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38:愛してる。

『アオォォォォーーーーン!!!』


 ふたつの遠吠えが重なり戦いが始まった。

 イサネが言った通り、1年に1度お互いの力を示し合うイベントがある。その時は完全獣化の姿をとることはない。目の前で繰り広げられているのは野性的で、本能が前に出た獣の戦いだ。

 だが、自分の意識がない紫炎の黒狼よりも、戦闘の知識と戦いに慣れているグラウの方が1枚上手なのはイサネの素人目にもわかりきっていた。

 先手を仕掛けたつもりのはずがいつの間にか後ろを取られ、気付いた時には踏みつけられている。

 振りかぶった前足の鋭い爪は空を切り、後ろ足で顔面を蹴られている。

 距離を詰めたところを逆手に取られ、首に噛み付かれ投げ飛ばされる。

 グラウは爪は出さない。鋭い牙も、肉を裂くほどの力を入れることはない。浄化をするための攻撃に殺意はない……段々と弱々しく息が上がり、動きが鈍くなっていった紫炎の黒狼。グラウはゆっくりと歩き眼前で止まり、最後の一撃を……。

 ゴッ……!

 鈍い音の頭突き……軽そうに見えたが脳震盪を起こすほどの衝撃が紫炎の黒狼の頭に炸裂していた。大きな体は力なく地面に倒れ、光に包まれると本来の姿に戻っていく。


「境界の町の兵だったか……混乱していたせいで【イスト】側へ迷い込んでしまったのだろうな」


 グラウは元の姿に戻り、横たわっている兵士の無事を確認した。


「グラウ様~~?ちょっと楽しんじゃってたでしょう?」

「いや……まぁ……その……すまない……イサネと会えたこともあって……気分が良かった」

「そんなこと言って私の存在そっちのけで暴れてたじゃないですか~~」

「……ごめん」


 久々にイサネに怒られ、詰められ、耳ぺしょグラウになる。


「……どうしたら許してもらえる?」

「それ聞いちゃいますか?そうですね~~……ん~~」


 ものすごく深く考えているフリをするイサネを不安そうに見つめるグラウ。


「すっごい豪華な朝食を所望します!」


 ズバリ!と。にっこにこのイサネにグラウは思わず吹き出してしまった。


「……ふはっ!……わかった……イサネの食べたいもの……全部用意しよう」

「そうと決まれば!【チーニ村】に急ぎましょう?この人もこのままにしておけないですしね!」


 グラウは兵を肩に乗せ、イサネを片手に抱いて【チーニ村】へ向かう。

 朝日が村を包んでいた。

 復興が進み、しばらくの間地下で暮らしていた村人たちは地上へ戻っていた。最初に立ち寄った時とは違い、見える煙は煙突から上がる朝食の焚火、所々から聞こえる声は朝の挨拶や仕事の会話……どれもこれも、平和が戻っていることが伝わる温かいものだった。

 あの時の親子に再会し、感謝を伝えられた。母と子だけだったが、今は父も戻り以前と変わらぬ村での生活を送っているのだそうだ。


「ぜひ召し上がっていってください!」


 ここへ戻った理由を話すと朝食に誘われた。グラウはイサネの願いを……と考えたが、どうもこれでよかったらしい。


「私これ食べたかったんですよグラウ様」

「……あぁ……俺も同じだ」


 テーブルに並べられた温かいスープと新鮮な野菜のサラダ……そしてあの時半分にして食べたニンジンパン。今日のニンジンパンは……焼き立てで数も沢山あった。


「どうしてはんぶんちょすうの?」

「こうして分けると……もっとあったかくておいしいんですよ?」


 イサネはグラウとひとつのニンジンパンを分け、それを真似てウサギの獣人の子も両親と分け合って……笑顔と笑い声が溢れる小さな食卓で朝食を楽しんだ。

 村長の家のベッドを借り、兵を預けることにした。紫炎を長時間浴びていた事と、強制的な完全獣化によって体力がなくなっていた兵を連れて雪山を越えるのは難しいと判断したからだ。村の雑貨屋でイサネの服を買い、日が昇っているうちに、と【チーニ村】を後にした。


「確かにそうですけど……ねぇグラウ様」

「……どうした?」

「本当はふたりきりになりたかった……!とかだったりします?」

「……」

「グラウ様~~……?」


 プイっと顔を逸らすグラウをからかうイサネ……だったのだが、すぐに反撃を食らってしまった。


「それはイサネも同じなんだろう?」

「わっ……ちょ……ち、ちかっ……くすぐった……グラウさ……っ」


 並んで歩いていたイサネを抱き上げ、耳元に口を寄せて優しく囁くように問うグラウ。


「俺はずっとこうしたかった……もう絶対に離しはしない……ずっと一緒だイサネ」

「え……でも……お、お嫁さん探しは……」

「……まだそんなことをするつもりだったのか?」

「だ、だって私は従者ですし……身分とかそういう……!」


 照れ隠しで誤魔化しているのか、単純にあの日のグラウの告白が聞こえていなかったのか。ならば、と……今度はしっかりと伝える。


「愛してる」

「ひぁっ……!」

「愛している……イサネ」


 それはもう真っ赤っかになるイサネ。その反応が愛おしくて愛おしくて仕方が無くなるグラウ。


「イサネは……?」

「ヘェッ!?」


 更に追い打ちと言っていいだろう。優しくほほ笑みかけながらグラウは返事を待った。


「……――す」

「聞こえないよイサネ」

「わ、私も!……大好き……です」

「愛してる?」

「い、いじわるしないでくださいっ!」


【聖女】の力はなくなったイサネだが、怪力はそのまま。そこまで強い力で抱かれていたわけではないが、ぐわっと力を入れてグラウから離れ前へ走っていってしまった。

 少しやりすぎたかと思っていた。


「……………グラウ様っ!」


 トボトボと歩きながら聞こえた声……段々と近づいて。


「わ、わ、わた……私も……愛してます……っぅぅ」


 戻ってきたイサネ……意を決したという様子でグラウの前で立ち止まり大きな声で応え伝えてくれた。


「あぁ……君を好きになって良かった……心から愛してる……イサネ」

「はい……グラウ様……愛してます……大好きです!」


 道端……愛を伝える場所にしては雰囲気もなにもあったものではないが……そんなことは関係なくふたりだけの世界が出来上がっている。


「あの……グラウ様……私こういう……慣れてないので……お手柔らかにしてもらえると……」

「……そうか……じゃあ……慣れるまで……続けたらいいか……な」

「まさかそんな意地悪さんだったなんて……」

「イサネ……こっちを見て?」

「はい?え……あっ……」


 下を向いてしまったイサネを振り向かせ……そっと唇を重ねた。


「……帰ろうか……イサネ」

「もぉ~~~ムリィ…………」


 顔を両手で覆って止まってしまったイサネを片手で抱き、歩きはじめる。

 しばらくの間イサネの文句は止まらなかった……どれもこれもグラウにとっては可愛らしく愛おしい発言で……いつまで聞いていたいと感じながら旅の最後の時間を歩みと共に刻んでいく。

 従者でもなく、【聖女】でもなく、この世にただひとり、自分の言葉ひとつで頬を染めてしまう可愛らしい……愛する女性と共に。


 Fin

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