音なき共鳴と焦燥の螺旋
1. 新たな調律:和音の言葉が音になる
退院した律は、聴力を失ったまま、和音と共に桜坂高校の門をくぐった。彼の世界は、以前のような轟音のノイズではなく、完全な沈黙に包まれている。
律はヘッドホンを外し、和音と手を繋いでいた。彼の唯一の情報源は、和音の視覚、言葉、そして肌から伝わる感情のノイズだけだ。
「律くん、学校全体のノイズは、昨日よりも強くなっているわ。形はまるで**『螺旋階段』**。上へ上へと登り、他の生徒を押し下げようとする『焦燥感』よ」
和音は、律の耳元で状況を静かに説明する。彼女のノイズは、**『緊張』と『警戒』の色が濃いが、律のそばにいることで、『信頼』**という強い軸が加わり、以前よりも安定していた。
「螺旋階段…」律は和音の手を握り返し、筆談ではなく、口の動きと皮膚から伝わるノイズで応じた。「焦燥は、ディストーションの仕業だ。誰かの『不安』を増幅させている」
律の新たな**「共鳴スタイル」**は、和音の存在を介して成り立つ。
1. 和音の視覚と認識 ノイズの**『形』と『性質』**を律に伝える。
2. 和音の感情ノイズ ノイズの**『波長』と『強さ』**を律の皮膚に伝える。
3. 律の決意(愛) 和音のノイズを安定させ、**『調律の波形』**を世界に送り出す。
二人のバディは、肉体的にも感情的にも、完全に一体化した。これは、律が和音のノイズの根源に触れ、和音も律への愛を認めたからこそ可能になった、**『愛の共鳴』**だった。
2. 焦燥の標的:友人の崩壊
高校の雰囲気は異常だった。教室に入ると、生徒たちは皆、常に視線が泳いでおり、誰もが集中力を欠いていた。
「律くん、タクトが言っていたターゲットよ」
和音は、律の指を握り、二人の生徒を指し示した。
一人は、律のクラスメイトであるサッカー部の星、佐竹。彼の周りのノイズは、**『焦燥の螺旋』の中心となり、「練習しても報われない」「才能がない」**という自己否定の音を響かせている。
もう一人は、学年トップの優等生、篠原。彼女のノイズは、**『周囲への劣等感』という低い波形を打ち消すために、「もっと勉強しなければ」「完璧でなければ」**という、過剰な努力のノイズとなって、彼女自身を締め付けていた。
和音は、佐竹の机に近づき、そっと声をかけた。「佐竹くん、顔色が悪いわ。少し休んだ方が…」
「うるさい!」佐竹は、和音の言葉に鋭く反応し、机を叩いた。「お前はいいよな、白瀬。才能も何もかも持っていて。俺がどれだけ努力しても、お前には勝てないんだ!」
佐竹から発せられた焦燥のノイズが、教室全体に広がる。他の生徒たちも、ざわつき始め、一斉に**『誰かより優位に立ちたい』**というノイズを放ち始めた。
律には何も聞こえないが、和音の**『戸惑い』と『悲しみ』のノイズ**が皮膚を通して伝わってきた。
(和音は、自分の過去(優等生としての重圧)を、佐竹のノイズに見ているんだ。)
3. 律の決意:ノイズの発生源
律は、和音の手を離し、佐竹の前に立った。律の耳は聞こえないため、ただ立っているだけで佐竹は苛立ちを増幅させた。
「なんだよ、黒野!お前は耳が聞こえなくなったくせに、俺に説教でもするのか!?」
律は、佐竹に向かって、ゆっくりと口を開いた。彼の言葉は、和音を介さずには佐竹に届かない。しかし、律の全身から発せられる**『静かな、しかし確固たる決意のノイズ』**は、佐竹の焦燥のノイズに真正面からぶつかっていった。
律は、口の動きだけで和音に指示した。
「和音、言ってくれ。佐竹のノイズは、彼の本心じゃない。これは、ディストーションが仕掛けた、『無音の装置』から来ている」
和音は、律の口の動きと、彼の感情の波形を読み取り、驚きながらも、その言葉を佐竹に伝えた。
「佐竹くん、あなたを苦しめているのは、あなた自身の心じゃないわ。誰かがあなたの**『不安』**を拾い、増幅させているのよ!」
佐竹は動揺した。その隙に、和音は周囲を見回し、ノイズの発生源を探し始める。彼女の鋭い視覚は、体育倉庫の窓から漏れ出る、微弱な光の歪みを捉えた。
「律くん、体育倉庫よ!ノイズの螺旋は、あそこから発せられている!」
4. 体育倉庫での対決:聴覚なき調律
二人は体育倉庫へと向かう。体育倉庫に入ると、そこには小型化された**『共鳴装置』**が設置されていた。装置の周囲には、タクトが座り込んでいた。彼は、律が来るのを待っていたかのように、満面の笑みを浮かべていた。
「ノイズのない静寂が気に入らなくて、戻ってきたか、律」タクトは、律の耳を見つめる。「おや、聴力まで失ったとは。哀れだな」
律は、タクトの言葉に反応せず、和音の手に触れた。
「和音、タクトの体からは、今もノイズが聞こえないか?」
「…ええ、全く聞こえないわ。彼のノイズは、『虚無』。切断できない」和音のノイズは、**『恐怖』**で揺らいでいた。
律は、タクトが律の聴力を失ったことを知っていると確信した。
「和音。俺の耳が聞こえないことを逆手に取るぞ」
律は、和音の手に筆記用具を握らせ、タクトに筆談で伝えた。
『ノイズを聴けない今、俺は誰よりも純粋にノイズを理解できる。お前の『無音』の正体を暴いてやる』
タクトは、律の挑発に乗り、装置の出力を最大にした。高校全体に充満していた**『焦燥の螺旋』**のノイズが、体育倉庫に集約され、律と和音に叩きつけられる。
律の皮膚は、ノイズの強大な波形を受けて、焼けるような激痛を覚える。和音は、律の体を庇いながら、必死に刃を具現化させたが、ノイズの形が複雑すぎて、切断できない。
「律くん、このノイズは、**『何が真実か分からない絶叫』**よ!波形がランダムすぎる!」
律は、激痛の中で、和音のノイズに自分の全てを乗せた。
『愛の共鳴』。
律は、和音の**『愛のノイズ』を軸に、自身の『静寂への渇望』**という過去のノイズを融合させた。そして、その融合した波形を、体育倉庫の焦燥のノイズに送り込んだ。
律の共鳴は、ノイズを破壊しなかった。代わりに、焦燥のノイズ一つ一つを分離し、分断した。ノイズは、個々の生徒の**『小さな不安』**という、本来の弱い音に戻っていく。
そして、律は、和音のノイズを通じて、タクトの『無音』の正体を悟った。
タクトは、ノイズがないのではない。彼は、自分自身のノイズを、装置を使って強制的に『ゼロ』に調律していたのだ。それは、**『自己への完全なる無関心』**という、最も危険なノイズだった。
律は、和音の唇にそっと触れ、最後の言葉を伝えた。
「和音、言ってくれ。『君は、君のノイズから逃げられない』と」
和音は、律の決意を受け取り、涙を流しながらタクトに叫んだ。
「タクト!あなたの**『無音』**は、存在の否定よ!あなたは、あなたのノイズから逃げられない!」
その言葉が、タクトの**『ゼロ』のノイズに叩きつけられた瞬間、タクトの体から微弱な亀裂音**が響いた。彼は、自身のノイズの否定によって、肉体が崩壊する危機に陥り、装置を破壊して撤退した。
律は、安堵と共に崩れ落ちた。彼の耳は聞こえないままだったが、和音の**『愛』と『勝利』**という、最高のメロディを、皮膚で感じていた。




