不協和音の対話と、白銀の執行者
1. 奪われた「個」の目覚め
新宿の地下シェルター。使い古されたソファの上で、シオンがゆっくりと目を開けた。彼女の耳には、今まで経験したことのない**『雑音の洪水』**が押し寄せていた。
換気扇の回る不規則なリズム、遠くの地下鉄の振動、そして隣に座る和音の温かな心音。それらすべてが、デジタル処理されない「生の音」として彼女を打ちのめす。
「……うるさい。世界って、こんなにうるさかったのね」
シオンは耳を塞ぎ、身を縮めた。和音が優しく彼女の肩を抱く。和音のノイズは、不安に震えるシオンを落ち着かせるための**『子守唄』**のような、穏やかな波形に変わっていた。
「大丈夫よ、シオンちゃん。それは『生きている音』なの。少しずつ慣れていけばいいわ」
律は、シオンの様子をじっと観察していた。彼女の存在自体が、かつての自分と同じように、世界との境界線を失い、剥き出しの神経でノイズを浴びているように見えたからだ。
2. 「シンフォニー」の真の姿
響が提供した温かいスープを一口飲み、シオンはようやく落ち着きを取り戻した。彼女はぽつりぽつりと、自分がいた組織について語り始めた。
「私は……マエストロが作った『五線譜』の一人。でも、彼はただの指揮者に過ぎなかった。組織の本質は、もっと上にある」
シオンの話によれば、シンフォニーの頂点には、**『七賢奏』**と呼ばれる最高幹部たちが君臨しているという。マエストロもその末席に過ぎず、彼らはそれぞれが都市の特定の機能を司り、人類を完璧な「音楽」へと作り変えるための実験を繰り返している。
「秋葉原の『定義の上書き』は、私の意思じゃない。私の深層心理に植え付けられた**『管理プログラム』**が勝手に動いただけ。私はただ、自分のノイズで誰かを傷つけるのが怖くて、感情を捨てたかっただけなのに……」
シオンのノイズは、**『罪悪感』と『深い絶望』**で泥のように濁っていた。律は彼女のノイズを調律し、その濁りの中から「自分自身の音」を慎重に救い出していく。
3. 白銀の不協和音:執行者の襲来
その時、律の耳が異常な振動を捉えた。
それは、音というよりも**『空間が軋むような高周波』。隠れ家の頑丈な鋼鉄の扉が、外側から一瞬で『白銀の結晶』**へと変質し、音もなく粉々に砕け散った。
砂塵の中から現れたのは、真っ白なスーツに身を包んだ、冷徹な美貌を持つ男だった。彼のノイズは、今までの敵とは一線を画していた。それは、『絶対的な零度』。周囲の熱量とノイズを奪い去る、凍てついた沈黙。
「見つけたよ、エラーデータの少女。そして、出来損ないの調律師」
男は優雅に会釈した。その手には、白銀のフルートのような、しかし鋭利な刀身を持つ奇妙な武器が握られている。
「僕はセプテットが一人、フルート担当の**『アルト』**。シオン、君の回収……あるいは消去を命じられている」
「行かせないわ!」
和音が瞬時に青白い刃を具現化し、アルトへと切りかかる。しかし、アルトがフルートを一吹きすると、和音の刃は空中で**『凍結』**し、粉々に砕け散った。
4. 凍てつく共鳴:律の新たな壁
「感情という熱は、不協和音しか生まない。僕の演奏が、君たちを美しき静止へと導こう」
アルトの放つノイズは、響の「変奏」すらも物理的に凍らせて無効化していく。響の端末は凍りつき、隠れ家全体の温度が急速に奪われていく。
「くっ……! 響、和音! 下がれ!」
律が前に出る。しかし、律の「共鳴」ですら、アルトの絶対零度の沈黙を揺らすことができない。共鳴とは、振動を伝えること。だがアルトは、**『振動そのものを停止させる』**能力を持っていたのだ。
「調律師、君に聴かせよう。感情が完全に死に絶えた、真の調和を」
律の足元から白銀の氷が這い上がり、彼の体を拘束し始める。シオンを庇いながら、律は自分の内側で眠る、さらなる「ノイズの極致」に手を伸ばそうとしていた。




