3:はんぶんこしよう。
「ぬ、ぬけた…………」
日が上ってすぐ、運よく天候に恵まれ吹雪は弱く、順調に進むことが出来た。結局ルートの変更はせず、そのまま山を抜ける選択をし、昼前には山を抜け、麓の森林にたどり着いた。
「雪が無い……暖かい……」
「紅葉してますね。季節としては秋…………おいしいものがあるわけね」
「こうよう?きせつ……?」
「あ、いえ!なんでもないですグラウ様!地図によるとこちらの方向に村があるみたいですよ」
今度はイサネが先頭になりグラウを導く。
赤や黄色、オレンジ色に染まった木々の合間を抜けると整備された道に出た。ここを辿ればいずれ村に着くことがわかる。道中しきりに耳を動かし、鼻を利かせるグラウ。
森にみのる果実の香り、木の根元に自生するキノコ、遠くで駆ける動物たちの足音……自国では感じたことの無い音と匂いに反応しているようだ……きょろきょろと右に左に視線を移している。
「(半獣化しちゃうと狼そのもなのにな……普段は人の顔……仕草は……犬……)」
振り返ってその様子をみたイサネはフッと笑みをこぼした。
「……?」
「ふふ……なんでもないですよ?あ、あれ……煙突の煙ですかね?」
木々の上に上る煙。何本も上がっているのは昼時で昼食の準備をしているのだと思われたが、グラウがその煙の異常さと臭いに気付いて走り出す。
「ま、まってください!」
「……ここで隠れて」
「え……あぁ……そんな……っ!」
グラウに必死に追い付いて、たどり着いた村の光景をみて口を覆うイサネ。
「盗賊……?」
「あっ……!!」
「まっ……イサネ!!」
半壊している家屋の傍で倒れている人を見つけ走り出すイサネ。ウサギの耳が生えた獣人の女性が子供を抱え、浅く息をしている。すぐさま抱きかかえ声をかける。
「だいじょうぶ……ではないですね……今治しますから!」
「あな……たは……あぁ……あたたかい……」
薄緑色の温かな光。イサネから溢れたその光は傷ついた女性の傷と痛みを取り除いていく。もちろん、その子供も癒していく。
「……イサネ」
「申し訳ありません……ですが……お許しください……」
必死に。額に汗を浮かべながら。
「怒っていない……ただ、まだ、危ない」
警戒していたグラウの予想通り……矢が飛んできた。母子を癒しているイサネのすぐ横の地面に数本突き刺さる。耳を研ぎ澄ませ、遠くで引き絞られる弓の音を察知する。第2射を着地させるつもりはないと……崩れた家屋の柱に使っていただろう丸太を掴み大きく振り、飛んできた矢を丸太で受け止めた。
「ありがとう……狐のお嬢さん……あぁ……メルルも無事なのね……」
「無事です……あれは盗賊ですか?」
母子は状況を説明してくれた。
御旗を掲げた兵士が突如現れ、村人を襲い、家を壊し、金品を奪い、男たちをさらって行ったと。
「それは恐ろしかったでしょう……でも、もう大丈夫です」
「ほんとうですか……?相手はとても恐ろしく強く……大人数で……」
「確かに不利かもしれませんが…………グラウ様!小さな子もいます!お願いします!」
返事はしない、お互いに目配せのみ。
イサネは跪いて手を組んで女神に祈り、グラウに加護を授け……グラウは半獣化して音がした方向へ飛び込み、大きな手足を使って蛮族と化した兵士たちを次々に戦闘不能にし、事態を鎮静化させていく。
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老人、子供、女性……か弱い者たちだけが取り残された【チーニ村】。
シェルターというわけではないが、種族の特性として自宅の地下にも住まいを形成していて、男たちが兵士たちに立ち向かっている間に半分の村人は避難できていたようだった。
「おいちゃんつようんだね!あいがとう!たびて!」
「ん……」
気絶させた兵士たちを縛り上げ、村長の村の納屋に拘束し終えたグラウに話しかける小さな子供。お礼として手渡されたのは少し潰れたニンジンパン。辺りを見渡し探す……額に汗をにじませながら、ケガ人と……未だに怯えている村人を介抱しているイサネを。
「イサネ」
「グラウ様……?」
「……はんぶんこしよう」
差し出された大きな手に、小さなニンジンパン。
「ふっ……ふふふふ!」
「…………??」
「はんぶんこ、ですね?ふふふふっ!」
少しいびつにはんぶんになったニンジンパンを頬張った。
優しいニンジンの香りと……甘い味がした。