30:ケガは……ない?
自分の意識、意思が無くなる感覚を生きている間に知る……自分の内側であがくことしかできないもどかしさ、怒りと苛立ち……薄い紫色のモヤの中でグラウは自分が見ている景色を見て術に落ちたことに気付いて自分を取り戻そうと必死に払おうとしていた。
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イサネの姿を見たこと……そこにいた安心感で一瞬の隙がうまれ、直視していないはずの【紫炎の魔女】の術に落ちてしまっていた。
「あら……簡単じゃない」
その場で棒のように立ったまま動かないグラウ……その体をゆっくりと手のひらでなぞり、その整い引き締まった筋肉の感触ににまにまとしている。
「そんな風に触らないでくださいユヅキさん」
「うふふ……怒ってるの?」
イサネに見せつけるようにピタッとグラウの胸に頬をすり寄せるユヅキ……ついでに自慢の胸も押し付けている。イサネに見せつける……そんなことに集中していたせいでレパード王の接近に気付いていなかった。
「そうやって余の息子も惑わせたのか」
「あらいらっしゃったのね?……本能に身を任せた気分はいかがだったかしら?」
「……なぜそのような態度と行動をとるのだ……それでは本当の魔女ではないか……」
縛られたイサネを手で支えながら起こし、ユヅキに向ける視線は哀れみ。
「……グラウ?行きましょう?」
「……」
「動きませんね」
レパード王の言葉に少しムッとした表情をしたユヅキだったが、すぐに切り替えてグラウと共に去ろうとした。だが、微動だにしない……声をかけてもゆすっても。
「術……少し変えたのがまずかったかしら……」
レパード王に効かなかった惑わしの術……単純に心を奪うことはできない者もいると学び改良し、惑わすだけでなく閉ざすことも付け加える。そんな術ばかり強化に余念がなかったらしい……ユヅキは自分の瞳に力を集中し、今度はしっかりとグラウの目を見つめた。
「……ユヅキ」
「あら!よかったグラウ!心配したのよ?」
「ケガは……ない?」
「ええ……大丈夫……うふ」
ざわざわとグラウの目の紫炎が揺らぐ……そしてゆっくりと動きだし、知らないはずの【紫炎の魔女】の名を呼んだ。
その手でユヅキの頭を撫で髪を香る。
その目で心配そうにユヅキを見つめる。
その腕でユヅキを抱きしめる。
「イサネ……であっておるか?」
「はい……初めましてレパード王様……」
「……そう声を震わせるな……お前はグラウを信じているのだろう?」
ユヅキがグラウに集中している間にレパード王はイサネに声をかけた。
「だがまぁ……大人しくしている場合ではない、万が一グラウの力を使われてしまう事態になれば無事では済まない……逃げる事だけでもできればよいのだが……その縄……お前の力で解けぬのか?」
「ふつうの縄だったら弾けさせれるんですけど……」
「……そっちの力ではなく……余を正気に戻した力のほうだ」
「あ」
「グラウの鈍さが移ったか……さすが従者よな……くふふっ!」
浄化の力……うっかり忘れていたのか、できる限り使わないようにとしていたのか……イサネはレパード王の言葉で気付き、自分の体に祈りをまとわせる。しゅわしゅわと炭酸の泡のようになって紫炎の縄が消えて自由になった。
「ありがとうございますレパード王……」
「それは余のセリフだ……痛みなどはないか?立てるか?」
「大丈夫です……あと私のありがとうにはもうひとつ意味があります」
「……意味?」
パンパンと服の汚れを払いながらスッと立ち上がったイサネ。ふうッとひと息吐いて、真顔でユヅキを見ながら思いと覚悟を込めた声で言った。
「私は【聖女】であらなければいけないということです」
右手の拳を左手のひらにパンっと打ち付けるその姿はまさに【聖女】……というよりは闘志の炎をまとった戦士のようだった。




