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ノイズ・レゾナンス:感情雑音の調律師  作者: 坂元たつま


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ディストーションの招きと歪んだピアノの過去

1. 探偵活動:和音のノイズの根源

前回のノイズ処理以来、律と和音の間に流れる空気は、ピリピリとした緊張感を含んでいた。律は和音の冷酷な「切断」の正義を、和音は律の無謀な「共鳴」の優しさを、互いに理解できずにいた。

「律くん、今日のノイズは、学校の旧校舎の裏から発せられてるわ。波形は『劣等感』。小規模なものよ」

いつものように放課後、和音は律に指示を出す。彼女は依然として完璧な笑顔の仮面を崩さないが、その裏のピアノの音には、以前よりも明確なノイズが混ざり始めていた。律の耳には、そのピアノの旋律がまるで水中で演奏されているかのように重く、鈍い音に聴こえていた。

律は、和音の指示に従いながらも、内心では別のことを考えていた。

(和音のノイズは、なぜあんなにも澄んでいるんだ?そして、なぜ切断すると、あんなに強い自己否定の音が混じる?)

律は、和音の「プライベートに干渉しない」というルールを破る覚悟を決め、彼女の過去を探り始めた。手がかりは、彼女のノイズに微かに混ざる**「古い、錆びついたメトロノームの音」**だった。

ネットの検索履歴を辿り、律は一つの記事にたどり着いた。

「天才ピアニスト少女、白瀬和音。コンクール直前に突如引退」

記事には、幼い頃の和音の写真が添付されていた。その写真の和音は、今の彼女と瓜二つだが、その笑顔は完璧すぎて、どこか張り付いているように見えた。

『彼女は幼少期から「神童」と呼ばれ、将来を嘱望されていたが、数年前、国内最大のコンクール直前で舞台に上がらず、そのまま引退した。理由は不明とされている。』

律は確信した。あの「錆びついたメトロノームの音」は、幼い和音がピアノに打ち込んでいた頃の、絶え間ない練習と、周囲からの過剰な期待の残響だ。

「和音のノイズは、切断を繰り返すたびに、過去の自分を否定し、その過去のノイズを増幅させているのではないか?」

彼女はノイズを**『切断』することで、自分自身の中に残る過去の音を打ち消そうとしているのだ。律の胸に、和音への強い理解と、救い出したいという衝動が生まれた。それは、静寂への渇望とは異なる、新たな『共鳴』**の感情だった。

2. 予期せぬ遭遇:カフェでの接触

その日の午後、律はノイズの処理を終え、和音と別れて帰路についていた。いつものようにヘッドホンを装着し、世界の悲鳴を遮断していると、突然、肩を叩かれた。

「調律師くん、少しお話しないか?」

律が振り返ると、そこにいたのは、律よりも少し年上の、派手な服装をした男だった。男は顔のピアスと、不揃いに染められた髪が印象的で、一見して不良だと分かる風貌だ。

しかし、律が驚いたのはその外見ではない。

この男からは、ノイズが一切聞こえない。

律は、生まれて初めて経験する**『無音』**の人物に、強い警戒心を抱いた。

「誰だ、あんたは」

「俺はタクト。お前と同じ、ノイズを扱う人間だ」タクトと名乗った男は、律のヘッドホンを指さし、ニヤリと笑った。「そのヘッドホン、**『静寂を求める弱者』**の象徴だぜ」

律は反射的にタクトから距離を取った。「ノイズを扱う?…ディストーションか」

「話が早くて助かる」タクトは、律を近くのカフェに誘った。「俺たちは、お前のやっている**『ノイズを静かにする』**という行為を、最も愚かな行為だと考えている」

律は、ノイズのない男に強い興味を惹かれ、周囲の喧騒ノイズを遮断するため、静かなカフェの隅で向かい合って座った。

3. ディストーションの思想:ノイズはエネルギー

タクトはカフェで、熱っぽく自らの思想を語り始めた。

「律。お前が聴いているノイズは、**『感情のエネルギー』だ。人は皆、不満、嫉妬、憎悪を押し殺して生きている。その感情は、世界にとって『毒』か?否。それは、『熱源』**だ」

「何を言いたい」

「ディストーションは、この世界の全ての**『歪み(ディストーション)』を肯定する。我々はノイズを消したりしない。むしろ、ノイズを増幅させ、利用する。そして、世界をノイズで満たし、『本音で生きる世界』**を創造する」

タクトはテーブルに置かれたシュガースティックを立てた。「お前が調律してノイズを静寂に戻すたびに、そのエネルギーは無駄になる。俺たちは、そのエネルギーを使って、**『共鳴装置レゾネーター』**を作り、世界を支配しようとしている」

律は吐き気を覚えた。「それはただの**『悪』**だ。人々を苦しめるノイズを増幅させるだと?」

「苦しめているのは、**『静寂を求めるお前の世界』**の方だ。俺たちからすれば、お前のバディの白瀬和音の方が、よっぽど邪悪だぜ」タクトは笑った。

「どういう意味だ」

「彼女の能力は、ノイズを『切断』することだろう?ノイズを視覚化し、物理的に破壊する。彼女は、**『自分の過去の歪み』**を断ち切るために、他人のノイズを破壊しているんだ。他者を救っているんじゃない。自分を救おうとしているだけだ。知っているか?ノイズを物理的に切断するたびに、彼女自身のノイズは、増幅するんだぜ」

タクトの言葉は、律が抱いていた疑問と不安を的確に突いていた。律は動揺を隠せない。

「律。ノイズは、**『本物の君』だ。ヘッドホンを外して、ノイズを理解しろ。そして、俺たちに加われ。お前の『共鳴』の力は、ノイズを調律するのではなく、ノイズを『音楽』**として世界に響かせるためにあるんだ」

タクトはそう言い残し、立ち去った。ノイズのない彼の存在は、律の心に大きな波紋を残した。

4. 悲しい共鳴:バディの亀裂

その夜、律は和音にカフェでの出来事を話すかどうか迷った。結局、彼女の秘密に触れることへのルール違反を恐れ、律は黙っていることを選んだ。

しかし、和音は律の変化に気づいていた。

翌日。和音は、律を誰もいない高校の屋上に呼び出した。

「律くん。あなたのノイズの波形が乱れているわ。何か隠しているでしょう?」

和音の笑顔は、いつもよりも硬く、律の耳にはそのピアノの音が、激しく不規則なリズムを刻んでいるのが聴こえた。

律は、タクトから言われた言葉をぶつけるかどうか迷ったが、代わりに和音の過去について尋ねた。

「和音。君は、なぜピアノをやめたんだ?君のノイズには、メトロノームの錆びた音が混ざっている」

その瞬間、和音の完璧な笑顔が崩れた。

和音から発せられたノイズが、ピアノの音色から、悲鳴のような高周波へと一瞬で変貌する。律の鼓膜が破れそうになるほどの激痛。

「ルールを破ったわね、律くん…!」

和音の瞳の奥には、過去のトラウマに怯える幼い少女の姿が見えた気がした。

「やめたんじゃない…」和音は震える声で言った。「私は…**『壊した』**のよ。自分の音楽を、自分のノイズを、全て。そして、私は決めた。ノイズは、存在するだけで人を不幸にする『悪』だと。だから、私はそれを全て切断し、この世界からノイズをなくすために生きる」

律は、激しいノイズに耐えながら、彼女の瞳をまっすぐに見つめ返した。

「違う。君のノイズは**『悪』じゃない。それは、『孤独な魂の叫び』**だ。君が切断しようとしているのは、ノイズそのものじゃない。過去の自分だ!」

律は、自身のノイズ(静寂への渇望)を和音のノイズ(自己否定)へと、無理やり共鳴させた。律の痛みと、和音の悲しみが混ざり合う。

キュゥゥゥン――

激しい共鳴の末、律は和音のノイズの根源にある、究極の「切断」の衝動を理解した。彼女は、ノイズを恐れているのではない。 ノイズを通じて、自分自身の心が壊れることを恐れているのだ。

和音は、律の「共鳴」によって、過去の感情を強制的に引き出され、膝から崩れ落ちた。彼女の頬には、涙ではなく、ノイズの残滓のような黒い光の粒が伝っていた。

「律くん…あなたといると…私は…」

和音は顔を上げ、律を睨みつけた。その表情には、笑顔も、怒りもなく、ただ純粋な『拒絶』のノイズだけが律の耳に突き刺さった。

「私たちは…バディを解消するべきよ」

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