SideStoryⅠ:イストの王妃とサウスの王
イサネとグラウが【サウス】を旅立って数日経った。
心身ともに浄化されたヴァルロス王は自身の治める国を正常に戻すため働いていた。
「意識の無い間に行った力……どうやら【紫炎の魔女】の力も作用していたようだな……一回で操れる水量はこの程度か……」
「ヴァルロス王……そう気を落とすことはありません。相手は広大で神聖な大海……そう簡単に言うことを聞いてはくれないでしょう」
「ふむ……そうだな!我ら水を得て生きる者を育てた神たる存在!じっくりゆっくり対話を――」
沖にある深海から兵士たちを呼び戻し、浅瀬となってしまっている城の復興をしている最中……慌てて飛び込んできたのは海鳥の獣人の兵士……役割は偵察。
「ヴァルロス王!【イスト】との国境に多数の兵の影を発見しました!!……とうとう……!」
「来てしまったか……ミケ……」
惑わされた王妃ミケは行動に移った……【サウス】をわが手に……世界を手に入れるための礎にと。
「防衛をせよ!!消して傷つけるな!!岩亀団を配備するのだ!」
グラウたちから事前に【イスト】の現状を聞いていたヴァルロス王はすでにどう対応をするかを決めていた。
「……民を傷つけるのは本望ではないだろう……ミケ」
岩のように固い表皮を持つ亀の獣人兵を率いてヴァルロス王は戦線へと向かう。
――戦線は拮抗。
防衛に極振りすること……統率の取れた兵たちは昼夜を安定して越えられるよう、入れ替わりをこまめに行い、壁となっている岩亀の獣人たちのケアをしつつ確実に戦線を守り侵攻を許さない。
自国民を犠牲にして作り上げた鉱石の武器も突き通ることもなく……王妃ミケは唇を噛み血を滲ませていた。
そんな状態が数日間続き……【サウス】では珍しい天候の変化が起こった。どんよりとした雲は【イスト】側からもうもうと迫り、その色は暗く重く……紫炎の色をした雷も合間に見えた。
「いかん……!兵を引かせろ!!汚染されるな!!!」
身に覚えのある危険が迫っている……いちばんにそれを感じ取ったヴァルロス王は撤退命令を出した。
【サウス】の兵たちは後退を、【イスト】の兵たちは……稲妻に撃たれていく。
ヴァルロス王はその様子を気にしながら自国の兵たちが引くのを最後まで確認する為最前線に残っていた。
「?!」
遠くから聞こえてきた甲高い女性の叫び声……稲妻の落ちる激しい怒号の中聞き分けられたのは――。
「ミケ!!!」
ヴァルロス王は【イスト】側に向かって走っていた。
すれ違い、通り過ぎていく【イスト】の兵たちは混乱し、戦うべき相手が戦場のど真ん中を駆け抜け向かってきていても対応が出来ないでいた。
「ミケ!!返事をするんだ!!!」
紅く派手なテントの幕が大きく揺れ、隙間から勢いよく四方八方に流れで行く紫炎を目の当たりにする。守っていた兵士も紫炎に支配され始め、苦しみながら体を変化させている……自分が受けた術とは違う術であるとすぐに判断した。
ここに飛び込めば自分の体もどうなるかはわからない。だが……彼女は絶対に救わなければならない、と。ヴァルロス王は幕を破り飛び込んだ。
「ぁぁぁぁああーーーー!!!!」
暴風のように巻きあがる紫炎の中心で王妃ミケは叫び声を上げ、その体から世界へ紫炎を放っていた。
「くっ……ミケ……!」
止める方法があるのかなんてわからない。けれど、苦しむ姿をこのまま見ていることは出来ない。
「目を閉じよミケ!!今は!!なにも!!」
「や……やぁぁああああ!!!」
ヴァルロス王の大きな体ですら持っていかれそうになる中、無理矢理王妃ミケの体を抱き寄せ、瞳を閉じさせる。それが正解だったかはわからない……ただ、無理矢理見開かれた瞳から紫炎が送られていることは明白だった。
「……ははっ……ミケよ……その瞳に移すべきは愛する民であろう?術にかかっているとはいえ……その力で自身も民も焼き尽くすつもりか……?」
「……あっ……そ……そんな……ダメ……うっ!!!」
ヴァルロス王の声に反応があった。明らかな否定と拒否反応……その思いは閉じ込められていた王妃ミケの本当の思いを呼び戻し、自分の力で閉じようと涙を流しながら力を入れる。
「いいぞミケ……がんばれ……ワシが傍にいる……」
「ヴァ……ヴァル……」
「ぬ……?!」
瞳を覆うように添えられたヴァルロス王の手は以前より強い紫炎の力によってやけどのようにただれ始めていた。その傷を癒そうと光の粒が溢れ始める……イサネがヴァルロス王に施した浄化と癒しの残滓と、【ウェスト】で命を懸けているイサネの【聖女】の力が重なった。
勢いが徐々に弱まる紫炎……暴走した力は温かい浄化の光に飲み込まれ消えていった。
「……ヴァル?」
「よく耐えたミケ……さすがワシが認めた女帝だわ」
「そんなことはない……わらわはなんということをしでかしたのじゃ……死んで詫びることしかできぬ……うっ……うぅぅ」
支配から解放された王妃ミケは支配されていた時の自分の行いを嘆き泣き崩れてしまった。
「泣くなミケ……そんな悲しいことをいうものではないぞ」
「しかし……そなたにも迷惑を……どう償えと……あぁ……」
「償い……ふむ……」
自分の腕の中で泣きじゃくる王妃ミケにヴァルロス王は堂々と言った。
「なればミケよ」
「んにゃ……?」
「とりあえずワシと結婚するのはどうだ?」
一瞬で涙が引き、尻尾を大きく膨らませる王妃ミケ。
「はっはっは!!ほんとうにかわいい女よミケ!」
破れた天幕から差し込む日の光……暗く重い雲は晴れ、ヴァルロス王と王妃ミケを温かく照らしていた。




