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憂鬱な金曜日

まゆは少し、いや、かなり諦めかけていた。


もう8月。あの匂いを感じたのは、ちょうどひと月前のことだった。

本当に…わたしの知っている、あの懐かしい匂いだったのだろうか。


それ以来、気づけば毎週金曜日、同じ時間にあの喫茶店へ通っている。

そして、その人の姿を一度も見かけることはなかった。


気になっていたのは匂いだけじゃなかった。

――なんてきれいな手をしているのだろう。

年齢はたぶん40代くらい。髪型は少し野暮ったくて、眼鏡も正直好みじゃない。

それでもなぜだろう、あの人のことが、どうしようもなく頭から離れない。


…というか、わたしがそんなふうに思うなんて。

自分でも驚いていた。


もう縁がないのかな。

そう思いながら、家へと続く商店街を歩く。

この道には、いくつかお気に入りの場所がある。

どれも、どこか優しくて、懐かしさを感じさせてくれる。

とりわけ、この小さな商店街のあたたかい雰囲気が、わたしはたまらなく好きだった。


お肉屋さんの80円のコロッケは、地元の名物。

でも、わたしが通るこの時間には、いつも売り切れている。

それもちょっとした、毎週の風景になっていた。


そして、喫茶店にたどり着いた瞬間――


「あの人だ」


レジで会計をしている姿が、すぐに目に飛び込んできた。

どきどきする心臓の音が、自分でも聞こえそうだった。


“待ってたんです、ずっと――1ヶ月以上も”


胸の奥でそう叫びながら、わたしはそっと、その人の横を通り過ぎた。

やっぱり、あの優しい匂いがした。


席に腰を下ろしたその瞬間、彼は店を出ていった。

その背中を、わたしはただ、静かに目で追った。


できることなら、追いかけたかった。

でも、それはできなかった。勇気が、なかった。


けれど――

あの懐かしくて、温かくて、心がほぐれていくような匂いは、確かにそこにあった。


ふと、店内の奥から店員とマスターの会話が聞こえてきた。


「今日、珍しいですね。あのお客さん、いつも土曜日に来るのに」


…土曜日?


その言葉に、わたしの胸がふっと熱くなる。


明日は土曜日。会社は休み。


何時に来るのかはわからない。

お店の子に聞いてみたかったけど、なんて聞けばいいの?

「匂いの人は何時に来ますか?」なんて、言えるわけがない。


でも――明日、待っていればいい。


今度こそ、偶然ではなく、ちゃんと出会いたいから?何に?

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