28:……傷は浅いです。
もちろん鍵はかかっている……のだが、ここに来るものは限られている、見つかるわけがない……という絶対的な自信があるのだろう、壁にかけられている鎖やさすまたの間に、鍵がぶら下がっていた。
「……さすがに不用心……だが……今回ばかりはありがたい」
ガゴンッと大げさな音を立てて扉が開く。
グラウたちがいた地下牢よりも暗く、かび臭い閉め切られた狭い空間に、扉から差し込む松明の明かり……奥の壁にいるなにかに反射してギラリと光った。
「イサネ……すぐ行く……」
鎖に繋がれ、完全に獣化した巨大なオスの豹がグラウを睨む。
その瞳に紫炎をたたえて。
豹の獣人は走る速度が上がる特殊な力を持っている。元々完全獣化ができる種族ではない……【紫炎の魔女】の術による影響で強制的に獣にされたと考えられる。
自身が獣人であったであろう意識はなくなり、本能でそこにある。
「……噛まれたら……痛そうだが……我慢か」
幸い鎖につながれてはいる……目を離さないまま左右に動き獲物に狙いを定めているが、急に飛びかかられる心配はなさそうだった。
自分の首筋に手を回し、髪の中から小さな小瓶を取り出す。
「……あいつだけでは信用に足りなかったが……イサネの祈りが込められているのであれば……良薬」
ポンッと蓋を開け、こぼさないように慎重に走り、一気に距離を詰め、グラウに噛み付こうと大きく口を開けた豹の口にその手をつっこみ、薬を注ぎ込む。
「っ……ぐう……っ!食事に盛る方が……楽だったな……くっ!」
抵抗が無いわけがない。鋭い歯がグラウの腕に食い込み、血が滲みこぼれ出す。その時間は数秒であったが、グラウからは苦痛の声が漏れ続けた。
「ギャウッ!」
薬の苦みか、祈りの奇跡か……バタバタとその大きな体で床を転がる豹……淡い光が徐々に溢れ、光に包まれていく。
「……レパード王」
ガシャンガシャンと枷と鎖が落ちる音がした後……そこにうずくまり、頭抑えながら目を覚ましたレパード王がいた。
「……血の味がするな……お前のものか……グラウ」
「お久しぶりです……レパード王……少しだけ……傷は……浅いです」
「少し、か……余の力はまだまだ及ばずという事か……?」
「そういうわけでは……!」
ははは!と笑い、冗談が言えるまで、元の意識が戻り、体力もある様子。
「――なるほど……これがその浄化の力なのだな?うん……?口の中がまだ少しシブいが……」
「バイパーという少年の薬も……正気に戻す手助けを……」
「ははは!気付けか!よい薬を持っているな!……事が済んだら城に招き、礼を言うとして……」
起き抜けのレパード王はまだ少しふらつきがある。しばらくの間なら大丈夫だろうと……向き合って座り、獣になってしまっていた経緯を聞いた。
「彼女が【紫炎の魔女】であることは知らず、リンクスが婚約者として城に連れてきたことが始まりだ。見目麗しく、礼儀正しく、優しく気遣いもできる……まさに我が国の王子の婚約者としては申し分なかった……あの晩の呟きを聞かなければ……な」
特に怪しい動きもなく、このまま順調に婚礼まで……と思っていた。
『なぜ効かないのかしら?王様……邪魔ね……あとできる事と言えば心酔ではなく暴走だけれど……あ……うふふ……いいシナリオ……そうしましょう……【聖女】は【紫炎の魔女】なんだから』
月の見える渡り廊下……レパード王は思わず声をかけてしまい……そこから、記憶がなくなった。
「不思議な術だ……自分の意志と関係なく体が獣と化してしまう感覚は……思い出すととても恐ろしい。傷つけてしまった兵たち、申し訳しかない……ここに閉じ込めてくれたこと、感謝をしなければならない」
暴れまわり、兵士たちを傷つけ……抑え込まれたその時彼女は言った。
『……これは【紫炎の魔女】の力に違いありません……!【聖女】である私を……こんな卑怯な手で……貶めようだなんて』
眉間にしわを寄せたまま話を聞き終え……グラウはレパード王と共に立ち上がり、独房を出る。
「しかしグラウ……なぜお前だけがここに?」
「イサネは……『私の力なんて微々たるものです、真の王の声が必要です……ので、しっかり助けてきてくださいね!』と」
「余の声……ははは!なんと面白い事を云う娘だ……記憶も戻してくれたことの礼もせねばならん……早く、会いに行かねばな」
地下牢が騒がしくなっているのが聞こえる。レパード王は上に上がるのを避けるように、と、グラウを抜け道へ導き、共にイサネの連れていかれた場所を目指す。




