんに促され、竜胆社長だけではなく、内海も、私、神原沙月も身を退く。


 すると、格子戸に沿って並んでいた五、六人もの地元民たちが前に進み出て、二位尼像に向かって手を合わせ始めた。

 老人と子供の組み合わせもあった。

 それぞれが、思い思いに、お花を供えて、供物を捧げる。

 柄杓で銅像に水をかけたりもしていた。


 竜胆社長が、私の耳元で(ささや)く。


「二位尼というのは、従二位の地位にあった平清盛の正妻、平時子のこと。

 安徳天皇はそのお孫さんで、数え三歳で即位した第八十一代天皇。

 二人とも、Dノ浦合戦で敗北した際、入水して自害した。

 特に、二位尼は海に身を投げる際、

『わが身は女なりとも、かたきの手にはかかるまじ。

 君の御供(おんとも)に参るなり』

 ーー『わが身は女であっても、敵の手にはかからないつもりだ、天皇のお供に参るのだ』と言って、他の女官たちに後に続いて海に飛び込むよう(うなが)したほどの女傑だ。

 ここDノ浦町は、戦後800年経っても、今だに平家が滅んだ地としての歴史が色濃く残っている。

 だから、歴史好きの藤野亨くんに勧められて、僕はあらかじめ『平家物語』を読んできたんだ」


 社長が私だけじゃなく、二位尼像を拝みに来た人にまで聞き取れるような大声で語る。

 だが、参拝のために並ぶ人や、道を行き交う人々は、誰も聴いている様子がない。

 地元の人からすれば、とうに知っている、日本人なら常識レベルの知識らしい。

 事実、銅像に向かって、子供までが手を合わせている。

 私も思わず釣られて手を合わす。


 それから町内会長さんらにお辞儀をして、私と竜胆社長は物件の内見を続行した。


 側面に回って、住居用の出入口から中に入る。

 入ってすぐタタキが広がっていた。

 右手には台所と浴室に洗濯機、左手にはトイレがあり、その手前には車椅子が置いてある。


 台形の地形を活かした間取りであった。


 タタキから店にも出られるし、部屋にも入れる。

 四方の壁には、手すりが張り巡らされていた。

 手すりを伝って店番に出られるし、トイレにも行ける。


 間取り図は、こんな感じだ。


挿絵(By みてみん)


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◇◇◇


 車椅子があることでもわかるように、幸枝おばあさんは歩けなくなっていた。

 それでも手すりを伝って、店番くらいはできたようだ。

 お店で駄菓子を売って、一階でご飯を食べたり、休んだりしていた。

 奥の六畳間で寝たのだろう。

 介護ベッドが和室の真ん中に据えられてあった。


 これで一階部分の内見はあらかた済んだ。

 あとは二階だ。


 私と竜胆社長は、タタキの奥に進んで、階段を昇る。


 昇ってみると、二階は伝統的な町家タイプの間取りをしていた。

 三室が一列に並んでいる。

 引き戸で仕切りがあるが、それを取り外せば、とても広い板間のワンフロアになる。


 両側面には窓がなく、端と端にしか窓がない。

 が、引き戸さえ開ければ、両方の窓から、結構、良い風が入る。


 二階の間取りは、次のようになっていた。


挿絵(By みてみん)


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◇◇◇


「手すりが一切ない。

 つまり二階は、お孫さんの居住空間ってわけだ」


 竜胆社長が指摘する通りなのだろう。


 壁にはミュージシャンのポスターだらけ。


 テレビやデスクトップのパソコン、そしてレコードプレイヤーやCDプレイヤー、さらにはゲーミングチェアなどの大型機器があった。

 ゲーミングチェアを中心に、スピーカーとアンプが、弧を描くように置かれている。

 スマホだけで音楽は聴けるはずだが、こうしたオールドタイプの機器が置いてあるのも、住人が音にこだわっていた証だろう。


「昔はスピーカーの位置をちゃんとしないと怒ったりしたんだって。

 おじいちゃんが言ってました」


 私が感慨深げに漏らすと、竜胆社長は、


「まさに昭和だね」


 と軽口を叩く。


 あとは階段がある場所の反対側に、組み立て式の箱状クローゼットがあり、中には細めのジーンズから、ラメが入った派手な衣装なジャケットまで、様々な種類があった。


 クローゼットの衣服を手で触りながら、私は社長に問いかけた。


「ところで、ヤングケアラーだった住人ーー追津孝くんは、女性に硫酸をかけられて失明したって言いましたよね?

 その犯人の女性は捕まったんですか?」


「それが不気味でね。

 容疑者の女ーー周防薫(すおうかおり)っていうそうだけど、彼女は、関門海峡の西にある彦島(ひこしま)で水死体として打ち上げられた、と。

 そして、腕には底が抜けた柄杓を巻き付けられていたっていう……」


「柄杓って、神社にお参りするとき、手を洗うところに置いてあるやつですか?」


「そう。でも、底が抜けてるんだ。

 ということは、水が汲めない。

 柄杓としての用を足せないんだよ。

 妙だよね。

 でも、その変な柄杓を腕に巻いていたことで、地元の人々は妙に納得しているようで、

『その女は、平家の武者に海底へと引き摺り込まれたんだ』

 と噂されてるってさ。

 結局、住人・追津孝くんの失明と、その犯人女性・周防薫が平家の武者に祟り殺された、っていう二つの事例で、ここは買い手が付かない事故物件になったんだ」


 そういったあらましを聞いても、やはりなんだか釈然としない。


「マジで不気味ですね。

 その女性、ほんとうに被害者と面識がなかったのかしら?」


「まあ、そうした事情を聞くために、これから売主と面会しようと思ってるんだ」


 この物件を売り出したのは、追津幸枝というおばあさんだった。

 でも、直接の面会はできなかった。

 仲介する不動産会社に連絡を入れたら、言われたのだった。


「売主の追津のおばあさんは、もう介護施設に入っている。

 なので、面会は……。

 でも、売主の代理人となら面会できます」と。


◆2


 駄菓子屋物件を仲介した「一谷不動産」を訪れると、面会室で、三十代後半の男が待っていた。

 竜胆光太郎社長が頭を下げ、名刺を差し出すと同時に声を出した。


「おや?

 あの観音像に祈っていたヒト?」


 そこで待っていた売主の代理人は、私たちが見知った顔をしていた。

 七三に分けた頭髪をして、緑のワイシャツに白のジャケットをはおる男だ。


「内海です。内海義夫といいます。

 それに、あれは観音像ではありませんよ。

 二位尼と安徳帝の像です」


 互いに座るよう勧め合って、対面の席に就く。

 竜胆社長は身を乗り出す。


「売主の代理人ということですけど、売主とのご関係は?」


「追津幸枝さんとは血縁関係はありません。

 介護をしていたお孫さん、追津孝くんから頼まれたんです」


 内海は胸ポケットから名刺を差し出す。

 社長の隣に座る私、神原沙月にまで名刺を渡してくれたので、目を落とすと、「NPO法人ひよどり」の代表だと書いてあった。

 売主代理人の内海義夫は、自身の両手を組みながら、笑顔を絶やさない。


「私はNPO法人『ひよどり』を主催しておりまして、社会的に恵まれない人たちの救済事業を行っております。

 例えばーーそうですね。

 老人や障害者の方々の親族に、介護施設のご紹介をさせていただいたり、チャリティーコンサートを開くためのミュージシャンやバンドマンの後援、さらには保護犬、保護猫活動などーーいろいろと手広くやらせていただいております」


 竜胆社長は、さっそく事故物件と化した理由に探りを入れた。


「住人だった追津孝くんは、女性から硫酸をかけられて失明したとか。

 その事件について、何かご存知なら」


 だが、内海の反応は薄いものだった。


「何も知りません」


 と、笑顔を貼り付けたままに答えるのみ。

 どうやら、この男は何か知っていることがあっても、何も言おうとすまいと、社長は踏んだのだろう。

 単刀直入に切り出した。


「売主の追津おばあさんとは、お話できますか?」


 この問いかけは、内海にとって想定内のものだったようだ。


「彼女は施設暮らしですので、ご親族の方以外、面会は難しいかと。

 しかも、少々、認知症を患っておいでです。

 込み入った話は、とてもとても……」


 手を軽く振って、白い歯を見せる。

 あの物件が欲しかったら、出直して来い、と言わんばかりの態度だ。

 社長はテーブルに手を付いて、席を立つ。


「そうですか。

 とりあえず今は引き下がります。

 ですが、今度、お会いするときには、あの物件を買い取れるだけの材料を揃えておきますので、そのときには色良い返事を期待しています」


「ええ。楽しみにして待っております。

 私ども、NPO法人『ひよどり』は、この不動産会社の間近にある雑居ビルで活動しておりますので、またのご来訪の折にも、連絡をいただければ、すぐこちらに駆けつけますよ」


 売主代理人の内海は席に着いたまま、ずっと笑顔を絶やさなかった。



 私と社長は、不動産屋を出てすぐのところにある公園のベンチに座って、コンビニ弁当を開いた。

 社長は焼肉弁当で、私はミックスサンドを口にしている。


 しばらく、私たちは会話を交わさなかった。

 私は内心、少し不安になっていた。

 考えてみれば、旅行ついでに、方々の事故物件を買い漁るというのは、さすがに難しいのではないか、と考え始めたのだ。

 

「NPO法人ひよどり」の代表にして、売主代理の内海義夫さんは、じつに丁寧な態度だった。

 白のスーツ姿も清潔そうだ。

 でも、事故物件の売主の代理人として、決定的に不適切な態度であった。

 まるで物件を売る気があるようには感じられなかったのだ。

 通常、事故物件は、買い手がつかなくなって、相場よりも値段を落とさざるをえなくなっている。

 だから、安値で買い取って高く売り払い、利鞘(リザヤ)を稼ぐーーそれが事故物件転売業の仕事だ。

 それが可能なのは、事故物件の売主が、一刻も早く物件を売却したがっているーーそれが当然の前提なのだ。


 ところが、今回の事故物件では、その当然の前提が崩壊している。

 売主代理人が、何かとゴネて時間をかければかけるほど、私たち竜胆不動産のスタッフは現地から離れられなくなり、京都への旅行を続行できなくなる。

 長期逗留をすればするだけ、買取業者として不利になっていく。

 あるいは、あの内海という男は、こちらが時間をかけられないという弱みを見透かして、できるだけ物件を高値で売ろうと駆け引きを打ってきているのだろうか。

 そうだとして、果たしてそれが、売主本人の意思なのかどうかーー。


 竜胆社長は弁当を平らげたあと、缶コーヒーを口にしながら(つぶや)いた。


「じつはこの物件が事故物件になってるのは、単純に、あの内海とかいう代理人が、なかなか物件を売ろうとしないことに起因する。

 仲介不動産の人が言うには、すでに五、六件も買い取りたいという人が出てきているそうだけど、なかなか成立しない。

 売主の代理人である内海が、そのことごとくを断っているからだそうだ。

 しかも、そもそもの売主が認知症だと言うじゃないか。

 だったら、買取交渉は暗礁に乗り上げるしかない。

 でも、おかしいじゃないか。

 それなら、どうして、あの物件は売りに出されているんだ?

 相場よりも低い、事故物件値段で。

 やはり、売主本人としては売り渋るつもりがない、それなのに、あの内海とかいう代理人が、あの物件を売りたくないーーそういうことなんじゃないか?

 あの内海という男が、あの事故物件を誰の手にも渡らないようにするために、代理人を買って出た上で、ゴネてる可能性もある……」


 竜胆光太郎社長は、膝を叩いてを立ち上がる。


「どうも怪しい。

 売主のおばあさんに会いに行くぞ。

 認知症だろうと、どうだろうと、まずは会ってみなくては。

 面会が親族に限られる?

 知ったことか。

 あの内海だって血縁者じゃないんだろ?

 だったら、なんとかなるさ!」


◇◇◇


 竜胆光太郎社長の予想は的中した。


 売主の住所欄に記された老人ホームにまでワゴン車で出向くと、すぐにも売主の追津幸枝さん八十二歳と面会できたのである。


 施設の職員さんに車椅子を引いてもらい、売主に待合室にまで来てもらった。

 売主の追津幸枝さんは、白髪の丸っこい顔で、小柄なおばあさんだった。

 彼女は満面の笑みを浮かべていた。


「ああ、ついにあの家を買ってくださる人が出てきたのね。

 嬉しいわ。

 商売を長くやっておりましたので、売りにくいと聞いておりました。

 でも、内海さんがうまくやってくれて。

 え?

 今まで何度も買いたいというヒトがいたのに、その内海さんがお断りしていた?

 おかしいですわね。碌な買取手がいないって聞いてましたけど……。

 ーーええ、何人か、買い取ろうと言う人がいたことは伺っております。

 とはいえ、なんと言いますか、あまりに安いように言うので。

 でも、あなたは違うんでしょう?

 いくらで買ってくださるの?

 ーーあら。そうなの。

 それなら、十分なお値段ですわ。

 私の方から内海さんに言っておきますよ。

 私、竜胆さんにお売りしますって。

 イケメンの人だし。ふふふ。

 でも、良かったわ、買い手がついて。

 町内会長の引島さんは『売ってはダメだ』と言っていたけど、やはり他所からやって来た人にはしがらみがなくて、良いですね。

 内海さんは、二位様にも良く拝みに来てくださるし、この施設も紹介してくれて、お世話になったんですけど、なかなか信用できなくて。

 それでも東京とかの都会では、何十人も待たなきゃ、このような施設には入れないって言われたんですけど、ほんとうなんですか?」


「ええ。物凄い競争倍率だと聞いております」


 おばあさんと楽しげに会話する竜胆社長の耳元で、私は(ささや)く。


「追津幸枝さん、しっかりしていますよね?

 とても認知が入っているようにはみえないーー」


 竜胆光太郎社長は黙って(うなず)き、おばあさんとの話を進める。


「ところで、幸枝さん。

 どうして、長年住み慣れた家を売ろうと?」


 おばあさんは、丸い顔を皺でいっぱいにして、口を(すぼ)める。


「だって、今は誰も住んでいないんですもの。

 孫の孝に遺すつもりでしたけど孝にも不幸があって、とてもあんなところで住んではいけないでしょ?

 目が見えなくなったんですよ!

 だったら、あの家をお金に換えるしかないじゃないですか。

 あの子も不憫な子で。

 両親を子供の時に交通事故で亡くしておりましてね。

 ずっと私が育ててきたんです。

 でも、私の財産といえば、あの家ぐらいしかない。

 ですから売り払ってお金を作って、孝を少しでも楽にさせてやりたい」


 社長がお孫さんが失明するに至った経緯を問うと、追津幸枝さんは、遠い目をしながら、老人ならではの長い長い物語を話し始めた。


◇◇◇


 孝は昔から音楽が大好きで。

 なんでも、「ギタリストとかになって生きていけたら」とか、「東京へ出て、スタジオミュージシャンになりたい」とか言っていました。

 でも、私の脚がこんなふうになって、ほんとうに申し訳なく思ってたんですよ。

 実質、私の介護で、あの子の日々は費やされてしまって。

 ーーもっとも、本音を言えば、介護士としては、あまり役に立っていないんですけど、正直な話、私の方があの子から目が離せないんですよ。

 それも最近になって、出かけることが多くなって、孝はちょっと浮かれ気味になってたわ。

 妙にウキウキして、その結果、プレゼントまで、私に寄越すようになったんですよ。

 ハンカチセットとか、そんなのなんですけど。

「こんな可愛いの、私には似合わないよ」と言ったんですけどねえ。

 すると今度は、マーガレットの花束とかを持ってくるんです。

 そりゃあ私もオンナですから、花は大好きですよ。

 でも、気が利いていることが、かえって孝らしくないくって、ちょっと怖くなって。


(隠し事をしている?

 それとも、年頃だし、カノジョさんでも出来たのかしら?)


 とか、思い悩んだりしたものでした。

 女性の影があったのかって?

 そうなのよ、あったのよ。

 時折、玄関まで女性が、孝に付き添っていましたから。

 なんですか、パンクとかいうのですか? ソフトビジュアル?

 ーー良くわかりませんが、赤い髪をした、派手な格好で。

 ギザギザの棘がついた帯を付けて。

 肌も露わで。

 でも、孝も年頃じゃありませんか。

 紹介されたら、付き合いに反対するつもりなんか、なかった。

 あの頃は、期待と不安が入り混じった状態でした。

 でも、あの雨の日以来、不安ばかりが募るようになったんです。


 ある雨の日、傷だらけで孝が帰って来ました。

 それなのに、事情を言ってくれないんです。

 そんなことは初めてでした。

 いつも、些細なことでも、私には何でも話してくれていたのに。


 不安になった私は、孝が出かけている隙に、なんとか二階に這って昇って、部屋を漁りました。

 すると、三十万円ものお金と、パスポートが出てきたんです。

 ビックリしました。

 だって、私たちの生活は、私の年金と夫の遺族年金、そして孝の両親が残したわずかばかりの資産で維持してきたんです。

 とても、孝が自由に出来るお金にゆとりなんかなかった。

 きっと、良からぬ方法で、手に入れたお金に違いない、そう思いました。


 奇しくも、その日は四月二十五日でした。

 嫌な予感がしたんですーー。


◇◇◇


 そこまで、幸枝おばあさんが滔々(とうとう)と語ってきたのを、私が思わず、


「え?

 どうして、四月二十五日だと嫌な予感がするんですか?」


 と口を挟んで、腰を折ってしまった。

 すると幸枝さんは、今にも立ち上がらんばかりに身を乗り出す。


「だって、四月二十五日は、Dノ浦合戦で平氏が滅亡した日なんですよ!

 平家武者の霊が光となって海原(うなばら)を漂うんです。

 そんなことも知らないんですか!?」


「見たんですか?」


 と、オズオズと尋ねる私を、幸枝おばあさんは手を振って、目を怒らせる。


「まさか。見てませんよ!

 もし、そんなものを目にしていたら、私がこうして話をすることもできません。

 平家武者の魂を見た人は、必ず呪われて、死んでしまうんですから!」


 私は首を(かし)げる。


(それじゃあ、確かめようがない。

 どうして、そんな噂が事実だと信じられるんだろ?)


 そんなとき、私が内心で思っていることを察したのだろう、竜胆社長が耳打ちする。


「確認すること、それ自体が無粋なんだよ。

 この人たちにとってはね」


 それから話を続けるように、竜胆社長は、追津幸枝おばあさんを促す。

 以降、おばあさんと社長の会話となった。


「私は不安になったんです。

 よりにもよって四月二十五日ーーたしかこの日は平氏の滅亡があっただけじゃないのよ。

 孝が私にプレゼントしてくれたマーガレットは、四月二十五日の誕生花だったはず。

 花言葉は『信頼』ーー。

 ね、あまりに符号が合い過ぎでしょう?

 これはご先祖様が、私に何かを報せようとしてくださってるに違いない。

 私は『信頼』に応えるために、何かをしなければならないーーそう思いました。

 孫の孝が何か、事件に巻き込まれているんじゃないか?

 心配になって、町内会長の引島重道さんに相談したんです」


「おや。相談相手は、例のNPO法人の方ではないのですね?」


「あの内海さんたちは、最近ーー十年ほど前に、引っ越して来たばかりの人ですから。

 それまで何度も二位尼様に手を合わせているのは見かけましたが、話したことはありません。

 それでも、孫の孝が酷いことになって、途方に暮れていたときに、向こうのほうから、

『孝くんと懇意にしている者です。

 困った人をお助けするお仕事をしています』

 と言ってきて、名刺をくれて、この施設を紹介してくれて、入居するための手続きまでしてくれたんです。

 町内会長の引島さんには内緒でした。

 だって、『あの家を売るな』って、会長はうるさいですから。

『物件として残していた方が、税金の上でも得だ』

 とかなんとか言って。

 でも、孝は盲目になってしまったんですよ!?

 そして、あの家には今、誰も住んでいない。

 だったら、お金に換えるしかないじゃないですか。

 ーーとはいっても、内海さんたちはいつも白い服を着ていますからね。

 町内会長の引島さんが嫌うのもわかります。

 だから、『あの家を買いたい』と、内海さんが言ってきたこともありましたが、

『それではご近所さんとうまくいかないでしょうから、誰かほかの人に売ってください』

 とお願いしました。

『高値で買います!』

 と内海さんは食い下がってきたんですがね。

 私もそこまで彼を信用したわけじゃないんですよ。

 孫の孝と、二十歳近くも年齢が離れているのに、妙に馴れ馴れしくして、気味が悪い。

 アレは何か後ろ暗いものを持っているヒトの顔です。

 孝がギターを弾く、ライブハウスのオーナーだとか言うんですけど、どうして孝と一緒に我が家にまで足を運ぶ必要があるんですか?

 二位尼様へのお参りだって、他所者なのに参加すること自体、かえって不気味ですよ。

 そういえば、町内会長さんだけじゃなく、ほかのご近所さんたちも、あの内海さんが、夜に家の周りをウロウロしていたっていう噂だったし。

 そういったこともあって、白い服の内海さんはこの近所の仲間内になれないから、買取りはお断りしたんです。

 でも、あなたたちは普通の服装をしている。

 敵でも味方でもないから、かえって安心して、あの家を売り払うことができる」


「白い服を着ているから、内海さんは信用できない、ということですか?」


 たしかに、内海義夫という三十男は、緑のワイシャツに白のスーツ姿をしていた。

 いつも、あのような格好らしい。


「ええ。

 ここら辺では縁起の悪い色なんですよ、白色は」


「はあ」


「でも、孫の孝があんなことになったのには、町内会長の引島さんにも責任があることなんですよ。

 私はたしかにお頼みしたんですよ、孫の孝を。

 なのに、あんなことになって。

 聞いてくれます?」


 追津幸枝おばあさんは、事件についての話に、ようやく戻した。


◇◇◇


 町内会長の引島重道さんに頼んで、孫の孝の後をつけてもらいました。

 引島さんは若い頃、地元で交番勤務をしていた警官だったんです。

 ですから、こういった捜査なんてものは、お手のものだと思ったんです。

 そして、案の定、孝は悪い友達に(そそのか)されていたようでした。

 町内会長さんから電話が来て、

「今から孝くんを家に帰らせるから、倒れ込んだフリをしてくれるように」

 と言われたんです。

 もちろん、私は二つ返事で了承したわ。

 でも、帰って来た孫の孝は、ソワソワとして、一向に落ち着かない。

 心ここに在らずといった様子でした。

 それから、次の日のお昼頃だったかしら。

 ピンポンと、来訪者を告げる呼び鈴が鳴ったんです。

 孝が玄関先に出て行ったら、突然、「ぎゃああ!」といった悲鳴が聞こえてきたんです。

 孫に何かあったに違いない。

 私は体調不良のフリをやめて、必死に手すりに捕まりながら、玄関まで出ました。

 すると、孫の孝が地面で仰向けになって横たわり、顔を覆っていたんです。

 孫の顔から白い煙が出ていて、皮膚が(ただ)れるような、気持ち悪い音がしていました。

 私は身体の震えを抑えながらも、急いで携帯電話を取り出して、救急車を呼びました。

 私は良いんですよ、もう八十年以上も生き永らえてきましたから。

 でも、孫の孝はまだ二十代ーーこれからという若さです。

 それなのに、目が見えなくなってしまうなんて。

 可哀想で、可哀想で。

 犯人の女を、私は絶対に許しません。

 私が犯人を見たのは、後ろ姿だけ。

 真っ白な衣をまとい、ゴム手袋を付けて、手脚には棘が付いた鎖を巻き付けていました。

 髪も短く、赤く染められていた。

 普段とは違う格好でしたが、私には十分わかりました。

 明らかに、孫と付き合っていたカノジョさんだった!

 え?

 孝が、自分を襲った女性とは面識がないって言っていた?

 ええ、孝が警察でそう言ったのは知ってます。

 でもそれ、嘘ですよ。

 あの子は(かば)っているんですよ、犯人の女を。

 目が見えなくなったっていうのに、あの子は。

 そういう優しい子なんです。

 でも、天罰が下ったんですね。

 あの女ーー周防薫っていうオンナは亡くなったんですよね?

 海で溺れて。

 底の抜けた柄杓を、腕に巻き付けた状態で。

 それ、この施設の人から聞きました。

 ざまあみろって思いました。

 はい? 底の抜けた柄杓が、不思議ですか?

 でも、ここの地元Dノ浦で、船に乗る者の間では珍しくないことですよ。

 漁師さんたちが伝える魔除けの伝統なんですよ。

 でも、効き目がなかったみたいですね。

 あのオンナは平家の武者さんたちに、海の中へと引き摺り込まれたんですよ。

 取り憑かれたんです!

 ほーっほほほ!


◇◇◇


 追津幸枝おばあさんは、車椅子を大きく揺らしながら高笑いを始めた。

 施設の職員さんたちが待合室に飛び込んできて、私たちに帰ってもらうようお願いしてきたのは、それからすぐのことであった。


◆3


「底が抜けた柄杓が、気味が悪いって?

 あははは」


 町内会長・引島重道さんのお宅へ伺ったら、禿頭をペチン! と叩いて、またもや高らかに笑われてしまった。


 町内会長さんは、自宅では赤いチャンチャンコを羽織っていた。

 還暦の祝いでもらったものらしい。

 砂壁の色も、障子の格子も赤みがかった色をしている。

 ほんとうに赤色が好みのようだ。


 私と竜胆社長は、彼に謎解きをしてもらった。


 引島さん曰くーー。

 平氏の怨念渦巻くDノ浦では、今でも「柄杓をくれ、柄杓をくれ」という声とともに、海から武者の手が伸びてくるのだという。

 怯えて要求通りに柄杓を渡すと、その柄杓を使って船を水でいっぱいにされて、沈められてしまう。

 だから、海に出るときは、底が抜けた柄杓を手にして、怨霊に柄杓を奪われても水が汲めないように配慮するーー。

 それがDノ浦船を出す者のたしなみだというのだ。


 引島さんは、禿頭を撫でつつ、嘆息した。


「船の難破を避けるための、地元で昔から伝わる願掛けですよ。

 でもその甲斐なく、彼女は海で溺れてしまったようですな」


「なるほど」


「それにしても、追津のおばあさんと話したんですか。

 竜胆さん、あの店を買う気でいるの、ほんとうだったんですね」


「幸枝おばあさんが言うには、お孫さんの失明事件の責任が、町内会長であるあなたにもある、とおっしゃってましたが……」


「いや、ほんとうに知らなかったんだよ、あんな女が、孝くんにまとわりついていることなんか。

 無事に孝くんを家に送り返したのに、まさかこんなことになるなんて……」


 引島さんは淡々とした口調で、当時の状況を話してくれた。


◇◇◇


 激しい雨の日の翌日、追津のおばあさんから、私は相談を受けた。

 孫の孝が傷だらけで帰って来て、事情を言わない。

 孫の部屋を漁ると、三十万円ものお金と、パスポートが出てきた。

 何か、事件に巻き込まれているんじゃないか?

 心配になったので、確かめて欲しい、と。

 私はここら辺の所轄の刑事でしたからね。

 引退後もこうして、何かと頼られるのです。

 特に追津の家とは長い付き合いですからね。

 で、その日の夜ーー。

 さっそく孝くんが漕ぐ自転車を尾行して、街中にある雑居ビルにまでやって来た。

 そのビルの地下にはライブハウスがあってね。

 孝くんに限らず、バンドをやる地元の者は、たいがいこの店から始めるっていう評判だった。

 案の定、孝くんはそのライブハウスの入口近くで、集団に取り囲まれていた。

 遠目で眺めていたら、孝くんがチンピラにカモられているようにしか見えない。

 何かを無理矢理、同意させられているようだった。


「ちょっと、トイレ……」


 と、孝くんは口にして、連中の輪から脱け出てきた。

 ライブハウスが開けば中にトイレがあるが、閉鎖中は、一階に上がらなければトイレはない。

 だから孝くんが階段を昇って一階に来たんだ。

 そこで、私は彼を捕まえた。

 驚いた様子の孝くんに、私は「帰ろう」と呼びかけたんだ。

 ちなみに、私は町内会長として、近所の中高生の補導に協力したことがある。

 その時にも、孝くんを補導したことがあった。

 もう、五、六年以上も前のことだったか。

 当時のことを思い出したのか、孝も顔を赤くしていたな。


「また、補導ですか。

 でも、もう中高生じゃないんだし、心配しないで良いですよ」


 と孝くんが言うから、私は語気を強めて言った。


「ばあちゃんを困らせるな」と。


 すると、バツが悪そうな顔をして、孝くんは縮こまった。


「でも、熊野先輩が……」


 と、口にして。

「熊野先輩」とは、孝くんにとってのバンドの先輩、熊野響(くまのひびき)、二十七歳のことだ。

 緑色のトサカ頭をしており、頬に星型のペイントをしている。

 かなり古くなったパンクファッションをしたフリーターで、いつも街中をフラフラしている。

 町内会長としての立場から言えば「チンピラ」でしかない。

 私は咄嗟に機転を効かせた。


「追津のばあさんが倒れたんだ。

 急いで帰りなさい。

 その熊野くんとやらには、私から上手く言っておくから、君が連絡する必要はない。

 どうせ、断れるほど、君の立場は強くないんだろう?」


「……」


 孝くんは息を呑み、お辞儀をしてから、すぐに駆け走っていった。

 その後ろ姿を見て、私は追津幸枝ばあさんに電話したんだ。


「あなたが倒れたことにして、お孫さんをそちらに走らせた。

 だから、倒れたフリをしておいてくれ」


 といった内容を伝えたんだ。

 もちろん、追津のばあさんは了承していたよ。

 それからしばらく、私は居残って、孝くんを待っている連中の様子を物陰から窺っていると、黒塗りの車が滑り込んできた。

 見るからに反社風体の男たちが三人ほど、車から出てきた。

 どうやら孝くんがいないことで、揉めているようだった。


「じゃあ、おまえらが来い。

 おまえらをカンボジアに連れて行く。

 あそこでは特殊詐欺とか、臓器移植とか、手っ取り早く稼げる方法はいくらでもある」


 そういったセリフが聴こえてきた。

「熊野先輩」は、緑色のトサカ頭を激しく振って叫んでいたな。


「約束が違う! どうして俺たちがーー!」と。


 でも、よほど黒服の連中が怖いのだろう。

 他のバンドメンバーは這いつくばるばかりだった。


「助けてください!

 俺たちはーー」


「お願いします!」


 などと、口々に言い募っていたが、問答無用で、黒塗りの車に押し込められていた。

 どうやらバンドのチンピラ連中は、孝くんと仲良くしていたが、それもこうした反社組織からの誘いを受けさせるためで、孝くんを犯罪組織に使わせる代わりに、自分たちはお金だけせしめて、楽しくやっていこう、と思っていたようだ。

 が、あの若い奴らはまるでわかっていない。

 あのような反社の連中に良いように使われると、骨までしゃぶられるってことを。

 アイツらが孝くんを黒服に差し出したところで、結局は特殊詐欺に加担させられたり、内臓を抜き取られたりしていたことだろう。

 せめて、孝くんだけでも、その魔手から逃れられて良かった、と胸を撫で下ろす思いだった。

 こうして私はその場から立ち去ったのだが、まさか、「熊野先輩」のカノジョが、カレシを外国に持って行かれた腹いせとばかりに、孝くんに硫酸をぶっかけるとは、思いもしていなかったーー。


◇◇◇


 町内会長の引島重道さんは、禿頭をつるりと撫でながら、しみじみとした様子で語る。


「追津孝くんについては、私が助けて当然なんです。

 彼については、生まれた頃から知っている。

 私にとっても、孫みたいなものでね。

 それなのに、孝くん、おかしなオンナのせいで失明してしまった。

 私が彼の安全を請け負ったはずなのに、どうしてくれる、と追津のばあさんはカンカンになってしまって。

 私もまさか、孝くんがこんなことになるとは、思いもしなかった。

 怪しげな筋者の罠から解放できて、良かったと思っていたら、コレですよ。

 でも、追津のばあさんも、もう少し、聞く耳があっても良いのにと思いますがね。

 私の家、引島家は孝くんやばあさんの追津家とは親類関係にあります。

 ばあさんの旦那さんとも、家族ぐるみで長年、親しくしてきた。

 だって、あの駄菓子屋の前には、二位尼様と(ミカド)の像があるんですから。

 知っていますか、あの尊い銅像は、およそ800年前からあるんですよ。

 ヘタな観光資源にされて他所者で溢れてもらいたくはないから、県にもお国にも黙っているんですがね。

 あの銅像は、我らDノ浦町の古株にとっては、大真面目に信仰の対象なんです」


 私と竜胆社長は、二人一緒に(うなず)いて、同意を示した。


「小さなお子さんからお年寄りまで、ほんとに皆さんで拝んでいましたよね?」


「正直、ビックリしました」


 私たちが感心しているのに気を良くしたのか、引島町内会長は居住まいを正す。


「ここら辺の者は皆、平家の怨念を身近に感じて生活していますからね。

 安徳帝をお抱えなさった二位尼様は、Dノ浦での敗戦以降、辛酸を舐めた平氏側の女官たちの象徴なのです。

 二位尼様は姿をくらませましたが、たいていの平家方の女官は、海に飛び込んだものの、熊手で髪を引っ張られ、自害することもかなわなかった。

 建礼門院(けんれいもんいん)こと、安徳帝の実母である平徳子様も、そんな女官の一人でした。

 二位尼様から『一門の菩提を弔うために生き延びよ』と命ぜられたにも関わらず、無視して、彼女は入水したんです。

 それでも、源氏の田舎武者が、彼女の御髪に熊手をひっかけて引き上げてしまった。

 結局、彼女は京へ送還されて出家なさいました。

 が、彼女とは違って、名もない女官のたいがいは、当地で生き残ったのです。

 その後、当地に残った平家方女官衆は、安徳帝と平家一門の菩提を弔うことが習慣となりました。

 とはいえ、いきなり縁故もない、京都から遠く離れた田舎に取り残されたのです。

 生活の糧を得るため、仕方なく遊女に身をやつした女官も少なからずいました。

 この地の遊廓で囲われた遊女は、そうした女官を祖としているという誇りを持っていたのです。

 ちなみに私は早鞆(はやとも)の瀬戸で、一本釣りをする漁師の一族でした。

 漁師に身をやつしましたが、本来は平家武者の末裔です。

 我が引島家の者は、その誇りを連綿と受け継いで来ました。

 いつかは平氏ゆかりのお家、あるいは皇室に、貢献させていただこうと思っていました。

 おかげで維新の際には、祖父の祖父が山縣有朋率いる部隊に協力させていただきましたし、私の祖父は、第二次世界大戦の折、瀬戸内の島で兵器開発に従事したものです……」


 老人の一族誇りが語られ始めたら、止まるところを知らなくなる。

 歴史好きの藤野亨ならいざ知らず、私と竜胆社長では、町内会長さんのお話を受け止め切れない。

 竜胆社長は、話題を変えた。


「内海さんが主催している『NPO法人ひよどり』については、どのように思っておられますか?」と。


 すると、引島町内会長は腕を組み、眉間に皺を寄せた。


「孝くんたちが集まるあのライブハウス、あれを経営しているのは、内海さんところの『ひよどりグループ』です。

 内海さんたちは、十年ほど前に東からやって来て、地元民である私たちに馴染もうと、二位尼様の像を参拝する仲間にすらなってくれました。

 ですが、どうにも胡散臭い。

 事実、あのライブハウスを地下に持つ雑居ビルのオーナーは、反社組織の幹部ではないか、と言われてますからね。

 それに、あの者どもは、白い服を着るのを止めようとしない」


 私と竜胆社長は、思わず固唾を呑む。

 どうしてそこまで、赤や白にこだわるのか。

 ほんとうは聞き出したかったが、とても聞ける雰囲気ではなかった。


 町内会長の引島重道は、眉間の皺を深くするばかりだった。


「孝くんが失明したアクシデントのせいで、追津家の退去手続きは私ではなく、内海が行うことになった。

 が、内海の方でも、私の立場に気兼ねしてくれてね。

 いちいち、追津家の者について、事後報告を入れてくれるようになった。

 追津のばあさんの施設は、全国規模で経営する施設だから、了承した。

 孫の孝くんの障害者施設への入所については、私が手配した。

 そもそもあの怪しげなバンド仲間は、NPO法人のひよどりグループの連中の手引きで知り合った者たちだから、どうにも信用できない。

 ほんとうを言えば、追津ばあさんの施設も私が紹介したかったが、順番待ちがいっぱいだったので、仕方なく……」



 ひとくさり、町内会長さんは私たちに語って聞かせた。

 だけどこれ以上、ご当地問題に深入りするわけにもいかず、私たちは町内会長さんのお宅から辞去した。

 その折、竜胆光太郎社長は、大きく伸びをしてから言った。


「ようやく、あの事故物件の来歴ってものが、わかった気がする。

 さて、事故原因の本命たる、孝くん本人に会って、じっくり話を聞こうじゃないか」


 竜胆社長は髪を掻き上げ、晴れやかな笑顔を見せていた。


◆4


 その日の午後ーー。


 私、神原沙月と竜胆光太郎社長は、藤野亨が運転するワゴン車に乗って、海を見渡せるM公園で降りていた。

 町内会長の引島重道さんのお宅を去ったあと、すぐに追津孝くんが在籍している障害者施設に向かったのだが、空振りだった。

 孝くんはリハビリ中で、M公園にまで散歩に出ているらしい。

 ということで、私たちも後を追うことにしたのだ。


 M公園には、石畳の上に船の形をした「Dの浦古戦場址」の碑がある。

 そのすぐ近くで、Dノ浦を見渡せる場所に、私たち竜胆不動産のメンバーは立った。


 額に(ひさし)を作って、海峡の向こう岸に目を向ける。

 対岸の北九州門司まで、およそ2キロ。

 何棟かあるビルの窓の数がバッチリ数えられる。

 それほど、すぐ近くに感じられた。


 さらに振り返って、Dノ浦の俯瞰図を頭に思い浮かべる。

 海峡だというのに、四方は山々に囲まれていた。

 丸みを帯びた稜線が幾重にも重なり合って、Dノ浦を取り巻いている姿が見られる。


 ここで、藤野亨先輩が両手を広げて、蘊蓄を開陳した。


「ここDノ浦で戦う一年ほど前、平氏はすでに一谷(いちのたに)の合戦で敗れ、壊滅的な打撃を受けていました。

 平重衡(しげひら)は捕縛され、平通盛(みちもり)忠度(ただのり)経俊(つねとし)といった多くの平家の武将の首が、八条河原で獄門にかけられていたんです。

 それでも、源氏が水軍を持たなかったから、平氏はかろうじて西へと逃れることができました。

 ところが、ついに摂津の渡辺水軍や伊予の河野水軍、さらには紀伊の熊野水軍をも、源氏が味方に引き入れてしまいました。

 誰もが勝ち馬に乗ろうとするのは、世の常ってやつですね。

 そして、ここ、平知盛の所領地である引島(現在の彦島)近くのDノ浦で海戦となった。

 源頼朝の弟・義経が率いる源氏水軍は830艘。

 一方、平清盛の息子・宗盛と知盛が掻き集めた平氏水軍は500艘。

 数は劣勢であったものの、地の利は平氏水軍にあった。

 関門海峡は狭く、流れの変化が激しい。

 一日に四度も潮目が変わる。

 そうした特徴を、平氏水軍は完全に掴んでいたのです。

 それゆえ、当初、潮に流れに乗って、海戦に不慣れな源氏軍を圧倒しました。

 ですが、一谷合戦で驚異の鵯越(ひよどりごえ)を敢行した源義経は、タダではやられません。

 即座に、禁じ手に出ました。

 船の漕ぎ手を射るように命じたんです。

 当時の戦の作法では、船の漕ぎ手は非戦闘員ゆえ、攻撃しないものとされていました。

 ところが、義経はこの慣例を破ったんです。

 水手(すいしゅ)梶取(かじとり)を狙い撃ちにして、平氏の機動力を奪ったのです。

 そのため、平氏軍は一気に劣勢に転じてしまいました。

 さらに潮の流れが変わって、攻守所を変えて源氏水軍の猛攻が始まり、平氏水軍はDノ浦まで押し切られてしまいます。

 敗戦を悟った平氏の人たちは、次々と海に身を投げ始めました。

 ついには、大将である平知盛が、御船に乗り移り、


『世のなかは、今はかうと見えて候。

 見苦しからん物共、みな海へいれさせ給へ』


 ーー『世の中は、今はこれまでと見える。

 見苦しいような物などを、みんな海へお投げ入れくだされ』


 と叫びながら船の中を走り回り、掃除をし始めました。

 これを見て覚悟を決めた二位尼は三種の神器と共に、孫の安徳天皇を抱えて入水しました。

 海に飛び込む際、二位尼が、わずか八歳の安徳天皇に、


(なみ)の下にも都のさぶらふぞ』


 ーー『波の下にも都がございますよ』


 と語って慰めたと伝えられます。

 涙を誘うじゃありませんか。

 ちなみに、二位尼と安徳天皇、そして平家一門の慰霊をするために建てられた赤間神宮では、白い服や白い車でお参りしてはいけないそうで。

 源氏は白旗、平氏は赤旗だということで、白色は源氏を表すゆえに祟られる、といわれているんです。

 噂によれば、カモメまでが白い姿をしているので、ここらでは平家の呪いで殺されて海に浮かんでしまうとのこと。

 あと、平家武者の祟りから何百年も後に派生した話として『耳なし芳一』の話が有名でーー」


 そこまで話した段階で、近くでギターを爪弾く音が聴こえてきた。

 公園の石碑近くで、人だかりができていた。


 観光客のお姉さん方が、はしゃぐ声が聞こえてくる。


「ね、こっち、こっち!

 ギターを弾いてる人、目が見えないみたいよ。

 サングラスして、白い杖を横に置いてるもの」


「マジで『耳なし芳一』じゃね!?

 怖いぐらい出来すぎてない?」


 彼女らが駆け寄せる向こうで、事故物件の元住人・追津孝がギター演奏をしていたのだった。


◇◇◇


 ほっそりとした痩せ顔の青年、追津孝と話すことに、私たちは成功した。


 ベンチに腰掛ける孝くんは、クラッシックギターを膝に置いて、


「気軽にしてください。

 あの家を売りたいとばあちゃんが言うなら、僕は従うまでです。

 聞きたいことがあるなら、何なりと言ってください」


 と微笑む。

 目が見えないはずなのに、私と社長がベンチ前で屈んだ姿勢であることがわかっているみたいだった。

 声がする位置から想像できるらしい。

 そして、竜胆社長までが、相手が盲目の人であるのを遠慮してか、何から話せば良いのか、思いあぐねており、そのことも十分、伝わってしまっているようだった。


「ああ、そんなに気を遣っていただかなくても。

 正直、目が見えなくなっても、それほど絶望してはいないんですよ。

 かえってギター演奏に集中できるようになった、というか。

 国や県の福祉政策のおかげで、今の僕は生活の心配から解放されました。

 それに、健常者だった頃の方が心理的にはキツかったんですよ。

『若い健康なオトコが、このままばあちゃんの世話で貴重な時間を擦り潰してしまうのか』と思う方が、軽く絶望感がありましたから。

 こうして、目が見えなくなってしまうと、かえってスッキリしたというか。

 ほんと、僕にギターが残されていて良かった。

 音楽が好きで良かった。

 機会と時間が許せば、これからはギターのほかにも、ピアノとかフルートとか、様々な楽器を演奏できるようになりたいですね。

 ああ、それこそ『耳なし芳一』のように琵琶法師になるというのも素敵ですね。

 赤間神宮サンが雇ってくれるかも」


 ははは、と追津孝くんは軽やかに笑う。

 両目とも失明するという悲劇に見舞われた人とは、とても思えない明るさだった。


 ちなみに、彼、追津孝は、実家がおばあさんによって売りに出されていることを、私たちが報せるまでは、知らなかった。


 幸枝おばあさんが、あなたに少しでも資産を残したいから、物件を現金化しようとしている、といった旨のことを、伝えておいた。

 すると、孝くんは悲しそうな顔をした。


「ばあちゃんの世話で、思うように働けなかったというのも事実です。

 が、僕も『ばあちゃんの介護』という口実で、好きな音楽をダラダラと続けてこられた、というのも事実なんで。

 ミュージシャンで食える人なんて、ほんの一握りしかいないのに、つい夢を捨て切れなくて。

 でも、ここ最近、運が向いてきていたんですよ。

 憧れのバンドマンに褒められ、ライブハウスで、何度か先輩たちと合同セッションもできた。

 挙句、地元のバンドリーダーの熊野響先輩から、バンドに入るよう勧誘されたんです。

 嬉しくて、お誘いを断り切れず、それでいて入団の決心がつかず、のらりくらりしていました。

 さらに、僕の家には地下室があるんですが、それを貸してくれたら、『月額でお金を支払う』と、ライブハウスのオーナーさんが言ってくれたんです。

 ツイてる、と思いました。

 おかげで、ばあちゃんの年金と合わせると、バイトで働かなくても、生活できるようになったんですから。

 嬉しくなって、ばあちゃんにプレゼントを贈りました。

 ハンカチセットとか、マーガレットの花束とか。

『要らないよ』と言いながらも、ばあちゃんも満更でもない様子でした。

 それから僕専用の銀行口座を作って、ライブハウスのオーナーからもらった家賃を貯めて、そのほか、数十万程度の現金も自室に常備しておきました。

 いつばあちゃんが倒れてお金が必要になるか、わかりませんでしたからね。

 え? ばあちゃんに地下室を貸した話はしたかって?

 もちろん、してませんよ。

 だって、家に地下室があるのは『追津家代々の秘密だ』ってばあちゃんが言ってたのに、僕はバンドの先輩や、ライブハウスのオーナーに話しちゃいましたから。

 でも、そうした話をしなきゃ、月々の家賃は手に入らなかったんですから、仕方ありません。

 ばあちゃんは自分の年金だけで生活するしかないと思ってましたが、それだけじゃ、今現在の生活も厳しかったですから。

 え?

 パスポートがどうしてあったのか?

 あれ、どうしてパスポート申請したの、知ってるんですか?

 ああ、ばあちゃんが見つけたって言ってたんですか。

 え? マジで?

 ばあちゃん、僕の部屋に勝手に入って調べたんだ。

 どうやって二階にあがったんだろう?

 ーーああ、パスポートがあったのは、バンドの熊野先輩から、取るようにキツく言われたからです。

 海外で音楽活動するかもって言うから。

 僕は話半分で聞き流しつつも、いずれ海外旅行ぐらいは行ってみたいな、と思っていたから、パスポートを取ってみたんですよ。

 十年コースで。

 そしたら、熊野先輩が緑色のトサカ頭を上下に振りながら、突然、言うんですよ。

『タイのバンドフェスタに呼ばれてるんだ。タカシも一緒に来いよ!』って。

 正直、ビックリして。

 だって、僕は外国へ行くのは無理ですから。

 ばあちゃんの介護があるんで。

 そう言って断ったら、熊野先輩だけじゃなく、ほかのバンドメンバーまでもが顔を真っ赤にして怒り出しちゃって。

『ざけんなよ! メジャーデビューの夢はどうなる!?』とかなんとか。

 そんなふうに怒鳴られて、思い切り殴られたり、蹴られたりしました。

『とにかく航空券は買ってあるんだから、おまえも連れて行くぞ!』

 熊野先輩から、そう言い捨てられました。

 土砂降りの夜でした。

 傷だらけになりながら、その夜は、泣きたい気分で帰ったものでした。

 でも、こんなこと、ばあちゃんには相談できない。

 数日後、いろいろと心配して声をかけてくるばあちゃんを振り切って、僕は意を決して、海外渡航については断りに行ったんです。

 けど、先輩たちは聞く耳を持たない。

『ちょっと、トイレ……』

 と言って、逃げてしまいました。

 いったん距離を取るための口実で、ほんとうにもよおしたわけではなかった。

 とにかく、トイレがある一階に逃げたんです。

 すると、階段を昇ったところに、驚いたことに、町内会長さんがいたんです。

 しかも、『帰ろう』と、町内会長の引島さんから、声をかけられました。

 じつは町内会長さんからは、中高生のとき、何度もとっ捕まって補導されたことがありました。

 当時のことを思い出して、ちょっと恥ずかしかったですね。

 そんな僕の心情を察してくれたのか、引島さんが言うんですよ。

『追津のおばあさんが倒れたんだ。

 急いで帰りなさい。

 その熊野くんとやらには、私からうまく言っておくから、君が連絡する必要はない。

 どうせ、断れるほど、君の立場は強くないんだろう?』って。

 僕は何も言い返せませんでしたね。

 だから、すぐに家に向かって、駆け走りました。

 でも、やっぱり逃げるように帰っても、一向に落ち着きませんでした。

 やはり先輩の求めに応じるべきだったかも、と悔やむ心もありましたからね。

 心ここに在らずといった感じになってました。

 そして翌日の昼頃、ピンポンと、来訪者を告げる呼び鈴が鳴ったんです。

 玄関に出て行ったら、見知った女性が立っていました。

 白い衣をまとい、ゴム手袋をはめた、周防薫さんでした。

『あんたのせいで、ヒビキが連れて行かれちゃったじゃない!?

 腎臓や目玉を(えぐ)られたら、あんたのせいだからね!』

 甲高い声でそのように叫ぶと、顔に液体をぶっかけられました。

 今思うと、あれが硫酸だったのですね。

 両手で顔を覆ったけど、遅かった。

 皮膚が爛れる音はするし、ばあちゃんが救急車を呼ぶ声も聴こえていました。

 般若のごとき形相で、保護眼鏡とマスク越しに睨み付ける、赤髪女性の顔ーーそれが最期に僕が見た映像だった。

 え?

 彼女は僕が付き合っていた女性だったのか、ですって?

 あははは。

 違いますよ。

 彼女ーー周防薫さんは、熊野響先輩のカノジョさんです。

 パンクバンドの追っかけをやってますけど、普段は化粧品製造工場で勤務している真面目な(ヒト)です。

 そんなカオルさんに僕は恨まれて、硫酸をぶっかけられたってわけです。

 で、失明ーー。

 ほんと、バカみたいですよね。

 でも、彼女ーーカオルさんに、こんなことをされるとは思いもしなかった。

 カレシの熊野先輩の影響で、いつもは革製の胸当てと短パンといったルックスで、腕や脚に棘の付いたバンドを巻いた、派手な格好をしてますが、優しい人だったんです。

 もちろん、赤い髪も毎日、カラーリングしているわけじゃなくて。

 はあ……。

 あの、鬼のようになった彼女の顔が、瞼に焼き付いて離れません。

 保護眼鏡とマスクをしてたっていうのに、なぜか彼女の素顔が思い描かれて……。

 最期の映像がアレだなんて、最悪です。

 でも、僕が悪いんですよね。

 熊野先輩のデビューを台無しにしたのは、僕なんだからーー」


 長い長い独り語りがようやく止んで、ペットボトルの水を飲んで、一息入れる。

 そこへ私が問いかけた。


「その周防薫さん、お亡くなりになったのは、ご存知ですか?」


 孝くんは全身をピクリと跳ね起きるようにして、


「え! マジ!?

 亡くなったんですか!?」


 と声を裏返した。

 私は(うなず)いて、話を続けた。


「ええ。しかも奇妙なことに、柄杓を腕に巻き付けていたそうなんですよ。

 それも、底が抜けた柄杓を。

 町内会長さんによると、ここDノ浦の漁師がする伝統的な願掛けだそうで」


「……」


 孝くんの表情が変わった。

 ここで私は追い込みをかける。


「何か知ってるんですか?

 なんでも、平家武者に海底へ引き摺り込まれた、とか」などと。


 だけど、盲目のギタリストは、言葉を濁すばかりになった。


「いや、別に……。

 でも、あなたたちも気を付けた方が良いですよ。

 平家武者の祟りを。

 ーーそれじゃあ、僕は施設へ帰る時間だから……」


 こうして、尻切れトンボのような形で、事故物件の住人との会話は終了してしまった。


 ◇◇◇


 M公園から、駐車場に停めたワゴン車へと帰る道すがらーー。


「あれは、何か勘付いた表情をしていましたね」


 と、私が話しかけたが、社長は拳を握り締めて断言した。


「それより、奇妙なことを言ってなかったか?

 ライブハウスのオーナーに、自宅の地下室を貸したって。

 あの物件に、地下室なんか、あったか?

 二階に行く階段はあったが、下に降りる階段はなかった。

 また隠し部屋か?

 ーーったく、違法建築のオンパレードだな。

 もう一度、物件の内見が必要なようだが、とりあえず、代理人と会おうか。

 一気に片をつけてやる!」


◆5


 夕焼けで空が(あか)く染まる(とき)ーー。


 私たちは赤間神宮にやって来た。

 コンクリの鳥居を潜り、石段を見上げると、真っ赤な水天門が見える。


 藤野亨先輩が、黒ジャケットの襟元を正しながら解説する。


「平家一門がDノ浦に滅亡してから六年後、彼らの御霊を慰めるために、まず『阿弥陀寺』が創建されました。

 そしてこれが明治になって、神道を重んじる廃仏毀釈運動によって安徳天皇を祭神とする天皇社ができ、次いでその社が改称され『赤間神宮』となったのです。

 あの水天門のデザインは、竜宮城をイメージしたもの。

 安徳天皇を抱えて入水する際、二位尼が、

(なみ)の下にも都のさぶらふぞ』

 ーー波の下にも都がございますよ、と言った、その言葉に由来します」


 藤野先輩の説明を聞き流しながら、私と社長は階段をあがり、大きな絵馬を横目に、水天門を潜る。

 奥には大安殿があり、その手前には赤い手すりの石段が、そして両脇には狛犬が鎮座していた。

 それから左手、境内の西側の奥まったところに進み、供養塔が並ぶ先の角を曲がる。 

 すると「平家一門の墓」と書かれた石碑が立っている場所に至る。

 鬱蒼とした樹々に囲まれて、十四基の板碑が二列に配されていた。


 茶色のキャップをかぶり直して、再び藤野亨は語り始める。


「碑面には平清盛、平資盛、平知盛などの文字が読み取れます。

 ここは、彼らの名前に『盛』の字が多いことから、俗に『七盛塚』と呼ばれているそうです。

 もっとも、十四名全員がDノ浦で亡くなっているのではありません。

 清経は豊前で自害、忠房・忠光・盛嗣などはDノ浦合戦後に刑死となっています。

 それでも、江戸時代になって、各地バラバラに散らばっていた平家一門の墓を集めて供養することになりました。

 それには理由があります。

 天明年間(1781ー1789)に、関門海峡が連日荒れ狂い、船の行き来ができなくなって、水死体までが岸辺に乗り上げる事態になりました。

 真夜中になると、海上を無数の火の玉が飛び交い、ついには平家の武者や女官の亡霊までがさまようさまが目撃されたそうです。

 これを平家の祟りと考えた地元の人々によって、平家一門の墓が集められたわけです。

 実際、京の方角に向けて供養したところ、暴風雨は収まったとのことです」


「ほんとですか?」


 思わず問い返す私の顔を見て、藤野亨先輩は目を細める。


「さあ。

 もちろん、私はそんな昔の時代に生きてはいませんので、事実かどうかはわかりません。

 が、ここら辺の人たちは、そういった伝説を歴史事実として信じている、そういう人も多い、ということです」


 そのまま私たちは、平家の墓の北に向けて歩を進める。

 すると、琵琶を抱えて、どっしりと座した風情の「耳なし芳一」の木彫の像に行き当たる。


 しげしげと像を眺める私と竜胆社長に向かって、再び藤野亨は童顔を輝かせて、朗々と語る。


「『耳なし芳一』という昔話をご存知でしょう?

 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の名著『怪談』の巻頭を飾っているエピソードです。

 この赤間神宮が、まだ阿弥陀寺であった頃、盲目の琵琶の名手、芳一がいました。

 ある夜、武者が現れ、『貴人の前で琵琶を奏して『平家物語』を披露せよ』という。

 芳一は請われるままに弾き語り、それが毎夜続いた。

 怪しんだ寺の者が後を追うと、芳一は平家の墓の前で琵琶を弾き語っていた。

 芳一を呼び出していた武士は、Dノ浦に沈んだ平家の亡霊だったのだ。

 驚いた住職は、一計を案じた。

 芳一の全身にビッシリ経文を書き、

『武者に呼ばれても、返事をするな』

 と命じたのです。

 やがて夜が更け、平家武者の霊が現れた。

 が、芳一が無言でいるうえに、経文の力もあって、芳一の姿が亡霊には見えなかった。

 それでも、亡霊からは、芳一の両耳だけ見えたーー」


 ここで竜胆光太郎社長が声色を変えて、藤野先輩の「語り」に乱入する。

 頭の中にある、驚異的な記憶の引出しの中から、小泉八雲の『怪談』から翻訳された日本語のセリフーー平家武者の亡霊のセリフーーを、そのまま引っ張り出してきたのだ。


「『ここに琵琶がある、だが、琵琶師と云っては――ただその耳が二つあるばかりだ!……道理で返事をしないはずだ、返事をする口がないのだ――両耳の外、琵琶師の身体は何も残っていない……よし殿様へこの耳を持って行こう――出来る限り殿様の仰せられた通りにした証拠に……』

 その瞬時に芳一は鉄のような指で両耳を掴まれ、引きちぎられたのを感じた!」と。


 藤野先輩は、竜胆社長のアシストを受けて、話を終わらせた。


「結局、翌朝になって、耳をちぎられて気絶している芳一を見て、住職は経文を耳に書き忘れたことに気づいたのであった。

 ーーというのが、『耳なし芳一』という怪談のあらすじです。

 ちなみに、芳一が鬼火に囲まれて琵琶を掻き鳴らしていたのは、すぐ間近にある七盛塚(ななもりづか)であったとされています」


 そこまで話した段階で、待ち合わせ場所に、「NPO法人ひよどり」の代表で、事故物件の売主代理人である、内海義夫がやって来た。

 夕方になっても同じ緑のワイシャツに白のスーツ姿だ。

 口角は上がっているものの、相変わらず、目が笑っていない。


 対する竜胆光太郎社長は目を細めつつ、開口一番、


「いやあ、追津のおばあさんも、そのお孫さんの孝くんも、そして町内会長の引島重道さんも、皆、(こころよ)く知っていることをお話くださいました。

 嘘をついたのは、あなた、内海さんくらいです」


 と断言して、カラカラと笑った。


「私は嘘などはーー」


 と顔色ひとつ変えない内海に、竜胆社長は弁明する隙を与えまいと喋りまくった。


「だって、追津幸枝さんは認知症じゃありませんでしたよ!?

 施設の人に聞いても、介護度はそれなりでしたが、認知認定はされていませんでした。

 僕らが売主に直接交渉するのを避けるために嘘をつきましたね。

 それに、追津孝くんが喰らった傷害事件についても、あなたは『何も知らない』と言ってましたよね?

 まあ、たしかに、こんな事態に展開するとは思いもしなかった、というのは事実でしょう。

 そりゃあ、いきなり追津孝くんが遭遇した事件を聞かされたら、まるで『耳なし芳一』のお話のようだと、誰もが思うでしょうし。

 もっとも、彼が持っていかれたのは耳ではなく、目でしたが。

 それで結果として、孝くんは芳一のように盲目になってしまいました。

 硫酸をぶっかけられたからです。

 孝くんを強引に海外へと連れて出ようとしたバンドミュージシャンの熊野響と、そのカノジョである周防薫によって、追津孝くんは盲目のミュージシャンとなってしまいました。

 孝くんが失明してしまったという事件を知って、さぞ君たちは慌てたことでしょうね。

 特殊詐欺を企画したり、臓器売買をするような連中と繋がりがあると露見するのは、正義の味方であるはずのNPO法人『ひよどり』の代表としては困り出しますからね。

 で、どうしたの、彼女ーー周防薫さんは?

 孝くんによれば、髪は赤く染めていて、革製の胸当てと短パン姿だったっていうんですけど、もう処分しちゃった?」


「そんな……処分だなんて。

 私どもは困っている人たちを助けるために、いろいろと仲介しているだけでーー」


「そうでしょうねえ。

 ちなみに、『困っている人たち』という中には、臓器売買を手掛けるような連中もいるんでしょ?

 で、ほんとのところ、どうしたんです?

 周防薫さんを捕まえて、怖いお兄さんたちに身柄を引き渡しでもしましたか?

 だったら、さすがに可哀想でしたよね。

 彼女にも、親御さんや、ご家族がいただろうに。

 底なしの柄杓を腕に巻かれて、荒海の中へと放り出されて溺れ死んだんですから……」


「違う!

 あなたの推測は間違ってる。

 彼女を引き渡した先はーー」


「いえいえ、勘違いなさらないでくださいよ、内海さん。

 すべてを白状する必要はございません。

 物件を買い取りたい私どもといたしましては、あなたたち『NPO法人ひよどり』の意向をぜひとも曲げていただき、あの事故物件を私どもに売り払っていただきたいだけなんですから。

 聞きましたよ、孝くんから。

 あの物件にある地下室を借りていたそうですよね?

 毎月の家賃を払うことまでして。

 で、私どもはいまだその地下室を発見しておりませんが、もし見つけたら、さぞ、あなたたちに不都合なモノが出てくるんでしょうねえ。

 特殊詐欺グループや、臓器売買業者への仲介までしているあなたたちのこと。

 どんな悪どいことをしていることやら。

 私としては、警察に一報を入れても構わないんですよ。

 事故物件にさらなる事故が重なって、より安く買い叩けるわけですから」


 内海義夫は降参とばかりに、両手を挙げた。

 口元には優しそうな微笑みがあった。でも目の奥には冷たい光が滲んでいた。


「わかった。

 あなたの言い値で売ろう」


 竜胆社長は、馬鹿丁寧にお辞儀をする。


「ありがとうございます。

 でも、そう気落ちする必要はありませんよ。

 だって、私は事故物件転売業者なんですから。

 リフォームを施したあの家をどうしても手に入れたかったら、購入後の私から高値で買い取ってくだされば良いだけなのですから。

 そうしていただければ、売主の追津家のおばあさんとお孫さん、そして私、竜胆光太郎も潤います。

 そして、内海義夫さん。

 あなたの手元には、あの駄菓子屋物件が手に入るのですから」


 得々と語る社長を睨みつけながら、内海義夫は唇を咬んでいた。

 いつの間にか、貼り付いていた笑顔が、見事に剥がれていたのである。


◇◇◇


 その夜、Dノ浦町の街中で、私たちはビジホ泊をした。

 そして翌朝、宿泊先のホテルの朝食ビュッフェにてーー。


「もうDノ浦から、おさらばですか?」


 と、サンドイッチを摘みながら私、神原沙月が尋ねると、竜胆光太郎社長は、昨晩までの上機嫌が一気に(しぼ)んでしまったようで、


「そのつもりだったんだけど……」


 と、言葉を濁す。


 朝になって、竜胆社長がビュッフェを食べに食堂へ向かうため、部屋のドアを開けたとき、異変に気付いた。

 床に一枚の紙切れが落ちていたのだ。


『二位尼様と(ミカド)のお顔は、京を見ていなければならない』


 といっ文言だけ、走り書きされたものだった。

 その紙切れをテーブルの上に置く。

 私と藤野先輩は、ソーセージを喰らいながら覗き込む。


「なんですか、これ?

 誰が社長の部屋に忍ばせたんでしょうか?」


「とりあえず、二位尼像を拝みに、例の事故物件にやって来い、ということですかね?」


 若いスタッフが疑問を口にするのを聞きながら、青年社長は肩をすくめた。


◇◇◇


 たしかに、二位尼の銅像の向きは、Dノ浦、つまりは九州方面へと向けられていた。


 これに、例の走り書きの文言、『二位尼様と(ミカド)のお顔は、京を見ていなければならない』という指示に従うとするとーー。


 竜胆光太郎社長は、胸をそり返しながらも、溜息をつく。


「要するに、いつもはDノ浦に向けられている顔を、京都へと向きを変えるーーつまり、西から東へと顔の向きを変えろ、というわけか。

 さて、どこを掴むかな……」


 お(あつら)え向きに、銅像が腰に挿している剣の鞘が、両手で掴むのにちょうど良い長さをしている。

 これを握り締めて、竜胆社長は力を目一杯込めて、銅像をグルッと回す。

 すると、銅像のすぐ横、格子戸より外の道路端の地面が開き、地下への階段が姿を現した。


 地下室を図示すると、以下の通り。

 階段は三つあって、一つはここ、外へ通じるもの。

 二つ目の階段は、一階の駄菓子屋スペースへとせり出る、梯子みたいなもの。

 そして三つ目の階段は、隣家にまで続く、長くて細い地下道の先にあるものーーこれは脱出用に違いない。

 地下室には洗面所やトイレ、押し入れもあって、長期滞在が可能な施設になっていた。


挿絵(By みてみん)


★〈図面表示があります。もし図面が表示されていない場合は、右上の回る矢印マーク(リフレッシュ/更新マーク)を押すか、再度、この画面に入り直すと表示されます。運営には問い合わせ中です〉

◇◇◇


「おお! こいつは凄い。

 さあ、地下室へ入るぞ」


 竜胆社長は少年のように気分を昂揚させながら、地下への階段に足を踏み入れる。

 階段を降りると、電灯が点いた。

 そこにあった光景はーー。


「うわっ!」


「こ、これは!?」


 灯りに照らされたのは、地下室とは思えないほど、お洒落な部屋だった。

 四方を木製の柱や漆喰で囲まれ、箪笥や着物掛けなどの(みやび)な調度品が置かれていた。


 だが、その板床の中央付近には、酷く場違いな、醜いものがあった。

 内海義夫と、その他、NPO法人ひよどりのメンバーらしき、白い服をまとった五人の男女が、折り重なるようにして横たわっていたのだ。

 皆、白眼を剥き、口から泡を吹いている。

 喉を両手で掻きむしっている者ばかりだった。

 素人目に見ても、死んでいるように見える。

 そんな死体の周囲には、白い粉が入った袋が(うずたか)く山積みになっていた。


 竜胆社長は、慌ててハンカチを口に当て、身を(ひるがえ)す。


「急いで、地上に戻れ!

 毒ガスか何かだ!」


 私は地下室に入り切る前に、上へと押し出された。


 竜胆光太郎は舌打ちする。


「ーーやられた!

 無理矢理、僕たちを事件に巻き込みやがった!」


 社長は不満げな顔をしながらも、即座に警察へと電話を入れた。

 何台ものパトカーが集まってきて、駄菓子屋の前、公園周辺を占拠したのはわずか三十分後のことであった。



 警官に対して、竜胆光太郎社長は語気を強めて訴えた。


「私たちは、これらの人々とは、まるで関わっていないぞ!」と。


 それでも、五人もの死体の第一発見者なのだ。

 まるで私たちが麻薬取引や、これらの人々の死に対して、何らかの責任があるとばかりに詰問されるに違いない。

 そう覚悟していた。

 ところが、案に反して、警官の側は平然とした様子だった。


「ああ。君らが関係ないことは、承知している。

 NPO法人『ひよどり』については、ずっと監視対象にしていたんだ。

 これらの(ブツ)を巡って内輪揉めがあるという報告は受けていた。

 さすがに、殺しまでやるとは思っていなかったがーー。

 でもまあ、とりあえずは、署にご同行願おうか。

 事情聴取をしなければ」


 と言うだけだった。


 私と竜胆社長は互いに顔を見合わせてから、大きく胸を撫で下ろす。

 そうは言っても、警察署で、長く拘束されることは覚悟していた。


 ところが、そうした、不当に拘束されるだろうといった懸念は無用だった。

 警察OBで、Dノ浦町の町内会長でもある、引島重道さんが、私たちの身元保証人として来てくれたからであった。


◆6


 翌朝、竜胆不動産メンバーは、二位尼像の前で集まる。

 いまだキープアウトの黄色いテープが、地下室への入口を含めた駄菓子屋店舗部分の周囲に張り巡らされている。


「ちょっと落ち着かないな。

 公園に行こうか」


 竜胆光太郎社長の一言で、私、神原沙月とと藤野亨先輩は移動を始めた。

 物件と一本道路を挟んだ向かいに、割と広めの公園がある。

 そのベンチに、皆で並んで腰掛けたのだ。

 そして竜胆社長は、今回の事件を総括した。


◇◇◇


 追津孝くんは祖母・幸枝さんの介護をしていた、いわゆるヤングケアラーだった。

 もっとも、おばあさんに言わせれば、「あまり役に立っていないけど、目が離せない」という、レベルの低いケアラーだったようだが。

 ギターを弾くのが得意なようだったが、ミュージシャンでは食っていくのは難しいからね。それでも夢を捨てきれなかった、よくいる若者だった。

 憧れのバンドマンに褒められ、ライブハウスで、何度か合同セッションを果たした後、バンドに入るよう勧誘された。

 嬉しくて、断り切れなかったのも想像に難くない。

 加えて、おばあさんから秘密にするように言われた地下室について、バンドの先輩に話したら、ライブハウスのオーナーから、

「地下室を貸してくれたら、月決めでお金を支払おう」

 と言われた。

 結果、孝くんの生活にゆとりができた。

 おばあさんにハンカチや花束を送ったのは、そのゆとりの表れだった。

 だが、孝くんの気分が昂揚すればするほど、おばあさんの不安は募っていく。

 なにか、おかしなことに孫が巻き込まれているのではないのか、と。

 そして、その不安は的中した。

 ある雨の日、孝くんが傷だらけで帰って来た。

 なのに何があったのか、事情を口にしないで黙っている。

 心配になった幸枝おばあさんがなんとか二階に昇って、孫の部屋を漁った結果、三十万円ものお金と、パスポートがあるのを発見した。

 おばあさんは孝くんから地下室を貸したことによる臨時収入について知らされていない。

 だから、三十万円ものお金を貯め込んでいることが、とても不自然に思われた。

 パスポートについては言わずもがな、自分を介護してくれるはずの孫が、海外旅行をする予定など、あるはずがない。

 結果、町内会長の引島重道さんに、孫の孝が何に巻き込まれているのか、探ってくれるように頼むことになる。

 その一方で、孝くん本人は、尊敬する熊野響先輩からの勧誘を斥け、海外に行くのを一生懸命、拒んでいた。

「タイのバンドフェスタに呼ばれてる」とか、

「海外でメジャーデビューだ」

 などと誘われていた。

 が、追津のおばあさんの介護があるので、海外へは行けない、何日も家を空けられないと訴えた。

 当然、この海外渡航計画は、メジャーデビューのためでも何でもない。

 結論から言えば、オレオレ詐欺の片棒を担がされるか、腎臓とかの内臓を摘出されてしまう要員として、孝くんは駆り出されるところだったみたいだ。

 実際、孝くんを勧誘していた緑頭の熊野先輩やバンドの仲間が、黒服の連中から、

「じゃあ、おまえらが来い。

 おまえらをカンボジアに連れて行く。

 あそこでは特殊詐欺とか、臓器移植とか、手っ取り早く稼げる方法はいくらでもある」

 などと言われて、黒塗りの車に押し込められることになった。

 ちなみに、どうして孝くんが狙われたのか、という理由はいろいろと考えられる。

 まず一つには、バンドの連中がお金欲しさに黒服に彼を売った、ということ。

 二つには、地下室の所有者が自分たちの他に存在することが不安だったし、実際、これらから先にでも、麻薬取引を勘付かれては困るから、手っ取り早く孝くんを臓器売買業者に売りつけつつ、海外で殺してしまおうとしたのだろう。

 が、それに失敗した。

 町内会長の引島さんの尽力によってね。

 だから、町内会長さんに、家に帰るように勧められて、孝くんは間一髪で、危ないところを助かったといえる。

「おばあさんが倒れた」と機転を効かせてくれたのも良かった。

 おかげで孝くんは無事に家に辿り着いた。

 おばあさんも、引島さんと口裏を合わせて、上手いこと体調不良を演じてくれていたことだろう。

 だが、思いもしなかった伏兵がいた。

 黒い車に押し込められて海外へ渡航させられることになった熊野響のカノジョである周防薫が追津家に乱入し、孝くんに硫酸をぶっかけて、失明させるに至ったのだ。

 孝くんは犯人が周防薫と知っていながら、硫酸をかけた犯人は面識がない女性だったと、警察で嘘をついた。

 もちろん、周防薫を(かば)うためだ。

 熊野先輩がメジャーデビューし損ねたのは自分のせいだ、と負い目を感じていたから。

 その一方で、「周防薫が、追津孝に硫酸をぶっかけて逃げた」という事件を知って、NPO法人「ひよどり」代表の内海義夫は慌てた。

 周防薫がこの傷害事件絡みで警察に捕まってしまうと、事情を探られて、自分たちが裏で黒服連中と手を結んでいると、警察に知られてしまう。

 オレオレ詐欺や、臓器売買をするような反社連中と繋がりがあると露見するのは、弱者救済を表看板として掲げるNPO法人としては、不都合極まりないだろうからね。

 実際、内海が経営するライブハウスが入っている雑居ビルのオーナーが全国規模の反社組織の幹部なのは、調べてみればわかることだから、今さらという感じもするけど、だからこそ、露骨に足が付くようなことをされては困る、ということだったのだろう。

 例の地下室の発見によって明らかになったのだが、内海たちはNPO法人を隠れ蓑にして麻薬取引を行っていたので、極力、目立ちたくはなかったはず。

 だから、彼女ーー周防薫が、追津孝に硫酸をぶっかけた犯人だ、と密告した。

 警察に?

 いや、違う。

 地元の顔役である、町内会長の引島重道さんに。

 おそらく内海義夫は、

「いずれカレシの熊野響も無事に帰ってくるよう手配する。

 それまでは引島さんに(かくま)ってもらえ、あの人は警察OBだから」

 などと言いくるめて、赤髪のパンク女の身柄を引島重道さんに引き渡した(と思う)。

 町内会長の引島さんも怖い人で、何食わぬ顔で周防薫を歓待し、お茶か何かに睡眠薬でも入れて、彼女を海に投げ捨てたのだろう。底の抜けた柄杓を括り付けて。

 それだけ、同じ平家の末裔である追津孝くんを失明させたことが許せなかった。

 そして、「周防薫が底の抜けた柄杓を持ちながら海に沈んだ」というだけで、地元の人たちからは、「この女は我ら平家に仇なす者だった。だから平家武者が海に沈めたのだ」と噂され、かえって公的には「不幸な海難事故に見舞われた死者」と見做されることに成功したーー。

 なに? 町内会長の引島重道さんが、周防薫を殺した犯人だとは信じられない?

 警察OBなのに?

 いや、だからこそ、問題なく、彼女を処分できたんだろ?

 だったら、彼を捕まえなければ?

 いやいや、それは無理だって。

 いつも通り、今話しているのは僕の「妄想」に過ぎないし、ただでさえ移動間近の旅行者なんだからさ、僕たちは。

 実際、現役の警察の人たちが彼を捕まえようにも、周防薫の死が海難事故ではなく殺人によるものだとする証拠に欠けているだろうし、何よりも平家武者嫡流の彼の力は、この地元では特別に強いものなんだろうしね。

 あえて真実に踏み込む者がいなかったと考えられる。

 結果、NPO法人の内海義夫らは安堵した。

「平家武者の祟り」として周防薫が始末された。

 これで海外展開までしているオレオレ詐欺や臓器売買事件との関与は表沙汰にはならない、と。

 あとは、住人が不在となった駄菓子屋を手に入れれば、このまま静かに麻薬売買で儲け続けることができるーー。

 そう思っていたに違いない。

 だが、そうは問屋が卸さなかった。

 まず、追津幸枝のばあさんが、物件を売ってくれない。

 頑強に拒んで、内海義夫ら、NPO法人ひよどりの連中を拒む。

 さらに、町内会長の引島重道までが、「あの物件を売るな!」と主張して、ともすれば手に入れたがっているようにみえた。

 せっかく麻薬の在庫を置いておける、文字通りの隠し部屋を手に入れることができたのに、苛立たしい限りだった。

 そこで、内海はその物件の売買に深く関わることで、かえって売却を阻止しようと考えた。

 所有者の追津のおばあさんの代理人となって、売却手続きに積極的に関わっていくことに決したのだ。

 五、六件も買い取りたいという人が出てきたのに追払い、誰の手にも渡らないようにゴネ続けて、そのうち、息がかかった者に赤の他人を演じてもらって、ソイツに物件を売ったという形にして、あの地下の麻薬貯蔵庫を維持しようと努めた。

 だが、今度は、この僕、竜胆光太郎が現れ、地下の隠し部屋の存在まで掴み、挙句、自分たちNPO法人ひよどりが、オレオレ詐欺や臓器売買、さらには麻薬取引きにまで関与していることを知っている、警察に密告しても良いんだぞ、とほのめかした。

 そこで内海義夫は、方針を転換せざるを得なくなった。

 僕たちにこの物件をいったん売り払い、それから高値だろうと買い取ろう、と。

 それほど、自治体にも申告していない隠し部屋があることは、麻薬などといった非合法なブツを隠したい人たちにとっては、貴重な物件なのだろう。

 そこで、内海ら、「ひよどり」のメンバーは事を急いだ。

 まずは、僕たち竜胆不動産の面々が、この地下室を見つけるよりも早く、麻薬をいったん運び出さなければ。

 内海たちはそう思って、急ぎ二位尼像の下に広がる地下室に入り込み、貯蔵していた麻薬を急いで運び出そうとした。

 ところが、ここで思わぬ横槍が入った。

 駄菓子屋を受け継ぐ追津のおばあさんとその孫の孝、そして孝くんから話を聞いて知った内海義夫や、熊野先輩の他にも、この秘密の隠し部屋を知っている人物がいたのだ。

 誰かって?

 そりゃあ、平家武者の末裔たる、町内会長の引島重道さんだよ。

 そもそも、この地下室には長い歴史が感じられる。

 まず第一に、この駄菓子屋さんには格子戸があることや、その建物構造からみて、遊廓の仲見世の一部が残ったものと考えられる。

 駄菓子屋の店舗スペースの前にある格子戸は、仲見世の名残り。

 駄菓子屋の売場ーーあそこで遊女が並んでいた。

 前の道を客が冷やかして歩いたはず。

 でもそうしたお客さんたちも、この仲見世の下で、(ミカド)とその祖母が生活しているとは誰も思わなかったろう。

 おそらく、この地下の隠し部屋は、本来は安徳天皇、もしくは平家一門の面々を(かくま)うための部屋だったんだ。

 実際、この駄菓子屋には二位尼像があって、しかも代々、隠し部屋の存在を秘されていて、子々孫々に伝えてきたことから、そのように考えてもおかしくはないだろう?


◇◇◇


 ここで藤野亨が、帽子を取って、横から合いの手を入れる。


「それもそうですね。

 二位尼のみならず、安徳天皇までが、白粉(おしろい)を塗りたくって、遊女に紛れて地上に姿を現して、気晴らしでもしたかもしれない。

 実際、安徳天皇は八歳という幼さだから童女に扮するのは簡単だったろうし、何よりもともと女性だったという説もあるぐらいですからね。

 皇宮において、男児が出産されたときは、(こしき)を御殿の南から投げ落とす決まりなんです。

 それなのに、『平家物語』において、安徳天皇が生まれた際、御殿の北から(こしき)を投げ落とす記述があるんです。

 ということはーー、というわけです。

 年齢の割に長身だったとされるのも、女児と考えれば、かえって腑に落ちる」


 さらに、竜胆不動産の男性スタッフ二人で、会話が進む。


「安徳天皇の性別がどうあれ、ここで長居はしなかっただろう。

 半年か、一年か。

 それから何処かへと落ち延びた。

 安徳天皇が落ち延びたとされる場所はたくさんある」


「そうですね。

 正式な陵墓とされるのは、ここ赤間神宮の阿弥陀寺陵ですけど、あくまで比定されたに過ぎません。

 なにせ安徳天皇の亡骸(なきがら)は見つかっていないのですからね。

 生存説が残っているのは全国で十八ヶ所、墓所とされるのは八ヶ所。

 実際に、そのほとんどに滞在したのかも(硫黄島にも墓所があるけど、さすがにこれは無理筋か)。

 もっとも、大半が江戸時代あたりに、その土地の事情ででっち上げられた伝説だとは思いますけど。

 ただし、様々な生存説はいずれも、ここDノ浦で入水したのは安徳天皇の替え玉だった、それより前、屋島の戦いの後に四国で潜伏したのだ、とするものが多い。

 そう考えれば、この地下室の隠れ場所は、Dノ浦合戦に参加していながら安徳天皇が生き延びたとする、珍しい生存説に当たりますね。

 とにかく、この遊廓は江戸時代になっても存続し、北廻航路で潤った商人や船乗りたちを相手に商売をして栄えた。

 戦後になって遊廓は解体され、一時的とはいえ帝を匿った聖地であるこの場所だけを残して、代々、関係者の子孫が守り続けたのでしょうね」


 藤野亨のフォローを受ける形で、竜胆光太郎社長は再び、総括の続きを始める。


◇◇◇


 つまり、平家武者の末裔たる引島重道さんが、先祖から伝え聞いていて、誰よりも駄菓子屋さんにある床下の隠し部屋について知悉(ちしつ)していたとしてもおかしくないわけだ。

 ひょっとしたら、あの駄菓子屋の所有者である追津のおばあさんよりも詳しいのかも。

 おそらく設計図とともに、使用方法などが記されたものを持っていたのだろう。

 代々、先祖から受け継いできた資料として。

 だからこの物件の売却を、彼は誰よりも強く反対したんだ。

 いずれにしても、NPO法人代表の内海義夫が、麻薬の貯蔵庫にしていたことは、彼にとってはイレギュラーだったんじゃないかな。

 聖地をそのような犯罪行為で汚した内海義夫を、引島さんは許せなかった。

 だから、内海が仲間を動員して地下室から麻薬を運び出そうとするときに、外から地下への扉を閉じた。

 そして昏倒させた。

 おそらく通気孔から毒ガスでも流したのだろう。

 そういえば、引島さん、言っていたもんな。

 第二次世界大戦時、祖父は瀬戸内海にある島で兵器開発の実験をしていたって。

 おそらく、毒ガスの開発をしていたのだろう。

 その試作品の一部を実際に隠匿していたか、製造方法が記録で残されていたか。

 いずれにせよ、通気孔を通じて、引島さんは毒ガスを流した。

 地下室に足を踏み入れた僕が、この通りピンピンしているのは、僕らが突入したときにはガスの毒性が問題にならないほど薄まっていたからだろう。

 階段への扉を開けた段階で、相当、外の空気は入り込んでいるし、もともと毒ガスはちょうど五、六人を密室で殺す程度の濃度で設定されていたと考えられる。

 こうして内海たちが死んだのを確信してから、町内会長さんは何食わぬ顔で、僕が泊まったホテルの部屋に紙切れを忍ばせる。

 こうして僕らが第一発見者に仕立て上げられたーー。


◇◇◇


 総括が終わったようなので、私は改めて、


「『妄想』について、警察に話しますか?」


 と問うたら、


「冗談じゃない!」


 と、竜胆社長は大きく手を振った。


「ーーそんなの怖すぎるよ、町内会長の引島重道さん、そしてその縁故の平家の末裔たちを敵に回すのは。

 第一、今さら警察OBの犯罪を暴いたところで、僕らには何もメリットがない。

 いつも通り、証拠のない『妄想』に過ぎないんだから。

 何も知らない旅行者として、さっさと立ち去るだけさ」


 結局、内海たち「ひよどり」のメンバーは殺されていたので、殺人事件として捜査が始まり、警察で竜胆光太郎社長は事情聴取された。

 しかし、相変わらず竜胆社長は、警察の捜査に協力するつもりはまったくなかった。


 その後、売主代理人であった内海義夫の、麻薬に囲まれての死は、全国ニュースとなった。

 さらにオレオレ詐欺集団や、臓器売買組織のメンバーが七人も逮捕された。

 カンボジアで腎臓を一つ取られた熊野響先輩が証言して、芋蔓式に捕まった。

 カノジョである周防薫が殺されたことに怯えて、こうなれば裏の反社組織ごと摘発してもらうしか助かる道がないと、熊野響は、頬にあった星型のペイントを消し、緑色のトサカ頭を坊主頭に剃り上げて、腹を括ったようだった。


 三日後、私、神原沙月がリフォームプランを作成し終えた段階で、例の物件は高値で売れた。

 町内会長の引島重道さんが、「二位尼像を守るため、そして安徳天皇を(かくま)った聖地を残すために」と称して購入したのだ。



 物件が即座に売れた翌日、社長は、二位尼像と安徳天皇像を磨き、次いで物件の中にまで乗り込み、掃除する。

 それからタタキと駄菓子店舗スペースに、白字で大きな円を描いた。

「息災」に特化した祈願で、怨霊の呪力を鎮めるためのものだった。

 白色ではあっても悪意はないと説明し、買主の引島重道さんの了解はすでに取り付けてあった。

 さらに、サービスとばかりに、その白い図形の只中に、花形の図形を描いておいた。

 その中に、二位尼と孫の安徳帝の和合のための「敬愛」の呪文を、赤字で大書する。

 これらのデザインを俯瞰するように見て、竜胆社長は腰に手を当て、満足げに(うなず)いた。


「よし。

 まさに平知盛のセリフの気分だな。

『世の中は、今はこれまで、と見えた。

 見苦しいような物などを、みんな海へ投げ入れてしまおう』ってやつだ」


 そう語ってから、竜胆光太郎社長自らが率先して、Dノ浦町から離れた。


 赤間神宮から五分ばかり西へと歩くと、亀山八幡宮の前に出る。

 そこに「山陽道」の碑が建っていた。


 その碑を横に見ながら、運転役の藤野亨先輩は、


「それでは、これから街道伝いに京都へと上りますか!」


 と声をあげ、私と社長は一緒になって、おお! と拳を振り上げたのだった。


(了)

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