気になるナポリタン
ご褒美の金曜日。
けれど、その日に限って私は少し残業になっていて、いつもより遅い時間になってしまった。
別に、早く喫茶店でくつろぎたかったわけじゃない。
――ただ、
あの人が、またあの席で食事をしているんじゃないか。
そんな予感のようなものが、ずっと胸の奥でくすぶっていた。
あの懐かしい香りが、この一週間ずっと頭から離れなかったのだ。
別に、あの中年の男性に特別な興味があったわけじゃない。
でも、あの香りと、それに伴う感情の揺れが、どうしても消えてくれなかった。
足早にお店に着くと、そこにはいつもの静けさがあった。
店内をぐるりと見渡しても、あの人の姿はどこにもなかった。
お気に入りの席は空いていたけれど、私は前回と同じ席に座っていた。
どこかで、自分でも気づかないふりをしていた期待を、そっと隠すように。
紅茶とチーズケーキを注文して、短編小説を開いた。
読み始めてどれくらい経っただろう。たぶん、1時間は過ぎていたと思う。
いつもならそのあたりで帰るはずなのに、私は紅茶をお代わりして、もう一話だけと、小説を読み始めた。
わたしは、自分に口実を与えていたのかもしれない。
――あの人を、あの匂いを、もう一度感じたくて。
けれどその日、あの香りには、とうとう出会えなかった。