第3義 我は揺るがない
軍配を腰に下げ、やたらと挑発的な目でこちらを見てくる。
「…ちょっと通るだけ。どいてくれる?」
ツン、と鼻先で風を切るように言い放ってきた。誰かに似ている…そんな気がしていた。だが、その名前を俺は簡単には思い出せなかった。
ギルド長との話もそこそこに、俺はその少女――タケダ=フウカを目で追った。
(この雰囲気…どこかで……。)
だが、まさか、と思った。心のどこかが警鐘を鳴らしていた。
(そんな馬鹿な…?!武田信玄が女の子になって異世界に転生?するか!そんなこと!)
「ジロジロ見ないでよ、変態剣士。」
「見てない!」
「見てたわよ。見たの、分かったから!」
「…悪かったな。」
思わず目を逸らす。彼女のあまりの“それっぽさ”に、心がザワついていた。ツンツンしてくる態度。堂々とした立ち居振る舞い。どこかで見たことあるようなあの軍配に兜…。
「それ、軍配か?」
「…別に、あんたに説明する義務ないし。」
「普通は持たないだろ、軍配なんて。」
「普通じゃないから持ってんのよ、悪い?」
口が悪い。目線も鋭い。けれどその奥に、わずかな動揺が見えた気がした。
(……まさか)
俺は問いたくなった。だが、問いかけてしまったら終わる気がして。
問いかければ、あの過去と再び向き合うことになる気がして――
「なによ、まだ見るの?もしかして…あんた、私に惚れた?」
急に挑発的な笑みを浮かべてくる。こっちは真剣に混乱してんのに、なんなんだこの女は。
「バカ言うな。お前なんかに惚れるわけがないだろ!」
「……ふーん。」
フウカが口を尖らせた。何か言いかけて、やめたように見えた。
そのとき、虎が彼女の背後から一歩前に出る。
「わっ、あんた出てこないの!まったく、扱いづらいわねぇ…。」
――まるで、風林火山の“風”そのものだった。
速く、鋭く、読めない。
――風林火山の“林”そのものだった。
凛として、凛々しい顔立ち。
――風林火山の“火”そのものだった。
火山のようにツンツン…
まるで、あの――
(おい、やめろ。そんなはずはない。)
けれど、どこかで確信していた。この女は――“あいつ”だ。
だけど。
(俺は…知らないふりをしておくべきなんだろうな。)
俺はそっと、心の中でだけ呟いた。そして、フウカは振り返りもせずに、虎を連れて去っていった。
「ふん…バカ謙信。」
風が吹いた。懐かしさが、ほんの少し、胸を締め付けた。
意識などしていない。決して!断じて!
―――――――――
え…?何あれ。何。嘘?!私、なんてこと言っちゃったの?!
動揺が隠しきれない。
「やっぱ…恋?」
違う違う違う!私はタケダ=フウカ!信玄なんだよ私はッ!!
――やっぱり異世界ラブコメの始まりだった。