蛇の館
翌日、黄昏時。
暁の屋敷には吉平と高遠がやってきた。吉平は真剣な面持ちで、対する高遠はいつもの優雅な笑みを浮かべている。
「さて、どうすればいいのかな?」
高遠が吉平に声をかけると、吉平は更に顔を強張らせて返事をした。
「え、え、えっと。ちょ、ちょっと、気合を、入れます!」
「吉平君。そんなにがちがちで大丈夫かい?」
「だ、大丈夫、です」
「ならいいけど。不安だなぁ」
くつくつと笑う高遠を見て、暁はため息をつく。本当にこの男はことの重要性を分かっているのだろうか。
これから妖と戦うのに、全く緊張感がない。しかもこの状況を楽しんでいる。
本当に、訳が分からない男だと、暁はしみじみと思った。
一方で吉平は青ざめて固まっている。
とにかく、吉平の緊張をほどかなくては。そう思って暁は吉平の肩を軽く叩いた。
「吉平、大丈夫? 息を吐いて、あまり緊張しないで。なにかあったら私が助けるから」
「う、うん。じゃあ、やってみるね」
吉平はそう言いながら意識を集中するように目を瞑る。
何かを感じるように纏う空気が変わったのを感じた。
「僕について来て。こっち」
吉平に案内されるまま、夕焼け空の元、京を歩いて行った。
右へ行ったり左に行ったり、大路を歩き、いつしか京の端の寂れた場所までやって来た。
「次は右だね。その奥にあるよ」
吉平が緊張した面持ちで言うと、その先には築地が崩れた屋敷があった。中を見ると荒れ果てている。
こぢんまりとした屋敷で、身分は低いが貴族の家であることが察せられた。
中に入ると庭には草が生い茂っており、三人はかき分けるように屋敷の方に進んだ。
「うわああああ。やっぱり怖いよー」
「吉平、気を付けて。また憑依されないでね!」
「うん……」
その時草むらからガサガサという音がして、吉平は飛び上がった。
「ひゃあああああ!」
「なに⁉」
暁も急な物音に硬直する。その瞬間、なにかが飛び掛かってきた。するとそんな二人を庇うように高遠が立ちはだかり、短く気合を入れると、抜刀して何かを切った。
「はっ!」
ぐしゃ
鈍い音を立ててそれは落ち、地面には血が滴っているようだった。
「蛇……だな」
高遠は刀を振って血を切ると、冷静にそれを見た。だが、かさかさという音は更に増えていく。
まさかと思っていると、至る所から蛇が近寄っていることに気づいた。
「う、嘘だろう……」
「吉平、情けない声出さないで。とにかく逃げるよ。このままじゃ噛まれちゃう」
「吉平君、暁君、とりあえず屋敷まで走るんだ! 私が先陣を切って走るからついて来なさい!」
「はい!」
高遠が暁と吉平を庇いながら先を進む。その道を切り開くように、高遠は襲ってくる蛇を切り続けた。
さすがは武人、息も切らずに舞うように蛇を切り、長く伸びた草をなぎ倒しながら進んでいった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「高遠殿……ありがとう……ございました。貴方がいなかったら……ちょっと危なかったです」
「いや。お役に立てて嬉しいよ。……さて、屋敷に着いたけど。どうやら蛇は追ってこないようだね」
「そうですね……」
「息が切れているけど、二人とも大丈夫?」
「はい……なんとか……」
「僕は……ちょっと……無理です……」
腰が抜けてしまっている吉平を苦笑して見ながら、高遠は吉平の手を取って立たせる。
暁も息は切れているが、何とか自力では立っている。もう少しすれば息も整うだろう。
「はぁ……。じゃあ、さっそく妖を見つけよう」
「暁どうするの?」
「うーん、奥の方に進むしかないよね」
「僕、もう嫌だよ……帰りたいよ……。やっぱり屋敷の前で引き返せばよかったよ……」
「そんなこと入る前に言いなよ」
「だって……僕一人で屋敷の前に立ってるのも怖いじゃないか!!」
「……。」
暁は思わず黙ってしまい、高遠はその様子を見て笑いをこらえている。
「で、吉平はこの先行かないの? ここで待ってる?」
「……うっ」
ガタッ
吉平が言葉に詰まっていると、奥から物音がして吉平が飛び上がる。一方暁と高遠はその物音の方に鋭い視線を向けた。
「な、なに?」
「吉平、ちょっと待って。妖の気配がする」
暁の肌が粟立ち、何かが来ることを察知した瞬間だった。高遠の緊迫した声が部屋に響いた。
「伏せろ!」
同時に爆音とともに、黒い靄が勢いよく吹き出し、大蛇のように三人をめがけて襲ってきた。
あまりに突然のことで、暁も吉平も反応できなかった。
ただ、それは穢れの塊であることだけは分かった。
そして、気づけば目の前には高遠の姿があった。
「はっ!」
月光に煌く白刃が霧を薙ぎ払う。
「高遠殿⁉」
暁と吉平を庇うように立ちはだかった高遠はその大蛇の靄を一瞬にして切り伏せた。黒い霧の塊は散り散りになるが周囲には黒い靄が漂っていた。
その隙を暁は見逃さず、小さく五芒星を書き結び護符を投げ捨てた。
「急々如律令!」
光とともに、完全に靄は晴れた。
暁は思わずため息をつく。一瞬緊張がほぐれるが、気を引き締めて高遠に向き合った。
高遠はじっと穢れが来た方向を見つめつつ、剣をしまった。
「高遠殿。ありがとうございます。でも、よく穢れが分かりましたね」
「あぁ。これでも武人だからね。なんとなく気配は感じられたんだ。反射的に剣を抜いたが、何とかなってよかった」
暁に向き直った高遠は暁に顔を近づけまじまじと見つめた。
「な、なんですか?」
「いや。やっぱり陰陽師なんだなぁと思って」
「まだ見習いなんですけどね。ってか、顔近いです!」
「そんな照れなくても。あ、でも惚れ直したかい?」
「お、男に言うセリフじゃないです!」
女であることがバレたのではと思い、ドキリとするのを抑えつつそっぽを向いて暁は何とかそう怒鳴った。
それを見て高遠はクスクスと笑いながら顔を離すと今度は吉平に向き直った。
その時高遠が自分を揶揄ったのだと察せられた。
(からかわれた……なんだか、悔しい……)
思わずむくれたが、気持ちを切り替えて暁も吉平に向き直る。
「吉平君も大丈夫かい?」
「あ、吉平。また憑依されてない?」
「う、うん、大丈夫。今のところ何ともないよ」
「お二人さん、気を引き締めてくれ。第二弾が来るようだよ」
高遠の眼光が鋭くなる。
確かに周囲に黒い靄が集まり始めて、穢れの塊は再び大蛇のようにうねり始めた。
暁も目を閉じ意識を集中させる。どこから来るのか。いつ来るのか。
ドキドキと鼓動を感じつつも、それを探った。
ぞわりと再び体が粟立つ。それを辿った先を高遠に告げた。
「高遠殿、上です!」
「はっ!」
上から襲ってきた靄の塊を高遠は薙ぎ払うが、今度はその刃をすり抜けて、三人にめがけて降り注ごうとする。
(こんな濃い穢れを浴びたらさすがにヤバい……! 護符が……間に合わない!)
思わず暁は目を瞑ったが、穢れを受ける様子もなく、代わりにどさっという音が聞こえ、そろそろと目を開けた。
「高遠殿!」
そこには穢れをまともに受けた高遠が倒れていた。
「私達を庇って、穢れを受けてくれたんですか? 穢れを祓います!」
「暁……君。いつまでもこの穢れと戦っても……意味がない……のでは?」
「はい……、確かに本体となる妖を調伏しないことには……」
「じゃあ……先に行くんだ……」
「でも!」
このまま高遠を見捨てるわけにはいかない。
反論の言葉を口にしようとした暁の言葉をさえぎって吉平が言った。
その言葉は力強いもので暁は吉平を見つめた。
「暁! 高遠様は僕が守るよ! ここの穢れの相手は僕がする!」
「吉平……大丈夫なの?」
「うん。結界を張るのだけは得意なんだ。何とか高遠様を守ってみる」
「私もまだ体は動く。大蛇みたいな穢れの足止めは引き受けるよ」
高遠と吉平が真剣な目で訴えかける。
確かにここで固まっていても仕方がない。
暁はその思いを受け止めるようにしっかり頷いた。
「分かった……」
そう言って暁は部屋の奥に目を閉じ集中する。体はそのままに、視界は暗闇が続く部屋の先に進んでいく。
早く、早く、辿った先には穴だらけの天井からいつの間にか出た月の光が見えた。
月光に照らされたのは白い大蛇の妖。
「あれが……本体。……吉平、私は行ってくるね。このまま頑張って耐えて。必ず戻ってくる!」
「うん!」
「じゃあ、行ってくる! ……朱雀・玄武・白虎・勾陳、帝久・文王・三台・玉女・青龍……急々如律令!」
暁は護符を投げつけるとそれは光の刃になって大蛇の周りに漂う靄を切り裂いていく。開いた道に目掛けて暁は走り出していた。
ここまで来たら二人を呼ぶしかない。
できたら力を温存したかったが、吉平と高遠の身の安全を考えるとそうも言っていられない。そして……自分には最終兵器がある。
そう思うと同時に暁は走りながら護符を構えて叫んだ。
「陰陽の理を成すモノ、我が真名において召喚を命じる。呼び声に応えよ、金烏・玉兎!」
バトルモード突入になります。
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