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女房の異変

屋敷に入り、吉平を寝かすと暁はふーと息をついた。

高遠は吉平を部屋まで運ぶと大人しく帰ってくれた。


これ以上高遠と一緒にいたら女であることがバレるのではないかと内心穏やかではいられないだろう。

だから暁はほっと胸を撫でおろした。


(まぁ、もう会うこともないし…)


暁は吉平に向き直ると、吉平の額に触れ、集中して穢れの根源を探ることにした。

目を瞑れば見るともなく見えてくるのは黒くて深い闇。


だがいつもは靄の先に穢れの元凶が見えるが今回はそれが見えない。ただ、意識を集中しても闇が広がるだけ。

そしてその闇に触れると先ほどと同様にぞくりとした感覚に襲われる。

鳥肌が立つようなそんな感じだった。


「はぁ……はぁ……なんで。今までと違う」


集中力を使ったため息が上がる。だが穢れの根源が全く分からない。

暁が一人で悩んでいると、不意に金烏と玉兎が音もなく現れた。


「おい、暁どうした? 大丈夫か?」

「夕餉の準備ができている。心配で見に来た」

「ありがとう」


さっき二人を見破った吉平を見て、金烏が疑問を投げかけてきた。


「おい、こいつは……さっきの?」

「うん。私と同じ陰陽師見習いなんだって」

「あーそれで見鬼の才があったわけか。……それにしても、憑依されるとは、体質だな」

「え? 憑依?」


今まで穢れを祓ってきたが、たいていは穢れに当てられただけだった。だが憑依となると祓うのも厄介だ。正直自分の実力では祓うことができるか分からない。


「うーん。ここまでくると……玉兎の力を借りるしかないよね」

「そうだな。憑依を祓うのは簡単だ。だが元凶を祓わないと同じ事になるだろう」

「吉平は大丈夫?」

「あぁ、この男も陰陽師の力がある。常人と違って憑依の影響はそんなに早くは起こらないだろう」

「ただ、そんなに時間はねーかもしれないぜ。見たところ……二日といったところだな。」


二日……あまり悠長に構えている時間はないということだろう。

さっさと片を付ける必要がある。


「それにしても……どうしてこんな陰陽師の仕事バリバリしてんのか?」


金烏もあくまで陰陽師見習いとして宮中に上がったと思ったのだろう。

首を傾げて問われたので、暁はこれまでのことをかいつまんで説明した。


「なるほどな。じゃあ、俺たちもできるだけフォローするぜ。って言っても、……まぁ……暁の式として働くとなると、できることは限られてくるかもしれねーけど」

「でも、我々は長い時を共に過ごした。多少のことはできるだろう」


式神は術者の力によって使える力が変わってくる。

光義の頃はかなりの能力を持った式神であったらしいが、暁の能力ではその力も限界がある。

不甲斐ないなぁと思いつつも、それでもこの二人の式神が協力してくれるのはありがたかった。


「まずはその女房達の様子を見た方がいいだろう。簡単なものなら祓ってしまおう」

「そうだね。じゃあ、行ってみようかな」


玉兎の提案によって暁は病に伏している女房達の様子を見ることになった。


 ◆  ◆  ◆


「では、失礼しますね」


案内役の女房に連れられて、病に臥せっている女房達の大部屋に向かうと、暁は一瞬にしてその異変に気付く。


姿を隠したままの金烏と玉兎も顔を顰めたということは暁の気づきは的外れではないようだ。

この部屋には……かなり濃い穢れが充満している。


「あの……」


立ったまま怪訝な表情を浮かべている暁を認めて一人の女房が声をかけてきた。


「あ、すみません。貴女も体調がすぐれないのですか?」

「えっと……?」

「私は陰陽師の賀茂暁と申します。本日陰陽寮から派遣されました」

「そうでしたか」


怪訝なものを見るような表情だった女房は陰陽師と聞くと安堵したようだ。

暁は早速本題を切り出した。


「それで、症状はどうですか?」

「少し気持ちが悪いのと……足が痛いのです。たぶん打ち身か何かかもしれませんが」

「なるほど……打ち身……ですか? どんな状態で起こったのか記憶がありますか?」

「ええ。夜に北の方(奥様)様の夕餉をお持ちしようとしたところ、足を滑らせましたの。その時、誰かに足を掴まれたような強い力で転ばされたようで。……気のせいかもしれませんが」


少し気になる。

それに全体的に穢れを纏ったように薄い霧が体を覆っているが、その靄が一番濃いのが足首だった。


「もしかして、それは右足ではないですか?」

「ええ、そうですわ」

「男の私に見せるのは抵抗があるかもしれませんが、まだ年も若いので気にしないでいただきたいのですが……足首を見せていただけないですか?」

「え、えぇ……」


ちょっと戸惑いながら女房は右足首を見せてくれた。

するとそこにはうっすらと何かが巻き付いたような痣があった。


「これは……いつくらいに転ばされたのですか?」

「そうですね。二日前くらいでしょうか?」

「なるほど」

「そう言えば。病気に臥せっているあの子も痣ができたとか言っていたような気がします」

「それはどの方ですか?」

「小春。小春起き上がれる?」

「はい、姐様、どうしましたか?」


奥で寝ていた小春と呼ばれた若い女房が体を起き上がらせる。

この女房より具合が悪そうだ。


「いや大丈夫です。そちらに行きますね」


暁は小春に近づいて再び意識を集中させた。先ほどの女房よりも穢れが濃い。

そして今度は手首に強い穢れがあった。


「小春さん。手首を見せていただけないですか?」

「はい……どうぞ」


おずおずと出された手を見ると確かに何かが巻き付いた後のような痣ができている。


「手首を痛めたきっかけは何ですか?」

「北の方様に手水(ちょうず)をお持ちしようとして廊下を歩いていたら、何かに手を掴まれて庭に引っ張られました」


明らかに妖が関与している可能性が高い現象だった。


「それはいつ起こったんですか?」

「えっと……五日くらい前でしょうか? それから体がだるくなって、こうして寝込むことになったのです」


そのあと別の女房の様子も診て、話を聞いてみる。


「分かりました。早く治せるようにしますね。まずは気休めですが……」


そう言いながら女房達の穢れを祓う。もちろん完全に祓えたわけではないし、元凶を調伏しなくてはこの症状は治らないだろう。

それでも苦しんでいる人を前にして、暁は少しでも力になりたいという一心で穢れを祓った。


「ありがとうございます」


女房達にお礼の言葉を言われたが暁にはあまりその言葉が入っては来なかった。

少し、力を使いすぎたか、体が重くなってきた。冷や汗も出てくる。

その様子を見ていた玉兎がたまらずに耳元で囁いてきた。

常人には見えない彼らと話すと暁が不審者になってしまうと思った二人は黙って様子を見ていたのだ。


「体も厳しくなってきただろう。あとは私の力で祓おう」

「ううん。大丈夫。玉兎はまだ力を温存していて。たぶん……この怪異、根が深い」


その時暁の心臓がドクンと大きく脈うった。

この気配は……

どうやら重症の女房が隣の部屋に寝かせられている。

そしてその部屋に入ると一気に空気が重くなっていた。次の瞬間何かが暁めがけて襲ってきた。


「暁!」


その言葉と同時に金烏がそれを切り裂く。

キャシャーという不気味な音と共に、それは消えていった。


「金烏……ありがとう……」

「大丈夫か、暁」

「うん……大丈夫。それより今のはなんだったの?」

「穢れの一部だな。かなり濃いところを見ると最初に倒れたのはこの女房だろう」


見てみると体中に色濃く痣が出ている。


「蛇……?」


これまでの軽症者には何かが巻き付いたものとして見えなかった痣が、この女房には鱗のような跡がくっきり出ていた。

そしてその女房が譫言を呟いた。


「おのれ……私からあの人を奪って……」

「え?」


これは、穢れの元凶である妖が言わせていること……なのか?

そう思って暁は傍らで腰を抜かしていた小春に尋ねた。


「この方はいつからこのようになったのですか?」

「えっと……十日前からです」

「十日前……何か、この屋敷で変わったことがありませんでしたか?」

「変わったこと……」


うーんと首をひねった小春が何かに気づいたようにつぶやいた。


「北の方様のご懐妊が分かったあたりですね。」

「北の方が……」


暁は考えた。これまでの怪異。全て北の方付きの女房だった。

そしてそれが懐妊のタイミング。これは……たぶん偶然ではない。

十中八九北の方を狙ったものだろう。

おそらくは北の方が懐妊したことによって引き起こされた何か。


「呪詛……かな」


ぽつり呟いた暁の言葉に金烏も頷く。


「その可能性は高いな」

「それより暁。もう体も辛いだろう。ここは私の力を貸すから一旦部屋に戻ろう」

「玉兎……ありがとう」


暁は今まで通り、手を女房の額に触れた。その手に玉兎は手をそっと重ねた。


「その言葉、穢れを祓うもの。急々如律令」


玉兎の力を借りたことで、暁の体にはそこまでの負担がなく穢れを祓うことができた。

もちろん他の女房のように完全に穢れが祓われたわけではないが、だいぶ女房の顔色も良くなり、それまで苦しそうだった表情も和らいだようだ。


暁はほっと胸を撫でおろすと、暁たちにあてがわれた部屋に戻ることとした。


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