始まりを告げる怪異
ホラー?ミステリー?ライトな感じで書いていきますのでお付き合いください
その日、二条邸は色めき立っていた。
この屋敷の主である橘中納言の北の方が懐妊したことが判明し、今日はその祝いの酒宴が催されるからだ。
そのため、屋敷の使用人たちは総出でその準備に追われ、北の方付の女房もまたその準備に屋敷を駆けまわっていた。
「あら、もう薄暗くなってしまったのね。まったく春は日が短くて困るわ」
梅の花が綻び、色の無かった庭に赤や白といった彩を添えてくれているとはいえ、まだ春とは名ばかりだ。
申の刻になれば夜の帳が降り、屋敷は薄暗くなってしまう。
ゆえに、いつもは夕闇が訪れる前には北の方の部屋に灯りを持って行くのだが、今日は酒宴の準備で追われて少し遅くなってしまった。
(早く行かないと怒られてしまうわ)
女房は慌てて燭台を持って北の方の部屋まで向かった。
廊下を進んでいくと一陣の風が吹き、その風の冷たさに女房は一旦足を止めた。
「寒いわね」
そう言って身震いした時だった。突然庭に植えた菊がざわりと揺れた。
何かいる。動物か、虫か?
女房は蝋燭の明かりを庭に向け何がいるのか確認しようとした。だが、暗がりで良く見えない。
怪訝に思いつつ、さらに目を凝らしてそちらを見た時だった。
突然、“黒い何か”が女房めがけて飛び掛かってきた。
「きゃあ」
反射的に身を捻ったが、その“何か”が腕に絡みつく感触がした。驚き叫び声をあげた女房だったが、そのまま強い力で庭の方に引き摺られていく。
女房はそして黒い何かが体に巻き付くような感触があり、目の前が黒い靄に包まれた。
視界が失われて、体の自由も聞かず、何が起こったか分からないまま、女房は叫んでいた。
「助けて!きゃああ!」
その時、女房の頭に女の声が響いた。
酷くしゃがれたような声は若い女なのか、年を老いているのかも分からない、奇妙な声だった。
―オノレ……私カラアノ人ヲ奪ッテ……許サナイ―
呪いが込められた声を聞きながら、女房の意識は闇へと落ちて行った。