5:忘れてない、大丈夫。
後ろ姿が見えなくなるまで笑顔で送り出したイサネ。命を奪った罪は消えることはない……事実を背負い、覚悟を持って行動することをグラウに誓って兵士たちは帰還していく。
「やっぱりすごいですね……グラウ様って」
「…………俺がそうあればいいと思ったことを言っただけだ」
「ふふっ…………それで私たちはどうしま――あっ!」
「……」
「村が落ち着くまで」は……その条件で人々を癒し続けたイサネ。強い力で引き寄せられ、腕をめくられる。
「あ…………ははは…………は」
「……獣化の進みが早い…………イサネ…………」
「でも……たくさん救えました。これくらいへっちゃらですよ!」
細腕に似つかわしくないフサフサとした金色の体毛が左腕にびっしりと……笑顔で誇らしげに笑うイサネ…………見つめるグラウの表情は険しかった。
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3年前――イサネとグラウの出会いは奴隷市場だった。
珍しく王妃である母に同行して【ウェスト】に来ていたグラウは、貧困街がある事実と奴隷がいる国がいまだあることに対し腹立たしい気持ちのまま街を見て回っていた。そこで見つけたのがイサネ……檻の中、隅で膝を抱えていた。
成人でありながら獣人の特徴である耳や尻尾などの動物の特徴が欠損していたその容姿を目にしたグラウは、虐待されたものだと思い、哀れに思い……金で人を買うことに戸惑いながらもイサネを買い上げた。
「このタグ…………『イサネ』…………名前?」
「…………」
会談の同席を無視し、すぐに国へ戻り、自分の屋敷にイサネを招き入れ、風呂に入れ着替えをさせ、食事を出した。接し方がわからないグラウは自分なりに優しくしていたつもりだったのだが……イサネは口を開かず、うつむいたままだった。
そんなある日……ひとりきままに狩猟に出かけたグラウは大ケガをして帰って来た。召使いにバレないように自室に戻りベットに横たわっていた。
「…………っ?!」
いつもなら「ただいま」と声をかけられていたイサネは異変に気付き部屋を覗くと、苦しむグラウの姿が目に入った。すぐさま駆け寄り…………グラウの体を温かい光で包んでいく。
「イサ……ネ…………?これは…………」
「グ、ラウ様…………死なないで…………っ」
ケガのせいで獣化が半端になり、片腕だけ大きな狼の腕になっていた。怖がることなくその腕を両手で抱え、祈るように。
「……ありがとうイサネ…………俺は死なない…………いなくなることはない」
「…………っ」
大きく避けていた左足の傷は塞がり、出血も痛みも消え獣化も収まっていく……ほっと胸を撫でおろした次の瞬間――。
ポフンッ――。
「あっ、やば。」
「イサネ……???????」
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不思議な力を使うことができる獣人は種族共通の力を持っていて、例えば【黒狼】族は自身を狼の姿に、【魚人】族は水を自在に操ることが出来る……など。
その中でも特別な力を使うことが出来る者が稀に生まれる。グラウの『半獣化』は、グラウにだけ授けられた女神の祝福であった。イサネの使う癒しの力もそれと同じだと考えられるのだが……代償と思われる副作用がでるのはイサネだけ。
「とりあえず【イスト】の王に謁見する……ですか?」
「うん。いつ争いに巻き込まれてしまうかもしれない不安定な国じゃ探しものも見つけられない」
「とかなんとか言って……また『忙しくて』って言い訳するとかはないですよね?」
世話になった【チーニ村】を出て林道を【イスト】の都に向かって歩くグラウとイサネ。
「………………そんなことは、ない」
「間がありましたけども?」
歩きながらグラウを覗き込むイサネの顔は、本来の目的を真面目に遂行しようとしていないだろ……という疑いの目。チクチクと刺さる視線に……
「忘れてない、大丈夫」
「わふっ!!…………わ、わかりましたから撫でるのやめてください!」
わしゃわしゃとイサネの頭を撫でる。少し強引で、優しく……。