4:それが倖せだと思っている。
他国との交流は限られた支援のみに留めている【ノース】は、世間に広まる噂も情報も入りにくくなっている。月に一度行われる各国の王との会談では現地に赴くことは稀で、魔法の水鏡を通して顔合わせをしている。文明の程度は他国との差がでてしまっているのだが……ある意味では一番安心して暮らすことのできる国だ。
険しい山を越え、極寒の大地を侵攻することなど無駄な犠牲を出すだけで無謀……戦争や侵略なんてものからはもっとも遠い存在であったゆえに……今回の出来事は衝撃であった……【イスト】や【ウェスト】、【サウス】の三国は密かに……睨み合いをしていたという事実を目の当たりにしたのだから。
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あれから5日、グラウとイサネは【チーニ村】で復興の手伝いをしていた。
もう一度地上に村を再建するのは今の情勢では危ないだろう……と、イサネが村人に説き、地下の居住区を充実させ、少し落ち着きを取り戻し始めていた。
「……それにしてもなぜ男性だけ連れ去ったのでしょうか」
元あった村から少し離れた場所に新たに作った隠し通路から出たイサネはグラウの様子を見に地上へ……疑問を口にする。
「……聞いてみよう」
地上でカモフラージュとしてのハリボテの家を捉えた兵士を使って建てているグラウは、下着姿にされて酷使され、汗だくでボロボロになっているひとりの兵士に近づいていく。
「……そこのお前」
「ひぃっ!?」
褐色の肌に鋭く光る紅い瞳、白い毛並みの大男のグラウ。後ろから急に声をかけられ、その巨体の陰に埋もれた兵士は怯えてしまった。
「まぁそりゃ怖いですよ……少しお話よろしいですか?痛い事はしませんから」
後ろからひょっこりと顔を出したイサネの顔を見て少し安堵する兵士。グラウは少し落ち込んで耳がしょんぼりしていた。
「あなたは……罪を犯した我々なんかにも治療をしてくださった――……ありがとうございます……なんでもお答えします……」
疑問の答えはこうだった。
生活資源の確保のため、新たに掘り始めた採掘場から武器作成に適した鉱石が発見され、それを掘り出すための労働力が必要となり集めている。今【イスト】は【サウス】とあと一歩で戦争が始まるだろう切迫した状況……たまたま発見した鉱脈が当たり、先手必勝と考えた王は荒い手を使ってでも集めろと命令を出した。
「自国の王が民を襲うように……?バカげてる……」
「自分も本当はこんなことしたくはなかった……でも……でもっ!ううぅぅ……」
膝を抱えて泣き崩れる兵士は「王都に残した家族は人質のようなもの」と呟いた。しばらく泣いたあと、鼻をすすりながら兵士は、
「……そろそろさらった男たちを届けた兵長が戻らない我々を不審に思っているかもしれません」
「グラウ様どうしますか?」
腕を組み、話を静かに聞いていたグラウに今後どうするか問う……すると、名前を耳にした兵士が驚いた声を上げる。
「グラ――…………え?!【白銀の黒狼】…………?え?」
「え?いまごろ?……また名乗らなかったんですか?」
「聞かれなかった」
「そういう問題じゃ…………ていうか見た目でわかるだろ兵士お前…………」
元々口数が多くないグラウのせいもあったが、見た目が怖いにしてもそれを理由に気付かない兵士も兵士だった。イサネは「ここに住んでる奴らは鈍感すぎる」と心の中で呆れた。
「まさかこんなところにいるとは思わず……」
「それはそうですけどね…………それよりも、です。…………ねぇ兵士さん?あなたはどうしたい?私たちに教えたことで許しを乞いたいだけ?」
小さく息を漏らし、想いを、答えを、自分の声で出さなければと兵士は苦しい表情で口だけを動かしている。その様子を見てグラウは、目線を合わせるため膝をつき兵士に告げる。
「……お前たちは目の前の罪に向き合い復興に尽力した。これ以上被害を出さず『国の為に』働くことができると誓えるのなら……全員を解放してもいい…………ただそれは……自分の国に『誠を持って』仕えることの意味を理解し、受け止め…………覚悟しなければならない…………」
「グラウ……様……自分は…………」
「俺は…………みんなが楽しく笑って過ごし、美味しいものを食べて…………安心して眠ることができる…………それが倖せだと思っている…………国や種族の違いなんて……関係ない」
再び兵士の目から大粒の涙が溢れ、こぼれ落ちた。
兵士は主にげっ歯類の獣人で構成されてます。兵長は猫科の獣人です。