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逃亡した兵士

ダンダラ国は周辺諸国への侵略を開始した。国の資源が少なくなったことを憂いた指導者たちは、戦争に勝利して資源を奪うことを考えたのだ。


指導者たちは国民のナショナリズムを煽り、それもあって国民たちは熱狂的に侵略を支持した。マスコミがそれに同調したことが拍車をかけ、誰もがその行為を正義と信じて疑わなかった。


やがて一般市民も兵士として徴収されるようになり、小さな魚屋を営んでいたラルーも隣国へと向かうことになった。彼は人道主義者であり、大多数の国民とは違ってこの侵略戦争を冷めた目で見ていた。どんな理由をつけたとしても侵略を正当化することはできないと思っていたが、国の命令には逆らえない。


戦争を始めて1年以上が経ち、兵士たちのもとには十分な食料が支給されなくなってきていた。ダンダラ国が戦線を拡大しすぎたことにより補給が滞るようになっていたのである。そのため兵士たちは住民からの略奪、ときには殺人によりその食料を得るようになっていった。


だがラルーだけは敵国の住民に対して決してそのようなことはしなかった。

「お前は偉ぶっているつもりかもしれんが、ただの臆病者だ。そんなことをしてるうちに餓死するぜ」

同じ軍に所属するペンクは、そう言ってラルーのことを揶揄した。

「平和な時は1人でも殺せば罪に問われるのに、戦争なら何人殺そうが許されるんだな」

ラルーは冷めたような目つきで空を見上げながらそう呟いた。

「そうでもしないと自分の命が危ないんだ。しかたがないさ」

「お前はそもそもこの戦争が本当に正しいと思うのか?政府は防衛のためだとか上手いこと言っているが、やっていることは侵略だ。」

「あまり大きい声で言うんじゃないぞ。聞こえたらどうするんだ。そんなことはな、兵士の俺達が考えることじゃないんだ。」

「そうか、まあいいよ」

ラルーは話しても無駄かと言わんばかりに、横を向いて眠ってしまった。


やがて戦局は大いに変わった。優勢であったはずのダンダラ国は連合軍からの反撃を受けて敗色が濃くなってきた。国内でも今になって戦争への不満が高まり、各地で民衆の反乱が起きた。


ラルーとペンクの軍は国内に戻され、反乱軍の鎮圧に向かうことになった。明日は反乱軍を攻撃するという前夜、2人は鍋を囲って語り合っていた。

「反乱軍の数は未知数だ。明日の戦いはどんな結果になるか分からないな」

前までは強気に戦局をとらえていたペンクでも悲観的に考えなければいけない状況になっていた。

「なあペンク、一緒に逃げないか?今なら見張りがいない。こんな戦いに何の意味があるんだ」

「気は確かか?捕まったら銃殺されるぞ」

「もう俺は嫌気が差したよ。自国のためだといって出ていった軍隊が、今となっては戻ってきて国民に銃口を向けるっていうんだ。こんな無茶苦茶なことがあるか」

「そんなことを言ってお前は怖気づいたんだな。お前には勇気がないんだ。臆病者だからそうやって逃げたがるんだ」

「そうだな、国の命令に何の疑問も挟まずに従い続けるお前はたしかに勇敢だよ」

ラルーの皮肉をこめた口ぶりにペンクは語気を強めて反論した。

「何を言うんだ。国を守ることが俺たちの仕事なんだ」

「国ってなんだ?明日俺たちが殺しに行く反乱軍の人間たちはその国に住んでいるんじゃないのか?」

ペンクは言葉を失った。ラルーは構わず続けた。

「この場合の勇気のある行動はなんだと思う?意気地なしだと非難されるかもしれないが、ここで命令に従って過ちを犯すのと自分の意志で逃亡するのなら、本当に勇気のある行動はどちらだと思う?」

「俺は残るよ。そして明日の戦いに向かう。たしかにお前の言う通りで俺は臆病者だ。決められた命令に背く勇気なんてない。でも本当は分かっているんだ。この戦いに勝ち目もなければ今の政府に未来もない」

「お互いどんなことになっても生き残ろう。死ぬなんて馬鹿げているじゃないか」

「そうだな」

2人は熱い握手を交わして別々になった。


ラルーは1人道なき道を駆けていった。灯りはないが、満月の光だけが目の前の道を照らしてくれている。


戦争が終わったのは、それから3日後のことである。ダンダラ国は連合軍に降伏して占領され、別の政府が立てられることになった。その政府によりかつての戦犯たちは次々に裁かれ、国民たちの非難を浴びた。


無事に生き残ったラルーは帰国して地元へと帰っていった。そこへかつて同じ軍に所属していた元兵士からの手紙が届いた。


内容はペンクの戦死を知らせるものだった。彼と最後の会話を交わした翌日、軍は計画通り反乱軍へと攻撃を仕掛けたが大敗北を喫した。その際にペンクは銃で体を何発も撃たれて最期を遂げたのだという。


果たしてペンクは幸せだったろうか、自分の運命を受け入れられただろうか、ラルーはしみじみとそう思わざるを得なかった。たしかに彼はラルーの誘いを断わってまで軍に残った。だがそれが本望だったのだろうか、彼はそれが正しい選択なのだと無理矢理にでも自分に言い聞かせるしかなかったのではあるまいか、そんな気がしてならないのだ。


時間が経つと戦争の事実は歴史上の記憶へと変わっていく。戦争時のさまざまな話題が本やテレビに取り上げられて人々の知るところになった。それは戦時下の情報統制の中では知らされないことばかりであった。


国民たちの反乱軍への攻撃を前に逃亡をしたラルーの決断についても、人々の知るところとなった。それは戦争中であれば大いに非難され銃殺に処される行為であったが、今では勇気ある行動として人々に褒めたたえられた。


そんなラルーのもとに講演の仕事の依頼が来た。自らの軍からの逃亡という行為について詳しく語ってほしいということである。それは人々の注目を集め、多くの観客が押し寄せてテレビでも流されることになった。


ラルーは目の前とテレビの前の聴衆に向かって語り始めた。

「私は政府からの徴収を受けて軍隊に入り敵国へ侵略し、敵の兵士を多く殺しました。彼らもまた我々と同じように家族を持つ人たちです」

自らの美談を語ると思っていた聴衆たちは呆気にとられながらも、耳を傾け続けた。

「今戦争の指導者たちは連合軍によって処罰され、我々は平和という思想を与えられました。しかしあの戦争が始まる時に、熱狂して指導者たちを支持したのは我々民衆です。その事実を無視して戦争を語ることはできません。私の戦線からの逃亡という行為についても、戦争の最中であれば大いに非難されたはずだがその価値観は転換された。しかし平和という思想を得て身にするのであれば、戦争への反省がセットでなければならない。そうでなければまた同じような過ちを繰り返してしまう。あの戦争というものを我々一人ひとりの問題としてとらえ直す必要があるはずです」

会場に重苦しい空気が流れた。誰しもがぐうの音も出ないことであった。


帰り道にペンクの故郷へと寄ったラルーは、彼の墓前に手を合わせに行った。

「生き残ろうと誓い合ったじゃないか」

こんな悲しい記憶もいつかは時の流れの中に埋もれるのであろうか。ラルーは頬を伝う涙を止めることができなかった。


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