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あやの足

夜中にLINEの着信音が鳴り響いた。

けれどこっちは眠剤を飲んで、ほとんど意識のない状態。音は耳に届いても、身体がまるで鉛のように動かない。

誰だ…?酔っぱらった友達か…?


それでも、しつこく鳴り続ける着信に「これは何かある」と、ようやくの思いで通話ボタンを押した。

すると、スマホの向こうから、泣きながら「ごめんね、ごめんね」と繰り返す、あやの声。


呂律のまわらない口で「どうした?何かあったのか?」と聞き返すと、「家に帰れない」と、嗚咽混じりに言葉が返ってきた。


あやには彼氏がいることも知っていたし、俺の家に呼ぶなんて筋違いなのも分かっていた。

それに、正直なところ俺は昔から面倒ごとを極端に嫌う人間で、自分でも呆れるほどにドライな性格だ。

それでも──いや、だからこそか。

こんな夜中に俺を頼ってくるあやの声に、理屈では割り切れない感情が沸き上がった。


…あやを、俺は“女”として見ている。

その事実に自分で気づいた瞬間、情けなくて吐き気がした。

けれどその気持ちを抑えきれず、「どこにいる?」と聞いてしまった。


彼女は、隣町のスーパーの駐車場にいると言った。

「LINEに住所送るから、すぐタクシーに乗ってこい」と伝えると、小さな声で「うん」と答えた。


10分後、「今タクシーに乗った。30分くらいで着くって」と連絡があり、俺は「わかった」とだけ返して水をがぶ飲みし、必死に意識を取り戻そうとした。


やがて、下の道路に車の止まる音、ドアの閉まる音。

来たな、と思ったと同時に、開けっぱなしにしていた玄関のドアがゆっくりと開いた。

ふらつく足取りで出迎えに行くと、そこには――


真冬の寒空に、スエットの上下だけ。しかも裸足。

その姿のまま、小刻みに震えながら立ち尽くすあやがいた。


「早く上がれ」と声をかけると、「足が汚れてるから雑巾貸して」と彼女は言った。

その一言に、なぜか無性に腹が立ってしまって、「いいから上がれよ!」と強く言い返してしまった。


慌てて風呂場に向かい、ぬるめの湯を張る。

ベッドから毛布と布団を引っ張り出し、凍える彼女を包むようにくるんだ。

あやは、声を殺すようにしてずっと泣いていた。


エアコンを最大まで上げ、温かい飲み物を飲ませ、ようやく彼女が落ち着いた頃には――

彼女は、汚れた足のまま、力尽きたようにその場で眠ってしまった。


その寝顔を見つめながら、俺の中にあったいやらしい想像は完全に消えていた。

こんな状態になるまで追い詰めた“あの男”がどんな人間なのか――俺の頭では考えも付かなかった。

ただ、凍えるような真冬の夜、裸足で、頼る場所もなく、それでも俺のところへ来たあやの姿を見た瞬間、

俺の中の浅ましい気持ちはすっかり飛んでいた。


今の彼女に必要なのは、何よりもまず「安らぎ」だ。

それだけは、はっきりと分かった。

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