静寂の誘惑とノイズの復讐
1. バラバラの日常:失われたバディの音
白瀬和音から「バディ解消」を告げられて以来、三日が過ぎた。
律の高校生活は、再び**「轟音」と「孤独」に戻った。和音は、律を避けるように行動し、教室でも話しかけてこない。彼女の周りには、相変わらず完璧な笑顔と澄んだピアノのノイズがある。だが、律の耳には、そのピアノの旋律が、まるで故障したオルゴール**のように、不安定に揺らいで聴こえていた。
(彼女は、俺の『共鳴』を恐れているんだ。自分の過去に触れられることを。)
律は、ヘッドホンを握りしめた。今、和音から発せられるノイズは、『拒絶』の音色が強いが、その奥には、『切断』という名の自己否定を律に知られたことによる『恥ずかしさ』と『依存への恐れ』が混ざった、複雑な愛憎の和音が響いていた。それは、律が今まで聴いたノイズの中で、最も人間的で、感情的な音だった。
一方、和音の視界では、律の周囲の空気が以前よりも濃いノイズの渦に包まれていた。律は、バディが解消されたことで、自身の静寂への渇望を制御しきれず、ノイズを過剰に吸収し始めているのだ。彼女はそれを目で追うが、**「ルール三:干渉しない」**を固く守り、ただ見ていることしかできない。
2. ディストーションの罠:静寂への扉
放課後。律は一人、ノイズの発生源を探しに街を彷徨っていた。和音の「切断」を失った今、律は自分の**「共鳴」**を唯一の武器とするしかなかった。彼は、ノイズの悲鳴を聴き、その波形を整えることに集中した。
その時、律の耳に、異様な音が届いた。
それは、街の喧騒ノイズを完全に打ち消す、**『絶対的な静寂』**の音だった。
(なんだ、この静けさは…!?)
律が向かう先は、街外れの廃墟と化したショッピングモール。通常、多くの感情が交差したショッピングモール跡は、ノイズの巣窟となるはずだ。しかし、その廃墟全体から発せられているのは、ノイズの波形がゼロを示す、完璧な**『無音』**だった。
律は、まるで麻薬に誘われるように、その静寂に引き寄せられた。彼が求めていたもの、完全な安らぎが、そこにあったからだ。
「これだ…俺が求めていたのは…」
律が廃墟の入り口に足を踏み入れた瞬間、背後から声がした。
「よく来たな、調律師くん」
そこに立っていたのは、先日律に接触したディストーションのメンバー、タクトだった。タクトの体からは、相変わらずノイズが一切聞こえない。
「タクト…。この静寂は、お前たちの仕業か?」
タクトは愉しげに笑った。「そうだ。我々の**『共鳴装置』の試作品だ。お前は静寂を求めているんだろう?この空間に入れば、お前の耳は永遠に安らぐ**ことができる。ノイズは、存在しない」
律は、頭痛が消え、心が凪いでいくのを感じた。この静寂は、何にも代えがたい快感だった。しかし、律はすぐに違和感に気づく。
「違う。これは、ノイズがない音じゃない。これは、ノイズを極限まで圧縮して、音域を聴こえない領域に固定している音だ!」
律は、静寂の裏に隠された、無数のノイズの波形を聴き取った。ディストーションは、ノイズを消したのではなく、膨大な感情のエネルギーを一つの極小の点に凝縮し、制御していたのだ。この静寂は、いつ爆発してもおかしくない、**究極の『歪み』**だった。
3. 和音のノイズ:拒絶と愛の波形
「さすが調律師。すぐに気づいたか」タクトは警戒の色を見せなかった。「だが、もう遅い。お前は、その静寂に魅了されている。その静寂を崩すには、ノイズを大音量で響かせるしかない。だが、そうすれば、お前の体は壊れる。そして、このモールのノイズが一気に解放され、街に溢れ出す」
タクトは、律が動けないことを確信していた。
その瞬間、律は遠くから、聞き慣れた、乱れたピアノの音を聴き取った。
(和音…!)
和音は、バディ解消を告げたものの、律の周囲のノイズが急激に濃くなっていることを視覚的に捉え、居ても立っても居られずに追いかけてきたのだ。
和音のノイズは、『自己否定』の激しい裏打ちと共に、『助けたい』という強い情愛の波形を初めて含んでいた。律は、その感情のノイズが、彼の心臓を締め付けるのを感じた。
律は叫んだ。「来るな、和音!これは罠だ!」
和音は廃墟の入り口に立ち、律の周囲の**『圧縮された静寂』**を見て、顔を青ざめさせた。
「律くん…あなた、あのノイズを全身で受けているのね!」
タクトは和音を見て、不敵に笑う。「ああ、**『切断師』**のお出ましか。ちょうどいい。お前を始末して、律を仲間に引き入れる」
4. 決死の共鳴:愛はノイズを越えて
和音はすぐに青白い刃を出現させ、タクトに向かって走り出す。しかし、タクトは動かない。
「無駄だ。俺にはノイズがない。お前の刃は、ノイズの波形を視て切断する能力。ノイズのない俺には、通用しない!」
和音の刃は、タクトの数センチ手前で、霧散した。タクトの体からは、本当にノイズが発せられていなかった。
和音は絶望する。律もまた、絶望的な状況を悟った。和音はタクトを倒せない。そして、律は静寂を崩せない。
律は、自らの命を顧みず、最後の賭けに出た。
(共鳴だ。あの圧縮されたノイズに、俺の波形を上書きする!)
律は、自分の**『静寂への渇望』、和音の『自己否定』、そして和音が律に向ける『愛の波形』**、その全てを一つに束ねた。
律はヘッドホンを外し、喉が張り裂けるほどの大声で叫んだ。
「俺は、静寂を捨てる! 俺は、この世界と、君のノイズを調律するために生きる!」
その叫びは、律の**『決意』というノイズの波形**となり、廃墟の圧縮された静寂に叩きつけられた。
ドォォォォン――!!!
極限まで圧縮されていたノイズが、律の叫びと共鳴し、爆発的な轟音となって解放された。律の体から血が噴き出す。
しかし、律の「決意のノイズ」は、ただの爆発で終わらなかった。解放されたノイズは、律の波形に共鳴し、**『調律された穏やかなノイズ』となって、廃墟から街へと広がっていく。人々は、一瞬だけ、漠然とした「安心感」**に包まれた。
タクトは、自身の装置の暴走に驚き、廃墟の崩壊と共に逃走した。
和音は、崩れ落ちる律の元に駆け寄る。律の耳から、血が流れ出ていた。
「律くん!律くん!」
和音の目からは、涙が溢れていた。それは、彼女の**『拒絶』のノイズが、律の『愛の共鳴』によって打ち破られ、解放された本物の感情**だった。
和音は、律の耳元で、静かに呟いた。
「…私のルール三なんて、もうどうでもいい。ごめんなさい…あなたを失うなんて、私の一番強いノイズになってしまう」
律は、かすかに微笑んだ。彼の耳には、和音の**『拒絶』のノイズが消え去り、『愛と悲しみ』の新しい、調律され始めたピアノの旋律**が、静かに響いていた。




