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ノイズ・レゾナンス:感情雑音の調律師  作者: 坂元たつま


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電子の歌姫(ディーヴァ)と心音の残響

1. 崩壊する定義、溢れ出す色彩

律の指先がシオンの頬に触れた瞬間、デジタル迷宮の青白い壁は、ステンドグラスが内側から弾け飛ぶような音を立てて崩壊した。

「……熱い。何、これ……?」

シオンの瞳に、データではない**『本当の涙』**が宿る。回収され、静的なデータに変換されていた何万もの「感情の断片」が、律の共鳴を導火線として一斉に発火したのだ。

秋葉原の街は、物理的な現実とデジタルな幻覚が入り混じる、異様な光景と化していた。電光掲示板からは文字が奔流となって溢れ出し、人々の頭上の「銀色の糸」は、虹色の炎となって天に燃え上がっている。

「響、今だ! 彼女のシステムに、この街の『生のノイズ』を逆流させろ!」

律の叫びに、響が限界を超えた指捌きで端末を叩く。

「了解! 変奏・逆位相接続! デジタルな『定義』を、アナログな『情動』で上書きしてやる!」

響が放ったノイズは、シオンが管理していた完璧な秩序を内側から食い破る。シオンの背後にあった「情報の触手」は、もはや制御不能な巨大な楽器のように、バラバラで力強い生命の音色を奏で始めた。

2. シオンの記憶:調律師への裏返し

和音は、崩れゆくデータの中で、シオンの意識の深層から溢れ出す**『残響』**を視覚化していた。

「律くん、見て……。彼女の過去が見えるわ」

そこには、かつて律が見た光景とよく似た、白い実験室に閉じ込められた少女の姿があった。彼女もまた、世界のノイズに過敏に反応し、苦しんでいたのだ。しかし、マエストロが律に「調律」というギフトを与えたのに対し、彼女に与えられたのは、感情を抹殺するための**『データへの強制変換』**だった。

『お父様……私は、もう痛くないの?』

『ああ、シオン。お前はもう、不完全な人間ではない。完璧なプログラム、世界の調和を維持する「歌姫」になるんだ』

マエストロ……あるいは彼に連なる組織「シンフォニー」の冷徹な声が、迷宮の残響として響く。シオンは、マエストロによって**「感情をデータとして処理する生体サーバー」**へと作り変えられた存在だったのだ。

「……私は、救われたと思ってた。この静かな世界で、みんなを救ってるんだって!」

シオンの悲鳴が、街中のスピーカーから絶叫となって轟く。

3. 三位一体の合奏:心音の再起動

シオンの暴走により、街全体のデジタル機器が臨界点に達しようとしていた。放っておけば、蓄積された感情のエネルギーが爆発し、街中の人々の精神が焼き切れてしまう。

「和音、シオンを縛っている『定義の鎖』を切ってくれ! 響、彼女の意識が霧散しないよう、俺の共鳴を支えてくれ!」

「まかせて、律くん! 切断師の絶唱!」

和音の刃が、シオンをシステムに繋ぎ止めていた無数の銀色のコードを一閃した。それは物理的な切断ではなく、「偽りの定義」と「彼女の魂」を切り離す一撃だった。

「……う、あああああ!」

律は、震えるシオンの肩を強く抱き寄せた。

律は自らの鼓動を、彼女の冷たい意識の深淵へと直接叩き込む。解析も、論理も必要ない。ただ、**「自分はここに生きている」**という振動だけを、彼女の虚無に伝えていく。

律の心音が、シオンの停止した回路に、再び「人間としてのリズム」を刻み込んでいく。

「聴こえるか、シオン。これが君の、本当の音だ。不完全で、うるさくて、だけど温かい……君の鼓動だ!」

4. 残響の終わりと、新たなる影

まばゆい閃光が収まり、律たちが目を開けた時、秋葉原の街には静寂が戻っていた。人々は戸惑いながらも、自分たちの感情――「悲しみ」や「怒り」、そして「喜び」を再び取り戻し、日常のざわめきの中へと戻り始めていた。

足元には、力尽きて眠るシオンの姿があった。彼女のヘッドホンは砕け、青いライダースジャケットは泥に汚れていたが、その寝顔は驚くほど穏やかで、微かな、しかし確かな**『生きたノイズ』**を奏でていた。

「……終わったんですね」

響が安堵の息を漏らす。しかし、律の表情は晴れなかった。

「いや、まだだ。……聴こえたんだ。シオンを救った瞬間、このシステムのさらに奥底から」

律は空を見上げた。そこには、星すら見えない東京の夜空が広がっている。

彼の耳には、コンダクターやマエストロ、そしてシオンすらも超える、巨大で、重厚で、あまりにも「美しすぎる」不気味な旋律が届いていた。

それは、シンフォニーの真の指導者たちが奏でる、**『世界再編の譜面スコア』**の序曲だった。

「……来る。今までのは、ただの前奏曲に過ぎなかったんだ」

律、和音、響。そして、保護された「境界の少女」シオン。

四人の運命は、より巨大な歪みへと飲み込まれていく。

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