母の懺悔と調律師の新たな問い
1. 隠れ家:深まる世界の歪み
プロデューサーの襲撃から逃れた律と和音は、一時的に和音の叔母が所有する、街外れの古いアパートの一室に身を隠していた。ここは、人里離れており、ノイズも比較的穏やかだった。
律の聴力は、プロデューサーとの戦闘を経て、かなり回復していた。しかし、まだ完全ではなく、時折耳鳴りがするものの、世界のノイズを以前よりも鮮明に、そして深く聴き取れるようになっていた。彼の耳には、世界全体が**『歪んだ和音』**を奏でているように聞こえていた。
和音は、律の隣で座り、落ち着かないノイズを放っていた。プロデューサーが言った**「世界の構造的な欠陥から生まれたノイズ」**という言葉が、彼女の心に重くのしかかっていた。
「律くん。プロデューサーの言っていた**『マエストロ』や『原初の静寂』**って何だと思う?そして、世界の構造的な欠陥から生まれたノイズなんて、私には切断できる気がしないわ」
和音のノイズは、**『不安』と『自己懐疑』**が強く、律の心にも重く響いた。
律は、和音の手を握り、ゆっくりと語りかけた。「俺にもまだ分からない。だが、彼女は**『世界そのものを調律する』と言っていた。俺たちのやっている『感情の調律』**とは、スケールが違う。もしかしたら、ノイズの発生源は、個人の感情だけでなく、もっと根深いところにあるのかもしれない」
律のノイズは、和音の**『不安』に共鳴し、それを『探求心』**という新たな波形へと調律しようとしていた。
和音は、律の言葉に少しだけ安心したように、その頭を彼の肩にもたせかけた。彼女のノイズは、**『安堵』**という穏やかな旋律に変わった。
2. 再会の波紋:母と娘
隠れ家に身を潜めてから数日後。アパートのドアがノックされた。律と和音は警戒したが、そこに立っていたのは、和音の母、優子だった。優子の顔は、憔悴しきっていた。
優子のノイズは、以前のような**『自己否定』だけでなく、娘への『深い心配』と『後悔』**が混ざり合った、複雑で悲痛な音を奏でていた。
「和音…律くん…あなたたち、無事なのね…!」
優子は、律と和音の無事を確認すると、その場に崩れ落ちるように泣き出した。和音は、母のノイズに触れ、体が硬直した。彼女のノイズは、**『拒絶』と『過去の痛み』**の音を激しく発していた。
律は、優子のノイズを聴き、和音のノイズがどうしてああも強く反応するのか理解した。優子のノイズは、和音にとって、**『自分の夢を壊した過去』**そのものなのだ。
優子は、震える声で語り始めた。
「ごめんなさい…和音。私、ずっとあなたを苦しめていた。あなたがピアノを弾かなくなったのは、私のせいだって、分かっているのに…」
優子のノイズは、**『贖罪』**の音を強く奏でていた。
「あの日、コンクール直前にあなたが倒れた時、私はただ**『完璧な娘』を失うことが怖かった。あなたの才能を、私の誇りにしようとしていた。だから、あなたの苦しみに気づかなかった。そして、あなたが『ノイズ』**という危険なものに関わっていると知って…私、またあなたを失うのが怖くて…」
優子は、律と和音に、ディストーション組織が、ノイズ能力者たちを「危険因子」として監視していること、そして**「ノイズのエネルギーを世界管理に利用しようとしている」**という噂を耳にしたことを打ち明けた。彼女は、律の入院中、和音を心配して、組織について独自に調べていたのだ。
和音は、母のノイズから、以前のような**『支配』ではなく、『純粋な愛情』**を感じ取っていた。しかし、過去の傷は深く、すぐに許すことはできなかった。
「お母さん…私のノイズは…まだ、あなたの言葉を信じられない」
和音のノイズは、**『戸惑い』と『癒えぬ傷』**という、複雑な旋律を奏でた。
3. 母の共鳴:ピアノのレッスン
優子は、和音の言葉を聞くと、静かにピアノ教室の練習室の鍵を律に手渡した。
「和音…あなたには、もう一度ピアノを弾いてほしい。あなたのピアノは、**『最高の調和の波形』**だった。あなたを苦しめたのは、私のノイズよ。でも、あなたのピアノが、誰かの心を救えることも、知ってほしい」
優子は、律に向かって言った。「律くん。和音を、どうか支えてあげてください。あなたの**『調律』**の力で、和音の心を、最高の音楽にしてあげて」
優子のノイズは、**『娘への信頼』と『未来への希望』**という、穏やかな旋律に変わっていた。
和音は、優子の言葉を聞き、律と顔を見合わせた。律は、優子のノイズが、以前とは全く異なる**『愛情』**をベースにしていることを聴き取っていた。
律は、和音の背中をそっと抱きしめた。「和音。君のピアノは、君だけのものじゃない。君のノイズは、世界を救う力になるんだ」
和音は、律の言葉と、母の涙に、自身の心の中で過去と向き合うことを決意した。
「分かったわ…もう一度、ピアノを弾く。今度は、誰かのためじゃなく、私自身のために。そして、律くんのために」
和音のノイズは、**『過去への決別』と『未来への希望』という、力強くも美しい旋律を奏で始めた。それは、『愛の共鳴』**によって、新たな章が開かれた音だった。
4. 調律師の問い:世界の調和とは
律は、和音と優子の間にあるノイズが、**『共鳴』によって調和していく様を目の当たりにした。それは、プロデューサーが提唱する『世界の構造的な歪み』を無視した『個人の調律』とは異なる、『個と個が織りなす調和』**だった。
(プロデューサーは、世界は歪んでいるから、根本から変えるしかないと言う。だが、和音と母さんのノイズは、『愛』という個人の感情で調和した。どちらが、正しい『調律』なんだ…?)
律の心に、新たな問いが生まれた。
**『ノイズのない世界』を求めるのではなく、『ノイズが調和した世界』**を創り出すこと。それこそが、彼の真の使命ではないか。
律は、和音の手を握り、アパートを後にした。二人の目指す場所は、再び、ノノイズが渦巻く街だ。
プロデューサーが計画する**『原初の静寂』**とは何か。そして、**『マエストロ』**とは誰なのか。律と和音は、世界の真の歪みに向き合うために、新たな旅を始めることを決意した。
律の耳には、和音の**『希望』**というノイズが、力強く響いていた。彼の聴力は、完全に回復していた。




