1:追い出されたらしい。
女神の祝福に満ち、様々な不思議な力で護られた獣人たちが住まう世界【アニマ】。
いくつかある国のひとつ――年間を通して深い深い雪に覆われた北の大地【ノース】に住まう【黒狼】の一族……の、王子は今最大のピンチを迎えていた。
「……王妃様におかれましては――」
「お だ ま り 愚 息 !!!」
「わぁ……」
王妃の誕生祭が行われている祝賀会場にけたたましく轟く怒声。
種族の柄で遠くまで通るその声は、国を護るドームもビリビリと……ヒビがはいるんじゃないかというほど震え、門の警備をしている兵士もビビり散らかしている。
もちろんビビっているのは兵士だけではない。直接目の前で音圧を浴びた愚息こと【黒狼】の王子も、いつもピンっと上を向いている耳をぺしょっと折り畳み、口をつぐみ、呆然と怒れる王妃の顔を見ていた。
「公の場に正装で姿を現し、わたくしに挨拶をしにきたたことは褒めてあげましょう……ですが――」
「はぁ」っとひと息吐き、立場に相応しい表情と冷静な声色で労いの言葉を告げる。しかし次の瞬間、何重になっているかわからないほどのしわを眉間に寄せ、愚息こと【黒狼】族の第一王子、グラウを睨みつけ……
「『次の誕生祭には花嫁という最高のプレゼントを母上に』と……大口を叩いていたのはなんだったのです?」
「……?」
「『婚礼と誕生祭……とても素晴らしい日になる』とは?」
投げかけられる言葉にも無表情、記憶に無いという顔。
歓談が再開し、楽し気な会話と笑い声で溢れているというのに、主役の席は冷たく冷え切っている。流石にこのままではいけないという空気を感じ取ったグラウは今一度進言する。
「今年は……狩猟祭の指揮もあって……少々多忙で手が回らなかった……次は絶対……母上を笑顔にする……」
「……」
正しい返答であったかはわからない。けれど、王座からグラウを見つめる王妃の目は母親の目に変わっているようだった。
「他の者と違い、毛色の違うお前を心配し……甘やかして育てた私にも責任はありましょう。母を笑顔にと……その言葉に嘘偽りはありませんか?」
「うん」
手に持っている長い王杓を、跪き自分を見上げるグラウの肩にそっと乗せ、
「これは王命です。1年間の猶予を与えます……我が国から旅立ち、世界を自身の目で見て歩き見識を広げ、その旅の中、良きパートナーを見出しなさい。」
「はい――……?」
反射的に返事をした様子のグラウ。
「んもぉぉ……っ!!みんなの前だからそれっぽくいったけれど……!耳を貸しなさい!」
「……??」
よくよく王命の内容を脳内で整理して……2度、3度と母の顔を見てくるグラウに対し、呆れた顔で耳元に口を寄せる母。
「あのねぇ……!あなたもう34でしょ!?この際世界のどこの誰でも構わないから連れてきなさい。ほら!立って!」
言われるがまま立ち上がったグラウ。ぼーっといていたのを見た母は、素早い所作でグラウの手を取り『礼』をさせる姿勢に正させる。
「『いって参ります』」
「……いってまいります」
にっこりと作り笑顔でグラウを会場から下げさせ、王妃の顔に戻り、後ろにつっかえていた来賓を招き入れ挨拶を再開させ……誕生祭の夜は更けていった。
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会場を後にしたグラウはゆっくりとした足取りで離れの屋敷に戻り、ゴテゴテの飾りだらけの重たい正装を脱ぎ散らかして姿見の前にパンツ1枚で立ち……一応考えている様子だった。
「イサネ……追い出されたらしい」
「……は?」
服を片付けている従者の姿を鏡越しに見ながら……目が合ったところで……己の中で出た答えを従者に告げ……時が止まる。